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#10分で読める小説「即日払いバイトアプリの闇に潜む罠と偽りの雇用者たち」

夜の帳が下り、薄暗い街角のオフィスビルに一筋の光が灯る。片瀬香織は書類の山を前にデスクに座っていた。彼女の仕事は、仲介アプリ「ペイフロー」の信用調査部で、不正な求人や雇用者のチェックを行うことだった。だが、最近の忙しさと膨大な求人の増加に、彼女の心は次第に疲弊していた。

スマートフォンを何度も確認しながら、香織は支払いが完了しない取引先を心配していた。特に、ある雇用主が最近何度も支払いを滞らせている。何かがおかしい――彼女の胸に不安が広がっていった。


「ペイフロー」のビジネスモデルは、非常に魅力的だった。スキマ時間を使って働きたい人々に、給与を即日立て替え払いするという画期的な仕組みだ。働いたその日にお金が手に入る便利さは、利用者を急増させていた。求人を掲載した雇用主は、月末にその給与額に手数料を上乗せしてアプリ運営会社に支払う。このシステムは、就労者にとって非常に魅力的で、特に急な出費が必要な場合や短期間で収入を得たい人々に支持されていた。

しかし、香織はこのシステムの脆弱さに気づいていた。立て替え払いをした後に雇用主が支払いをしなければ、アプリ運営会社はその損失を被ることになる。特に、個人事業主や新規参入の雇用主は、信用調査が完全には行き届かないことが多く、支払いが滞るリスクが高かった。

最近、香織が気にしていたのは、何度も支払いが遅れている「朝日商事」という名前の企業だった。この会社は高額な時給で求人を出しており、短期間で数百件の応募を集めていた。だが、その雇用主からの支払いが遅れているのだ。しかも、その求人の内容が曖昧であり、「軽作業」という名目で詳細が明記されていなかった。

「これは何かがおかしい…」香織はそう思わずにはいられなかった。だが、証拠がない以上、調査は進まない。彼女はただ慎重にその企業の動向を見守るしかなかった。


香織は、夜遅くまでデータを分析し続けた。パソコンの画面には、無数の取引履歴が並び、彼女の目は次第に疲れていった。だが、彼女はその中にある小さな異常を見逃さなかった。複数の異なる求人が、同じ時間帯に出退勤している。しかも、いずれも「朝日商事」が関わっていた。

「これは一体…?」香織は思わず声を漏らした。通常、一つの求人には一人の就労者が対応するはずだ。しかし、この場合、同じ時間帯に複数の求人が重複していた。しかも、すべてが給与の立て替え払いを受けている。

彼女は、すぐにデータをさらに深く調査した。出退勤記録を細かく分析すると、それらの就労者が実際には働いていないことが判明した。すべてが虚偽の記録であり、架空の求人だった。雇用主が虚偽の求人を掲載し、就労者役の人物が架空の出勤を申告していたのだ。

「やはり、これは詐欺だ…」香織は確信した。立て替え払いが悪用され、仲介アプリが巧妙に利用されている。


香織はすぐに上司に報告した。しかし、上司は慎重だった。「証拠がまだ不十分だ。さらに調査が必要だ。」彼はそう言って、香織の報告を受け流した。しかし、香織は諦めなかった。彼女はこの事件の真相を暴くため、自分自身でさらなる証拠を集めることを決意した。

数日後、香織はついに決定的な証拠を掴んだ。朝日商事が虚偽の求人を出し、架空の就労者を使って給与をだまし取っている証拠だ。彼女はそれをもって再び上司に報告し、今度は大阪府警に通報する許可を得た。

大阪府警との共同捜査が始まり、数日後、ついに朝日商事の社長とその仲間たちが逮捕された。彼らは、虚偽の求人を使ってアプリ運営企業から次々と立て替え払いを受け、実際には働いていない就労者役に分け前を渡していたのだ。捜査が進むにつれ、被害総額は数百万円に上ることが明らかになった。


事件解決から数週間が経ち、香織は再び日常の業務に戻っていた。だが、彼女の胸には一抹の不安が残っていた。事件は表向きには解決されたが、彼女はどこか釈然としなかった。

「何かがまだ隠れている…」香織はそう感じていた。

ある日、彼女は偶然、朝日商事の背後にいた別の人物にたどり着いた。その人物は、彼女の親友であり、実は「ペイフロー」の創業者だった。彼がこの全てを裏で操っていたのだ。彼の目的は、会社を成長させるために、詐欺的な手段を使って一時的に利益を増やすことだった。

香織は愕然とした。彼は一体いつから、こんなことを計画していたのだろうか?彼女は自分が長年信頼してきた親友が裏でこのような犯罪を行っていたことにショックを受けた。

しかし、香織は決断を迫られた。彼を告発するべきか、それともこの事実を隠すべきか。彼女は電話を手に取り、深く息をついた。そして、震える手で警察に通報した。「私は全てを知っています」と。


事件は最終的に表沙汰になり、香織の通報によって「ペイフロー」の創業者も逮捕された。彼女は正義を選んだが、その代償は大きかった。親友を失い、彼女自身もまた会社内での立場を危うくした。

しかし、香織は心の中で、自分が正しい選択をしたと信じていた。「空隙」の中に隠された真実を見抜いたことで、彼女は新たな一歩を踏み出すことができた。


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