声は届くし、夢は叶うんだなって
はじめての将来の夢は、お城みたいな大理石の階段のあるデパートの、エレベーターのお姉さんだった。その次の夢は、おばあちゃんが連れて行ってくれた、サーカス団のクマを操るお姉さん。お城みたいなデパートが日本橋の高島屋で、エレベーターのお姉さんが「エレベーターガール」と呼ばれることを知った頃には、獣医さんになりたかった。でも獣医さんは算数ができなくちゃダメだと知って、小説家になりたいと思った。だから、お母さんに
「わたし、いつか小説家になりたい」
と言ったら、お母さんは
「小説家は自分でなりたいと思うものじゃなくて、みんながあの人は小説家だって認めてくれてなれるものだよ」
と、手元の玉ねぎを切りながら言った。いや、じゃがいもだったかも。とにかく、その時の目が私のことを見ていなかったから、あ、きっと小説家はとてもとても難しい仕事なんだと思って、それ以降将来の夢は「特になし」になった。
将来の夢は特になし。ほんとうに?ほんとうにないの?と、問いかけ続けるうちに、就活が始まった。
行きたい企業は?特になし。できれば大手、か、好きなことに近い業種。ほんとうに?てか好きなことって何?
ずっと、ずっと、声は聞こえていた。でも、無視した。
叶わない夢を語って、夢破れることがいちばんかっこ悪いと思ってたから。夢を熱く語って、結局その夢の片鱗すら掴むことができずに一生を終えることが、何よりも怖かったから。
--ねえ、そんなに本が好きなのに、きみは書かないんだね。
「書くことより、読むことが好きなんだよね。世の中すごい作家とかコラムニストがたくさんいるし私が書く必要ってないじゃん」
大学の文芸学科に通いながら、小説家を夢見て昼も夜も書き倒す人たちをたくさんみてきた。所詮学生といえど、そのレベルの高さとモチベーションにビビった私は「なら最初から書かなければ良い」と思った。自分の作品を出して、才能のなさに気がつくことが、何よりも恐ろしかった。戦わなければ、傷つくこともない。
そうして、ヘラヘラして、夢を隠しているうちに、ほんとうに夢を持たない大人になった。
でも、夢がないからとりあえず就職したってぜんっぜん世の中は甘くなくて、私はすぐに挫折した。根本的に職業が合っていなかったことも大きかったけれど、クライアントのクレームに背中を伝う冷たい汗と、ようやく迎えた給料日に受け取るお札の枚数と、心の疲労がぐるぐると回る毎日の中で、ときどき自分が何をしているのかがわからなくなった。生きるために働いているのか。働くために生きるのか。それは生きていると言えるのか。じゃあ死んでいるのか。
文章を書き始めて、実は私はまだ2年も経っていない。構成も下手だし、誤字脱字もひどい。でも、きっとそれは当然なのかも。だってまだライター2歳だし。
それでも2歳児には2歳児なりに学んだこともある。
まず、必ず夢は叶う、は流石にディズニー味が凄すぎてちょっと大袈裟だけど、叶いやすくすることはできる。
しかも、無料。且つ10秒で、できる。
それは「夢を発信すること」。SNSでも、口伝てでも、やりたいことはどんどん人に言ったほうが良い。なんかベンチャー企業のセミナーみたいになってきてすごく嫌だな。笑 でも、こればっかりはほんと。
私1人じゃ、文章も下手だし、かと言ってライターの人脈が広いわけでもないし、なんにも出来ないけど、やりたい!って言ったことに対して「……これやりたいんだっけ?チャンス一緒に探すよ」っていうマインドを持ってくれる優しい人が、思ったよりも世の中にはたくさんいた。これはフリーランスの世界でもそうだし、会社でもそうなんじゃないかなって思う。あ、この人、これやりたいんだね!って、知ってもらうことはすごく大事だと思う。それに、どんな形であれ、表明することは覚悟の表れにもなる。
もうひとつ。これはすっごくやりたいことがある人へ、と思うのだけど
「ルールからギリギリはみ出さないぐらいまで、チャンスに対して貪欲になる」ことも大事。ギリギリね、ギリギリ。笑 なんならちょっとはみ出すくらいでもいいんじゃないかな。
一回応募して返信がなかった企業に複数回再応募するとか、今でこそ転職したけれど、わたしは最初の会社は税金は納めつつ内緒で副業してました(反省しています、どうか叩かないで笑)。でも、その時につながったご縁が今でも続いていたりして、後悔はあんまりしていない。というか、全くしていない。
ちょうど2年前、noteでもずっと話をしている大好きなアイドルの生誕祭に行った時、ライブ会場の後ろの隅っこのカウンターでMacBookを叩いている人がいて。いや、会場で仕事すな!とツッコミを入れたかったんだけど、ちょっとみた感じセトリをメモしてるのがわかって、この人は記事を書くんだ、言葉で、今日の私の推しの一番素敵なところを世の中に発信するんだって思ったら、たまらなく羨ましくなった。
そんな私の夢は、昨日、2年越しに叶った。否、仕事を通じて出会った、大切な編集者の友達が叶えてくれた。2年後の、同じ日。同じ生誕祭。今度は私が、彼女の記事を書いた。
まだまだ目指す先は長いし、ここで終わるつもりもない。かといって、達成感を感じられる楽しいことばかりが、続くわけでもない。今はもう小説家になりたいわけではないけれど、でも、その時たしかに思った。声は届くし、夢は叶うんだなって。
夢を持つすべての人が温かい気持ちで眠れますように。
2021.03.22
すなくじら
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?