破廉恥憧憬紀 九
「少し外へ出よう」高島は私を外へ誘った。
病院の中庭は意味不明なオブジェを中心として放射状に道が延びており、それぞれが各病棟へ続いている。道は花壇によって区切られ、当然人工的に造られた色彩たちがややのっぺりと広がっていた。我々は中庭に出てすぐのベンチに腰を下ろし、自販機で買ったコーラを飲んだ。花が風にしなやかに揺れている。
「コーラなんて飲んで大丈夫なのか?」
「医者にはよいと言われた。今のところ衰弱は見られないらしい」
「ではなぜお前は入院している。精神を患ったとはいえ、深刻な身体症状は現れていないではないか」
「最近、平均寿命が急激に短くなってるってニュースあったろう」
ここ数日、世間はその話題で持ち切りだった。「それと何か関係が?」
「どうやら政府はその原因究明に向けて全国で症例集めに奔走しているらしく、条件を満たした患者を次々と無償で入院させているらしい」
「お前はその条件を満たしたというのか」
「そうらしい。だが条件については対象者である俺にも秘密だそうだ。他者に漏らすこともないよう誓約書も書かされた」
「それ、私に言って大丈夫なのか? バレたらまずいんじゃないか?」
「国にとっては症例集めの方が重要なはずだ。誓約書もきっと形式的なものだろう」
「人体実験の被験者というわけか」
「あくまで経過観察が基本らしい。当分は国の金で生活できるし、病院内にいれば生活制限も特にない。俺にとっては人生の夏休みが再来したようなものだ」
高校を卒業した私は大学進学を機に京都へ移った。それ以来、東京の大学に進んだ高島と会う機会を失い、くだらない話をすることも自然となくなっていった。連絡を取り合うことはあったが、かつて燻っていた男子高校生たちにもいつしか恋人ができ、そちらに諸々を捧げていった。人は多くの経験を踏むと、自ずと現実を生きるようになる。地元の公務員としてそれなりに堅実な人生を選んだ今の私は阿呆とは無縁であった。
「高校時代は楽しかったな」高島は懐かしむように言った。
「阿呆なことばかりしていたからな」
「破廉恥聖戦だったか。今となっては随分と恥ずかしいものだったな」
「あれに恥ずかしさを覚える必要などない。誰も覚えていないのだから周りが気にも留めないことで一喜一憂するなど、それこそ阿呆のすることだ」
「ということは、これは正しい行いなわけだな」
「私はもう阿呆ではない」
「寂しいことを言うなよ。死に際だぞ」
「自分の立場を脅しに使うなよ」
「冗談だよ。『死にたくない』なんて戯れに過ぎん。死の実感など湧いていない」
「両親には伝えてたのか?」
「いや、話していない」
「阿呆か貴様は」
「俺は阿呆だ。何度も言っているではないか」
「阿呆にも限度がある。私より先に親だろうが」
「時が来れば伝わるさ。余計な心配をかけるのも気が引ける」
そう言って高島は立ち上がり、花壇に寄っていった。しゃがみこんで花を見つめながらコーラを含むと、しかめっ面で「げふっ」とやった。にやついた表情でこちらを見つめる高島の姿は高校時代の彼そのものであり、私は不意に懐かしさに駆られた。
「また来てくれ。制限はないが、出られないのはつまらん」
「もちろんだ。酒でも持っていくよ」
真偽不詳の死を纏った友を目の当たりにし、その実感がない一方で諸行無常を感ぜざるを得ないのもまた事実であった。会える人には、会えるだけ会っておこう。
病院を出た私は知り合いへ電話を掛けたが、繋がらなかった。そのうち、土産でも持って顔を出そう。
私は、懐かしい顔ぶれを思い出していた。