君はピルクルを飲み干すべきではなかった

最近、ひょんなことからピルクルの摂取目安量は65mlだと知った。

これまでにピルクルを飲んだ記憶はほとんどないので、生きていく上で何の役にも立たない情報……のはずだった。

ピルクルの摂取目安量は65ml。この事実から、僕の埋もれていた記憶が突如掘り返され、あまりにもどうでもいい謎がひとつ氷解した。

同級生の苦悶の表情と、ピルクルへの恨み節。

そもそもピルクルなる飲料が記憶に刻まれたのは、ある同級生のエピソードがきっかけだった。


その同級生(仮にAくんとする)は、とにかく虚弱体質で、学校でも教室と保健室とトイレを行き来するような男子だった。

Aくんと僕はクラスではよく話すけれど、放課後に遊ぶような関係ではなく、実は今も名前を思い出せない。

そんな間柄のクラスメイトだったにも関わらず、鮮明な記憶がひとつ残っている。

その日は、何かの行事の打ち合わせだったと思う。僕とAくん、ほか男子女子数名で、カラオケに行くことになった。

わざわざカラオケを選んだのは、ちょっとしたお節介が理由だった。Aくんがある女子生徒に恋をしていることは男子のあいだで公然の事実となっており、その打ち合わせには件の女子も参加することになっていたのだ。

男子一同による、からかい半分、応援半分の根回しだった。

放課後。僕たちはカラオケの前にコンビニへ寄り、飲み物を買うことにした。

僕がリプトンのレモンティーを選ぶと、Aくんがすっと脇からピルクルを手に取った。Aくんは自慢げに「ピルクルはお腹に優しいんだよ」と500mlの紙パックを掲げた。

当時のパッケージには『お腹に優しいピルクル』とキャッチコピーが書かれており(記憶違いだったら申し訳ない)、僕は「Aくんにぴったりの飲み物だね」と笑った。意中の女子との距離を縮めるため、体調に気を配る。涙ぐましい努力だった。

しかし、Aくんはカラオケで打ち合わせを始めて間もなくトイレに立ち、帰ってこなかった。

僕らは早くカラオケを始めようと集中して打ち合わせを行い、その後は慣れないグループで歌うことにどぎまぎし、Aくんに気を配る人は誰もいなかった。姿が見えなくても、普段からトイレか保健室で席を外していたので、いつものことだろうと思っていたのだ。

その後、僕らは学生らしく盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。やがて退室間際になり、ようやくAくんは青白い顔で部屋に戻ってきた。

そこでようやく一同は、ずっとAくんの姿がなかったことに気づき、心配して駆け寄った。Aくんは憔悴した顔でぽつりと話した。

「来る前から、緊張でお腹が痛くてさ。喉も乾いてたし、一気にピルクルを飲んだんだけど……」

女子たちは安心したように笑っていたが、今日の日をお膳立てをしていた僕たちはうまく笑えなかった。Aくんは「あまりカラオケ行かないからなぁ」と苦笑しながら、友人から借りたミスチルのアルバムを聴き込んで準備していた。

会計を済ませ、男子だけの帰り道。Aくんは吐き捨てるように言った。

「お腹に優しいピルクルで腹を壊すなら、俺はなにを飲めばいいんだよ……!」

僕らは笑いを必死に堪えた。「お腹に優しいピルクル」で腹を壊したと恨み節を吐かれて、平静を装う身にもなってほしい。


ピルクルの500mlを飲み干さないほうがいい。

その事実を知り、十数年来の謎が解けた。

極度の腹痛持ちだったAくんがピルクルを飲み干せば、お腹を壊すことは火を見るより明らかだったのだ。

「お腹に優しいピルクルで腹を壊した」とネタになったAくん。その恋が叶うことはなかった。

あのとき、Aくんが違う飲み物を買っていたら、未来は変わったのだろうか。

僕がピルクルの摂取目安量を知っていれば、Aくんは「youthful days」を歌えていたのだろうか。

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