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ボクがフィンランドを好きになった理由を書こうか その① ヒトより魅力的な国??
ボクがフィンランドを好きになり、そして虜になり、友だちを作っていったこれまでを振り返ってみようか。
そのきっかけは夢みたいな恋と、失恋。
恋に落ち、そしてフィンランドに負けたボク
今から何年も前、入社したてのボクは、今は無き赤坂プリンスホテルで忘年会の会場案内をしていた。宴会場の入口となっていた旧館のクロークは素敵な女性だった。凜としたたたずまい。澄んだ笑顔……ボクは一目惚れをした。
そんな時、どうすればいいのだろう。ボクは後日、ラブレターを書き、渡しに行くことを決めた。第九のコンサートのチケットを添えて。
忘年会のあった金曜日から週が明けたその日、ボクはクロークへと向かった。ラブレターを携えて。でも彼女はいなかった。ボクはクロークにそっと「あの日のクロークの貴女へ」と表に書いたラブレターを置き、その場を去った。
コンサート当日。ボクは彼女を待った。きっと来ないだろうな、だって話したことすらないんだもの……期待と不安。開演5分前、ボクのいる席に向かって真っ赤なドレスの女性が入ってきた。そしてボクの横に座った。彼女だった。奇跡が起きた。そしてボクと彼女は第九を聴いた。二人の肩はほんの少し触れていた。ボクの肩はうれしさで少し震えた。気付かれたかな。
彼女は学生で、フルートを習っていた。アルバイトでクロークを務めていて、ラブレターはホテルの従業員の方が気を利かせて渡してくれたそうだ。そしてボクらはデートを重ねた。言葉を重ねた。
付き合って2カ月くらい経った2月のある日、ボクのアパートに手紙が届いた。彼女からだった。ボクらは深まらず、離れずの関係だった。そんな関係の中で来た手紙は、正直言うと不安を感じさせた。ボクは封を開け、文面に目を通した。
私はフィンランドへ行きます。あなたはとてもいい人ですが、もう付き合えません。
ボクは言葉を失った。振られたのは仕方ない。
でも、“フィンランド”と比べられたのはなぜ?恋よりもフィンランドが大事なのか……。
どうしても確かめたい「フィンランド」
それ以来、ボクの頭から「フィンランド」という国が離れなった。ボクと比べて選ばれる国、ボクより魅力的な国、フィンランド。フィンランド、フィンランド、フィンランド……ボクは確かめたくなった。彼女を追いかけに行くんじゃない、ボクより魅力的な国、フィンランドって何? を確かめたかった。
その年の夏、ボクはフィンランドへ行った。正確には、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの3カ国を訪れた。ノルウェーではフィヨルドとオスロの街を、スウェーデンではストックホルムの街とドロットニングホルム宮殿を観光した。
ストックホルム旧市街、ガムラスタンは中世の街並みが残るエリア。その片隅で、ひとりの美しい少女が楽器を奏でていた。その楽器はカンテレ。フィンランドの楽器だ。話を聞くとフィンランドから来たのだという。飾り気のない服装の彼女が奏でる透明な音、旋律……ボクがおそらく初めて触れた、フィンランドの素朴さだった。
ストックホルムからフィンランドへはフェリーで渡った。夜出港した船は翌朝到着する。初めてフィンランドの地に足を踏み入れる。到着して目に飛び込んできた街並みはどこか淡泊で、どこか寂しさを感じた……これがボクよりも魅力的な国なのか?
「何もない」ことに惹かれていく
フィンランドではヘルシンキ市内とハーメリンナ、ヤルヴェンパーを観光した。ハーメリンナとヤルヴェンパーはそれぞれ、作曲家ジャン・シベリウスの生家と終の棲家がある町。シベリウスの音楽が好きだったボクがどうしても訪れたかった町だ。
ハーメリンナはお城でも有名だ。ハメ城(「リンナ」は城、の意味)の前には湖が広がる。その日は確か雨が降っていたと思う。どんよりとした空。湖。目に飛び込む情報は少なかった。シベリウスの生家にも行った。とても小さな家。中には入れるわけではなかった。この「何もない」って感覚、実はフィンランドのライトモチーフなのかも知れないと後から気付く。
翌日、ヤルヴェンパーに行った。ここはシベリウスが亡くなるまでの約半世紀を過ごした邸宅「アイノラ」がある街だ。駅からはバスで行ったのだと思う。標識以外「何もない」バス停を下りると、目の前には森。アイノラはその奥にあった。ろくに調べずに行ったから、建物の中には入れなかった。シベリウスの伝記を読むと家の前には湖が広がっている、とのことだったが、「目の前」ではなかったと思う。なんだろう、このなんとも言えず、届かない感じ。
彼女に振られたときと同じだ。
結局、その時、フィンランドが直接的にボクを捉えることはなかった。でも、ボクは満足し、そしてそれから虜になる兆しを感じた。
何もない感じ、それがボクの心を澄み切ったものにした。心の空気が入れ替わる国、フィンランド。まだまだボクより魅力的な国とは感じられなかったけど、ボクは確実にフィンランドに魅了されていった。
(続く)