【第四章 境界を越える】拡張し、一体化する者たち
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❝融合において、私はあなたを知り、私自身を知り、すべての人間を知る。
愛こそが他の存在を知る唯一の方法である。❞
<エーリッヒ・フロム「愛するということ」より>
孫の三回忌と妻の十七回忌法要を一緒につとめた、墓ありじいさん。
息子夫婦は少しずつ自分たちのリズムをとり戻し、日常生活を送っているように見えた。
娘夫婦にはふたり目の子どもができ、内孫と外孫と一緒ににぎやかに過ごす時間が、墓ありじいさんには何よりの幸せだった。
♢
これまで、妻の月命日に墓参りをしていたじいさんだったが、孫の月命日がその日課に加わり、月に二度の墓参りを欠かさないようになっていた。
あるとき、妻の月命日の墓参りにいつもどおり墓地に向かったじいさん。先にに寄った花屋で買った花を備えようと包みをはずすと、花びらが数枚散ってしまった。
「なんだ、新しい花を買ったのに散るなんて」
花が散ったことに少し不快な気分になりながらも、とりあえずじいさんは気持ちを落ち着けるように、墓前で手を合わせた。
そして立ち上がった瞬間、胸のあたりをしめつけるような痛みが襲った。
しばらくその場でうずくまっていたが、痛みが引いていったので、なんとか自力で家までたどり着いた。
それ以後、自分の体調を気にしながら様子をみていたじいさんだったが、とくに不調も感じなかったため、年齢によるものだろうと自己判断ですませた。
♢
「次に発作が起こると、どうなるかわかりません」
あれから数ヶ月後。
家のトイレで立ち上がったときに大きな発作が起こり、そのまま立ち上がれずにいたところ、たまたま家を訪れた墓なしじいさんに発見されて、即救急車で運ばれた墓ありじいさん。
墓なしじいさんが息子に連絡をとってくれ、病院にかけつけて医師から聞いた言葉がそれだった。
「墓なしじいさんが来てくれなかったら、もしかしたらワシも今ごろは墓に入っていたかもしれんな」
墓ありじいさんは、一時、退院をし、家で様子をみることになった。息子は父親の身体が心配だったが、なるべく帰省をすることと、こまめに連絡をとことぐらいしかできなかった。
墓なしじいさんも、墓ありじいさんの様子を気にかけてくれることを息子に約束した。
墓ありじいさんの家に訪れるのが日課のようになった、墓なしじいさん。
「じいさん、いつも気の毒になぁ」
「いやぁ、なになに。気にしないでおくれよ。わしも家でボーっと過ごしているよりも、あんたの家まで散歩するのがちょっとした運動になるし、こうして会話をすればお互いにボケ防止になるって、妻も言うしな」
そうして笑いながら、墓なしじいさんの妻がつくってくれたお弁当を二人で食べた。
「ほんとに悪いが、じいさんにお願いがあるんだ」
お昼を食べたあと、墓ありじいさんは墓なしじいさんに恐縮そうに言った。
「実は明日、孫の月命日なんだが、悪いが墓参りに連れていってほしいんだ。妻の月命日にも行けなかったから、どうしても行きたいが、また墓地で発作が起こる可能性もあるから、一人では心配でね」
「そんなことお安いご用だよ!わかった、わしが連れていってやるぞ」
翌日、二人は墓地につき、花を入れ替え、線香とロウソクに火をともす墓ありじいさんの姿を、墓なしじいさんがそっと見守っていた。
「今日は墓なしじいさんも一緒にいるぞ~」と墓碑に語りかける墓ありじいさん。
「こないだは入院していて来れなくてごめんな。今は墓なしじいさんも助けてくれるし、こうやってまたここに来ることができて、ほんとに感謝だよ」
墓碑に書かれた「感謝」の言葉が、自然と墓ありじいさんの口からわきあがったことで、墓なしじいさんは不思議な感覚を覚えた。
「じいさんは、まるで墓と一体化しているようだ…」
それは彼と墓との境界が一瞬消え、融合しているようでもあった。
墓だけでなく、花束と、炎と、線香の煙が彼自身の一部であるかのようで、それらをとおして、そこに眠る彼の妻と孫と交信しているようにさえ感じた。
翌週、墓なしじいさんは思い出したように妻と一緒に、それぞれの家の墓参りをした。
彼の妻は、お盆でもないのに、これまでにない夫のとつぜんの行動を少しいぶかしげに感じたが、これは墓ありじいさんの影響だろうと気づいてもいた。
「なんにせよ、墓参りをするのはいいことだわ」と、墓前でやけに長く手を合わせている夫を見ながら思った。
墓なしじいさんは手を合わせながら、自分の幼いころを思い出していた。
お盆の夜、ここで、いとこたちと肝試しをしたこと。お墓に灯るロウソクの神秘的な光。あのとき一緒に遊んだ者たちが、今ここで静かに眠る。
「また来るからな」
墓なしじいさんはこう言い残して、墓地を後にした。
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