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【大会】第1回 阿蘇ボルケーノトレイル/110km・D±5000m(2023/05/13〜14)

2024/03/13追記 : 記事若干改訂しました。

基本情報

開催日: 2023年5月13〜14日
走行エリア:阿蘇外輪山付近一帯北•東•南
距離:約113km(YAMAP計測)
標高差:+5583m -5509m(YAMAP計測値)
制限時間: 28時間(エイド関門複数あり)
開始時間:朝8時00分
トレイル比率:7割程度?

阿蘇に誕生した新たなロングトレイルレース。
複数の草原地帯と再生古道を含む里山を6つ繋げ、阿蘇ミルクファクトリーからアスペクタまで阿蘇外輪山を経由した7割程度を走る。

快晴であれば最高に気持ち良い前半のコースレイアウト。ところが当日は朝から日を跨ぐまで雨が続き、阿蘇の地質特性により状況が一変した。

普通なら走りやすいコースで、28時間と長めの最大制限時間という設定だったにも関わらず完走率が34.6%だったのもやむなしと言える、もはや走力の問題ではない過酷なレースとなった。

※今回途中まで動画を撮っていたものの、そんなことしてる余裕がないと50km地点で判断。常に泥まみれだったことからスマホの写真も少ない。あと書いて気づいたけど区間ごとの心の動きと連動して文章量も増減してます。

2023/06/29追記:手元にある素材でなんとか動画化しました。エイド4-6の区間は空白ですが…。

前泊

前泊は会場付近のホテルだった。エントリーに必須の事項で専用サイトを通し、複数の宿の中から1〜5人部屋ごとのパッケージを選び先着順で予約する。当然クリック合戦となったが私は会場に近いホテルの1人部屋を確保できた。

名簿を見てひとつ意外だったのが関東圏を中心に全国から多数の参加者がいたということ。北海道や沖縄、東北の方もいた。阿蘇という九州を代表するフィールドへの期待が伺える。

コースはワンウェイなので、前日受付は一旦ゴールのアスペクタに駐車して手配されたシャトルバスにより会場付近まで移動となった。
わりと早く着いたので内牧(小さいけど温泉街)を散策し、ゆっくりした。

住宅街の中にお店通りがある感じ
ホテルより北を臨む。既に怪しい天気…

起床〜スタート

朝は8時からと余裕があり、レース前にぐっすりと眠ることができたのは久しぶり。しかしカーテンを開くと気分は重い。既に雨は降り始めていた。

池にポツポツと…

朝は5:00からおなじみ(北部九州だけ?)ヒライのお弁当が用意されていた。ホテルから会場まで近く、前日にあらかた装備の準備は済ませていたためゆっくり支度できた。

ヒライの弁当ボルケーノバージョン

会場入りし、ドロップバッグを預けてから30分ほどでスタートした。まだ雨は弱かったものの完全防雨仕様でスタートした方が良いと直感的に判断し、この時点でレインパンツを履いた。こういう直感はよく当たる。

到着
いよいよスタート

朝8時少し前にスタート。
ここからあまりに長い1日が始まる。

スタート~エイド1(約20km)

開始後はゆっくり進む。川沿いや田んぼ、民家を通り抜けて最初の山である田子山(だんごやま)へ。距離が長いのでロード比率もけっこう高い。6つにわかれたエリアを接続する道、あるいは峠道だったり。

一斉に駆けていく

最初の登山道に合流。
ロープを使う箇所がある関係か、山頂前でけっこう渋滞してしまう。けっこう長い時間ピタッと止まった。私は全体の真ん中あたり。後続の方はここのロスが響いたかも。

詰まってる

渋滞解消後はピークから降りへ。この時点で既に足元は泥になっており靴に絡みついているが、思い返せばまだかわいいものだった。

かぶと岩展望所付近の草原を走る。草原に踏み入る際は石灰石による消毒を行う。

よく踏もう

快晴であれば最高の景観であったろうに薄暗く周囲にはガスがかかっている。しかしそれでも周囲全天開けている。ガスがかかったことで、それはそれで絶景と言える景色が広がる。

ガスがむしろ良い味
トンネルをくぐる。足元は泥まみれ

最初は周回ルートなので、ぐるっと登り降りで周って阿蘇ミルクファクトリーに帰ってくる。この時点で約20kmなのでショートレース1本分くらいにはなっている。だがまだ5分の1にも満たない。調子が良くて体に疲労感は全然なかった。

そう、まだ余裕
エイド1・阿蘇ミルクファクトリー

第1エイドでは名物だご汁とおにぎり、冷えるけどミルクソフトクリームを食べる。めっちゃうまい。低めの気温で全然喉が渇いておらず、給水は少しだけで済んだ。これは全体を通して変わらず、走った距離の割に給水量は少なかった。

まだひとつ目のエイドなのでゆっくりはせず、食べ終わり次第足早に進むこととした。

エイド1~エイド2(約37km)

舗装路からトレイルへ。既にこの時点で雨が止む気配はなく、むしろ強くなっていく。ここからはずっと田んぼ状態。大観峰方面へ向けて山を登っていく。

泥がすでに保水しまくっている

降りは注意しないとこけてしまうほどスリッピーなトレイルができあがっており、全身泥まみれになりながら進む。阿蘇のなりたちを思えば雨が降ればそりゃこうなるか。地質が似てる山に行った際活かせる経験だ。

グローブは洗えど洗えど汚れる

トレイルを抜けると舗装路の登り。私有地とあるわりに整備されて立派だった。放牧用の移動路などだろうか。けっこうな勾配を登っていく。ある程度の高さの地点で後ろを振り返ると畳のような田畑がきれいだった。

けっこう高いところまで登る

ピークをすぎたあたりで草原に合流。大観峰はツーリングで何回行ったのかすら覚えてないほどだが、さすがに自分の足で近くに行ったのは初めてで感慨深い。足で登れるんだ、と。

草原をすすむ!

この辺も晴れてたら最高に解放感があったのだろうけど、これはこれで良い。路面に雨の影響が少なく、単純に走りやすいのも良い。ただし窪んだ舗装路は水が集まる。

油断するとすぐ「川」が待っている。むしろ泥よりマシ、という心境になって洗濯がてら積極的に突っ込む
最高に気持ちいいコース
いいガス
草原でもアップダウン!

このコースは前半に草原が3回あるのだけど、天気のせいであまり細部の特徴を覚えておらず距離的にも30kmを越えて若干疲れ始めて淡々と走っていた。

草原を降りるとやはり泥トレイルで走っては滑るを繰り返して第2エイドにたどり着く。

エイド2・国造神社

ここではぺったん団子と味噌ちゃんこスープをいただいた。スイカもあったけど冷えてたので手が伸びず。今思えばベビースター柿の種は確保しておくべきだった。トイレによった後は中盤戦の開始となる。

エイド2~エイド3(約51km)

この区間は記憶があまりない。

ここまでスマホで撮影した写真+GoPro動画のキャプチャを貼っている。それを見てもこの区間は撮影が少なく、ちょうど疲れが出始めた区間でもあるから周りを見てない。

広々とした草原を駆け回る。馬になった気分
この時点でカメラのレンズカバーシールにスレが入り、まともに撮れていない

たしか雨が強くなってきた区間はこの辺りだった気がする。前後と離れてほぼ単独走になっており黙々と進んでいたはずなので、記憶がないのも仕方ない。

やっと牛馬を目撃

第3エイドに入る前、上記の写真(動画)を撮った時点で撮影なんかしてる余裕はない!とカメラをバッグにしまった。なのでここから写真は激減する。本当にほとんど撮ってない。そのため、ここからはコースマップなどを参照しながら記憶をひねり出している。

こんな写真しかないし…


正直に言うと最初は旅気分でコースを楽しもう、というスタンスだったのだけど、そんな悠長なこと言ってる場合ではないと悟り一気にレースモードに切り替わった。この時点でまだ半分にも達していないわけだし。

第3エイドの坂梨公民館では高菜おにぎりなどを食べた。しかしそれ以外は全く記憶がなく…
振り返ればだいぶ疲弊していたのがわかる。

エイド3~エイド4(約68km)

終わってみれば最も過酷だった区間に突入。ここでリタイヤした人はエイドで見ただけでもかなりの数に上った。

最初はまたも草原に向けて泥トレイルを駆けのぼっていた。
高度を上げてから草原地帯に踏み入るのだけど、標高に合わせて雨風も強くなる。草原の稜線では吹きさらしとなるため、このレース中最大の雨風が防ぎようもなく横から前から打ち付ける。体がぐらつくほどで、不安定な足場を慎重に進む。

この時、レインパンツを履いて正解だったと心底思った。シェルとして体温低下を防いでくれた。

勾配の厳しい舗装路に合流した後、根子岳の東側にある登りから始まるトレイルへ。ずいぶんとズブズブな道で登るのに苦労はあったが、問題は登り切った後に待っていた。
降りの滑りが尋常ではない。ブレーキが一切効かない。クリームのような泥。さすがに危険を感じ始める。

この辺りで他のランナーとエイド4まで一緒に進むこととした。やはり思うところは同じで、状況がなかなかリスキーだと。この後、どうするかは考えた方がいい。

日が暮れるまでにエイドにつけると見込んでいたが、とある登りに着いた途端それは無理であると悟る。久しぶりの渋滞が発生している。そこにあるのはまるで壁。滑って登れないのだ。撫でるかのように体が落ちていく。

急峻な坂が泥になっており、体重をかけると滑る。スタッフの方がロープを手配してくれるが、腕力がない方はその場から動けない。何人か道を拓こうとルートを探している。

その後、スタッフの方が登り用に足場を作っていただいたようだ。それでもかなり厳しい。降り続く雨の中で一同それぞれ真剣に進む手立てだけを探していた。辺りはどんどん暗くなっていく。

ここで待っていては終わらない…そう判断し、登れそうなルートを探し必死にくらいついてなんとか登り切った。油断すると本当に危なかったので1番集中した時間だと思う。15mもないはずの登りが恐ろしく長く感じた。

目視が厳しくなる直前まで暗くなったのでヘッドライトを準備する。ところが起動しない。私のMS-i1はたまにすぐ動かないことがある。予備もまた動かない。脊振全山縦走と全く同じ現象が起きている。一気に疲れが来た。「ライトがつかないってことは…そういうことなのかな」と諦めの言葉を口にして、やむなく同行していた方のサブライトを借りて進む。助かった。せめてエイド4までは。気持ちの8割は終わりに傾いていた。
(ちなみに後から思えばスイッチにロックがかかっており、使い方が間違っていただけなのだが)

もはや沼と化した草原地帯を進む。この付近にはヤマビルもいたらしく、泣きっ面に蜂どころではない最悪のコンボだ。辺りはさらに暗くなり、ルートもロストが増えていく。

そんなとき、暗くて気づかなかったが別の大会でご一緒したランナーが後ろから合流していたことに気づく。もう無理かも…と伝えると驚きの声とともに励まされた。その時、8割は5割になった。
そして5割の中で賭けていた。もし次のエイドでライトがつくのなら…と。

第4エイド・旧上色見小学校までは遠かった。光源は動くランナーだけ。ライトは激しい雨をいくつもの線として写す。エイドに到着すると既に辺りは真っ暗になっていた。最も広々として、隅々まで明るい安心感のある体育館のエイド。笑顔の人は少ない。疲労の顔が浮かんでいる。床のシートは泥まみれ、椅子も泥まみれ。

ドロップバッグを受け取り、シェルを1枚着た。着替えも用意していたが、あまり意味がないと感じそのままにした。モバイルバッテリーを取り出した。

降り続く雨と気温の低下で動かないと冷える。エマージェンシーシートをかぶったり、震えが止まらない人たちを多く見た。上下防水の長袖の自分ですら寒かったのだから、そうでないならどうなるかは想像に難くない。まず体を温めるため、ミネストローネをいただいた。うまい。本当に。すかさずおかわりをいただいた。お湯も飲んだ。とにかく体を冷やしてはいけない、と直感的に感じた。ゼッケンを受付に差し出す人は絶えない。

どのみちスマートウォッチを充電する必要があったので、最低30分は滞在する予定だった。その間に可能な限り食事や補給を行った。そして念のためスタッフの方にこの後のコースコンディションを確認した。整備された道ゆえに比較的まともらしい。出口に見えたのはエイドから先に進む人。着替えてバスを待つ人。

休みながら悩んでいるうちに時計は必要量まで充電された。ついに時間だ。ライトを触る。電池の接触位置を調整しボタンを押す。ライトは灯った。体はまだ元気だ。補給食を詰め込み、夜と朝に向けて進む。

エイド4~エイド5(約81km)

トレイルレースでオーバーナイトの夜間走は初めてだった。しかし、単独走ではなくこの区間はほぼ常にだれかと一緒に走っていた。
長く暗い、ヤマビルの潜む滑る泥の道も明かりが増えると余裕が生まれ体に心もついてきた。

宮地嶽あたりはけっこう滑って、この辺りの登りで突然ビリッ!と鳴ったので何かと思えばレインパンツのまたぐらが避けてしまった。中にショーツを履いてるので恥ずかしくはないがそういうことではない。
冷気が隙間から入って冷え込むし、そもそも2回しか履いてないトレントフライヤーがダメになるのは悲しくて(ひと履き7000円ちょっとか…)と苦笑いでしみったれた事を考えていた。
それでも雨は弱くなってきて浸水もしなかったので、そのまま履いていた。

この区間は九州自然歩道であり、ひたすらトレイルが続く。確かにここから整備された登山道のためエイド4以前と比べ格段に進みやすい。

とは言え滑ることは変わりないので、この辺りから開き直って降りは「滑り台」スタイルで降りることが増えた。次第に並走するランナーが増えてお互いに声掛けしていたのでキツさはあったものの楽しく進めた。

ちなみに泥を登ってる時に手元を照らすとヤマビルと目が合い(気がするだけ?)、目立つところでもがっつりいるんだと少し肝を冷やした。

思った以上に長い道のりを経て、第5エイドの高森峠にたどり着いた。スタッフのチェックが入る。ヤマビルにはかまれていなかったらしい。パンやバナナを食べたが思えばもっと食べておくべきだった。少し休んだのち、しばらく単独走が始まった。雨はやんでいた。

エイド5~エイド6(約94km)

坂は終わらない。コースレイアウト的にはここから登り・登り・登りである。標高差自体は大したことないものの、疲れた状態ではストレートとして効く。細かなアップダウンが非常に多くなる。

さらにいうとこの時点で手持ちの補給食で即効性があるものが残り2つとなっていた。見込みが甘かった。どう考えても今使いきるのはまずい。ハンガーノックになりかけつつ、動くだけは出来たのでこの区間はほぼすべて歩いた。

道自体は歩きやすいトレイルだったし、久々に走れる路面状況だったのに降りすら歩いた。1km/12-13分くらいのペースだろうか。長い単独歩。
ピークを越えて降りに差し掛かった時、前方の遠くに朧気ながら朝日が見えた。目線を落とすと完璧な雲海が広がっていた。時刻は4時半すぎ。とても長い十数kmの先にあったサプライズだった。

ここでまた別のランナーとようやく合流し、お互いへとへとだったので歩きながら色々話しながら進んだ。周囲はすっかり明るくなり、ヘッドライトの明かりを消した。その先で最後のエイドである、第6エイド・熊本ゼミナール童夢館についた。

ここまで着いたらもう関門のリスクはほぼ消えたと言ってもいい。後はただ進むだけ。楽しみにしていた南阿蘇カレーやパンを食べ、少し休む。
そしてレースの切り札であるメダリスト黒を飲んで気合いを入れて再び歩き出した。

エイド6~ゴール(約110km)

エイドから先はひたすら舗装路を登った。ずいぶんと登った先の道では中岳方面も見渡せた。少し前の雨が嘘みたいに快晴になっている。

結構長い距離を歩き、登山道へ合流する。ここから大矢野岳に向かうのだけど、広々として整備された岩場メインの登山道という感じで気持ちのいい区間だった。遠くには鹿の家族がいて、標高差600m弱のアップというコースで最大の登りもそこまで気にならなかった。

ただそこから眺望なく地味なアップダウンが続くのでしんどかった。降ってそろそろ、と思ったらまた登る。まだ登りが終わらないのか…と軽く絶望する。公式の高低差図ではわからないのだけど、ログを見ると本当にアップダウンが細かい。ここまで先行していたのだけどロストしたことで他の方たちとまたご一緒することなる。

ここで間違った

100kmを越えると少し九重感のある気持ちいい登山道となり、登ってくる登山者の方々の応援を受けながら進んだ。そしてようやく地蔵峠にたどり着く。あとはほぼ降り。少し!ここからは残っていた脚をつかってほとんど走った。足裏がボロボロなのでロードはけっこうしんどかったけど、ゴールの実感がわくと気にはならない。周りを見ると新緑が太陽に照らされてとても美しい。

10時過ぎ、アスペクタに帰ってきた。
およそ26時間かかってゴールにたどり着いた。
1人ではここまでこれなかったであろう、長い1日の旅だった。ぐちゃぐちゃの上半身と泥まみれのシューズに股の裂けたレインパンツ。そのままゴールテープをくぐった。
疑いようなく、それは何よりも良いと思った。

傷も汚れも勲章

コース

今回このタイプの地図使ったので詳細がわからない…

所感

初めての100km超トレイルレースはかなり過酷な大会となった。
トップ層はさすが、というタイムだったが冒頭に書いた通り完走率は34.6%だったらしく、それは走力とは別の要因が大きすぎてやむをえないことだった。

自分もたまたま前半に貯金があったこと、楽しく話しながら並走する方に恵まれたこと、低体温症にならなかったことでゴールできたに過ぎない。
大袈裟でなく天気が良ければ完走率はあと4割程度は上がってたと思う。

18時間近くそこそこの標高の山で雨が降ることの恐ろしさ、そして雨に対する対策の重要性がリアルに理解できた。また地質は雨で化けてしまう。
もし上下レインを着てなかったら、もしテムレスをつけてなかったら、諸々を考えると紙一重だったと言える。ただこれは今後本当に活かせる極めて重要な経験になると思う。実際、なんとか…と言うレベルでも完走できたことは自信になった。

やはりレースにおけるターニングポイントは第4エイドにいたるまでの一連であり、あの区間での詳細は自分の中だけに留めさせてもらうけど、確かに美しい心の動きがあった。26時間を決めたのは3分程度の出来事だった。

今回の反省点としてはやはり補給の見誤りにつきる。ここは明確にミスで、もしジェルを3つほど多く持って行っていれば確実に1時間は短縮できていた。エイドで必要量の数割を補える、というのは読みが甘く補給は詰めて考える必要があってそこらへんには悔しさがある。

レース後

今回、後半長々と歩いた影響が大きく心拍ゾーン2-3が7割となった。
そのおかげか想定より残存疲労は少ない。レースが終わりすぐ帰って片付けのち夕方に寝たので36時間くらいは起きてたわけだけど、そこから9時間くらい寝たら筋肉痛はあれど普通に動けるくらいにはなっていた。関節痛はほとんどない。

逆に言えば心拍ゾーンが閾値を超えると一気に身体負荷が増す、ということが実証された形になる。つまりこれくらいの低負荷域に抑えると活動可能な時間は伸ばせるということで、今回の筋力の残り方から察するに100マイルレースでも高難易度でなく気候が好条件であれば現時点でも完走自体はできるだろう、という感じはする。

歩きすぎがバレバレ
高負荷より中負荷の方が長い


過酷で壮絶なレースとなった阿蘇ボルケーノトレイル。これもいい思い出になるだろう。
夜の寒くて暗い中で力を貸してくれたスタッフやボランティアの方には頭が下がる。少なくとも自分はこの大会で代えがたい経験を得ました。感謝しています。

MS-i1 / 泥まみれのベルト
TIMP / ズタボロだけど排水力に助けられた
洗ってもインソールは黒いまま
インナーショーツ化したのに腰回りは汚れたナッティーショーツ
トレントフライヤーは派手に裂けた。後にリペアでき復活


2024/03/13 追記: 当日の装備などまとめ

今年出られる方に向けて当日のウェアを記載しておきます。何かしら参考になれば。

気温・・・不明(過去のデータが出て来ず)
→たしか最低気温は10℃を切ってないはずですが、草原の稜線は雨風が強いのでかなり体が冷えます

<装備>

: メッシュキャップ
ベースレイヤー: ポリエステルの速乾Tシャツ(1000円くらいの安物)
アウター: モンベル・ライトシェルジャケット、モンベル・トレントフライヤージャケット
ボトム: マイルストーン・ナッティーショーツ、モンベル・トレントフライヤーパンツ
靴下: インナーファクト・ラミーソックス
靴: altra・timp4
手袋: ショーワグローブ・テムレス04 advance
ザック:  Yurenikui Setaro
ヘッドライト: マイルストーンmsi-1

こちらは結局上のライトシェル以外は着ておらず
※着てたらボロボロになってただろうから正解でした
インナー類
ザック類 ※左のグローブは使わず
レイン等
左は予備
TIMP4とYAMAtuneのソックス
補給食 この時点ではたりてないのでジェルなど追加し、4000-5000kcalくらいで調整しました
サポート用
フラスク類

<レイヤリング>
スタート時から最後までトレントフライヤー上下、テムレスを着用。若干蒸れるな〜と思うも暑さは感じないくらいでした。

夜間帯のエイド4でライトシェルジャケットをドロップバッグより取り出し、その後はゴールまで着用。シェルを増やした時点では雨も降り続き足元が濡れて冷えを感じていたので保温力を高めたのは正解でした。
朝は多少蒸れたしパンツは股ぐらがズタボロになってたけどゴールが近かったのでそのまま着用


<損壊>
・雨と泥の侵入によりTシャツは激しく色移り、靴下は破れレース後に破棄。ナッティーショーツは後ろポケット部分が露出していたため若干土に触れ取れなくなったが軽微

・同じくヘッドライトのベルトに付着した土はいまだに取れないが問題ないのでそのまま

・トレントフライヤーパンツはその後リペアできました。モンベルストアで8000円。安くはないけど派手に破れてたので直せることに驚き

・timpはこの際のダメージがもととなり、8月にもう1レース出たら完全にアッパーが破れました。現行品もおそらく早いうちに補修すれば長く使えるので、ごく小さな穴でもすぐに直した方が良いです。

・補給はエイドでも摂れるけど、後半までは暖かいものが少ないので雨が降ったら注意

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