墓持ちプレゼンテーション1

【第五章 美は広がり つながる】 あなたが私にくれたもの

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❝空間と時間とは直感の形式として人間の感性にアプリオリに備わっている。人間はそれらの形式に当てはめて対象を直感するのである。❞

<イマヌエル・カント(ドイツの哲学者) >


「さぁ、おじいちゃんのところにお花を持っていって」
「はぁ~い」

墓ありじいさんが、妻と孫のもとへ旅立ってから一年。一周忌法要が終わり、息子の、そして娘の子どもたちも一緒に墓参りにやってきた。

「今日もいい天気に恵まれたわね」
「そうだな」

墓ありじいさんの息子は、妻の言葉にうなづき、じいさんの葬儀の冬晴れの日を思い出し、空を見上げた。

「あら!お兄ちゃん、ここ、ちょっと欠けてるんじゃない?」

妹が墓石のほうを指差しているのでみてみると、台石の角の部分がたしかに少し欠けていた。
この間、墓そうじをしようとして香炉を動かしたときに、少しぶつけた気がしたので、欠かしたのかもしれない。

後日、お墓を建てた石材店に連絡し、この部分の補修を依頼した。
完全に元どおりにするのであれば、そこの台石を新しくするしかないのだが、そこまでお金をかけられないので、目立たないように補修してもらうことにした。

「この墓が建ったときは、完全無欠の美しさを感じたものだけど、これからは少しずつ手入れが必要になってくるんだな」

息子は帰宅し、妻にこのことを話した。
すると、茶道と華道を嗜む彼女は、少し考えてからこう言った。

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「茶道には「不足の美」という昔から伝わる美意識があるんだけど、それに近い感覚かもしれないわね。
そういえば、うちのお墓はアシンメトリー(左右非対称)のデザインになっているから、お墓の形状としても「完全な美」ではなくて「不完全の美」になっているのよね」

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「たしかに、左右対称ではないな。そこが良いと思っていたけど」

「日本人は余白に美しさを感じるのよ。生け花でもわざと余白をつくるんだけど、左右非対称になっているってことは、そこに余白があるってことだからね。
年月が経って、傷がついたり、お墓が苔むしたりすることも、そういう余白がある、不完全な美しさの現れなのだから、愛着がより増していくのかもしれないわね」

墓ありじいさんの息子は、生前に世話になっていた墓なしじいさんの家を訪ねた。葬儀のときはバタバタして十分にお礼ができなかったため、一周忌を終えたこのタイミングで、その報告をかねての挨拶だった。

墓なしじいさんは彼の来訪を喜び、せっかくなので、二人で一緒に墓参りに向かうことにした。

「君もこっちに住んでいるわけではないし、これからお墓を守っていくのは大変だろうね」

「そうですね。いずれボクも年をとるので、うちの墓をいつまで見守れるかな。まぁ、ボクの代ではなくて、息子の、そのまた先の息子の代の話になるかもしれませんがね」

「そうだな」

墓地について、二人で手を合わせると、墓なしじいさんは墓ありじいさんの在りし日のことを思い出した。

「この墓を建てたときのじいさんの誇らしそうな顔が浮かんできたよ。妻への最後の感謝のしるしだって言ってたな」

息子は父を思い出しながら、微笑んだ。

「墓を建てるときも親父は少し悩んでましたよ。子孫の負担になる可能性も考慮しなければって。ただ、幼い娘もここに入ることになったし、今のところ負担に感じることもないですね。むしろ墓の存在は実家がなくなった今は、我が家の茶の間みたいに思っています」

少し間があって、こう続けた。

「お墓が役に立つと言えるかどうかは、ほんとうのところはまだわかりません。一生かけてわかるのかどうか。30年後はどうだろうか、50年後は、100年後は?
でも、そうやって長い時間をかけて、自分にとっての意味を考えていくものがあるとすれば、それは大切なものなんだと思います」

そして、笑いながら言った。「それが親父の残したもの、ですね」

墓なしじいさんは、墓ありじいさんの息子と別れてから、彼の言っていたことを反芻しながら、思った。

「じいさんは良いものを残したな」

墓ありじいさんの息子も、その帰り道にさっきの会話を思い出しながら考えていた。

親父が残したもの-。
それは、年月という「時間」であり、同時に時間をも超越する「間」なのかもしれない。

時間軸のなかに存在する我が家の歴史。
時間軸をも超えてしまう、墓参りという「間」。

「俺はそれを残していけるのだろうか・・・」

50年後-。

墓ありじいさんの孫は、石材店に依頼していた墓石クリーニング後の墓を確認しに、墓地に向かった。

「お~、よみがえった…!ばあちゃんもじいちゃんも、妹も母もキレイになって喜んでいるだろう。そして、親父が一番うれしいだろうな」

数日後、施設に入っている父の元へ行き、こう声をかけた。
「父さん、墓参りに行こうか」

墓地についてからは、いつものボーっとしている態度とは打って変わって、スタスタと先頭を切って歩き、迷子にもならず、家の墓の前にたどり着いた。

墓がキレイになったことに気づいたかどうかはわからないが、娘と妻の名前を呼んで、祖父母に呼びかけている。

一緒に来ていた妻が少し驚いて、こう話しかけてきた。
「お義父さん、認知症になってもお墓の場所は覚えていたのね」

「オレたちのことはたまに忘れるけど、墓と先祖のことはちゃんと覚えているんだな」


完。

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