沖縄帰省記


2024年のGW2日目。私は現在住んでいる愛媛県から故郷である沖縄県へ帰省する予定である。

今年のGWは4/27-29と5/3-5/6の2つに分かれているようになっていて、4/30-5/2の3日間有休を取り、10日間の大型連休を手に入れた。社会人になるとなかなか長い休日を取ることができないと聞いていた私は、せっかくならとまだあまり恋しくはなっていない地元へと帰ることにした。

ここで私の往路を確認しよう。沖縄に向かうには松山空港から那覇空港へと2時間かけて直行で向かう必要がある。まず、自転車を15分走らせて最寄駅に向かう。現在居住するのは愛媛県の片田舎なので、最寄駅から松山駅まで1時間30分ほどかけて特急電車で向かわなければならない。松山駅で降り、松山空港まで20分バスに乗る、といった予定だ。各乗り換えの時間を考慮しなくとも、少なくとも合計で5時間かかる。大移動、そして大苦労である。

10時45分発の飛行機に乗るため、朝7時に家を出発し、7時15分に最寄駅に到着した。電車は7時25分発である。朝ごはんを食べていなかった私は、電車か空港でご飯を食べるためにまず駅のコンビニでご飯を買った。3-4分ほどで選び終え、さて駐輪場で自転車を停めようと駐輪場を探す。しかし見つからない。めんどくさがりなのでとりあえず自転車マークのステッカーが貼られた駅のエレベーターに乗り込み、反対側の駅入口へと向かった。歩道橋のような通路を自転車を押しながら歩いていると、同じく自転車を押して歩く人2人とすれ違った。「やっぱりあっち側に駐輪場があるんだ!」と自分の勘を称えながら、歩道橋を渡りきりエレベーターで反対側の1階へと降りた。駐輪場はすぐそばにあり、入り口から自転車を停めようとした。しかし、入り口に設置されているチケット発券機に、「満車」の文字が見えた。

え、、?何だって?もうすでに時刻は7時20分。あと5分で電車が来てしまうのだ。でも、駐輪場に空きがなくてはどうしようもない。自転車を押しながら走る。どこか近くに自転車を停められる場所はないのか。周りを見渡すが駅以外にはなんの建物もない。


「沖縄に行けない。」という最悪の考えが頭をよぎった。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんな片田舎で、会社の同期も全員地元に帰ってしまったこの場所で、10日間も過ごせるはずがない。愛媛アローンなどまっぴらごめんだ。でも自転車が停められない。私はこの短い数分で頭をフル回転させ、なんとしてでも空港へ向かうさまざまな手法を考えた。自転車を外に不法駐車してみようか。駐輪場に自転車を上から投げ入れようか。その辺の人に自転車を6日間預かってくれと懇願しようか。どれも現実的ではない。1ヶ月にわたる新入社員研修により、一社会人として、会社や市のルールを遵守しなければならないと心を改めていた私には、ましてや法を犯すことなど到底できるはずがなかった。先週1万5000円で購入した中古の自転車を、不法駐車により失うのも心が苦しかった。流石に苦しすぎる選択である。

もうこの時点で泣きそうだった。悔しさが込み上げる。どうして駐輪場の空きを調べていなかったのだろう。こんなことなら30分でも歩いて来ればよかった。タクシーを使えばよかった。自転車なんてお荷物、連れてくるんじゃなかった。こんな後悔をしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。特急電車はもうホームに着き、私が乗り込むのを大人しく待ってくれている。なのに私は、自転車を停められずに全力疾走している。


もうやっぱ自転車捨てた方がいいんじゃないの??新入社員という薄給人間にとって苦渋の決断をするところまで心がきていた。この時、反対側、つまり元々私が到着した側にも駐輪場があるという事実を思い出した。行くしかない。エレベーターで上り、歩道橋を渡り、元いた入り口へと戻った。でも、探せない。というか、探し回ることで駅の入り口から離れ、電車に間に合わなくなるのが怖かった。私は自転車を押しながら、ウロウロと入り口から離れられないでいた。これでは埒があかない。得意技、「その辺の人に聞いてみる」を繰り広げることにした。こんな朝早くから駅のゴミ拾いをしている男性に声をかける。いつもお疲れ様です。ありがとうございます。こんな時でも地域住民への感謝の心を忘れない。新入社員研修の賜物である。そして駐輪場の場所を聞いた私は、すぐさま駐輪場へと向かった。ちなみにすぐそこにあった。考えずにその場の雰囲気に流されることをやめたい。社会人1年目、今年度の目標がここで決定した。駐輪場は8割方埋まっていたが、空きがあった。大歓喜の私はすぐさま自転車を停めた。とその時、電車が発車した。

「絶望」の2文字が脳内にデカデカと表示される。しかもなぜかパチンコのフィーバーの時みたいに、周りが金色のキラキラで、絶望の文字自体は赤黒くて力強い明朝体みたいなやつ。電車が、去ったのだ。これはかなりまずい。松山駅に行けない。でも私は諦めなかった。10日愛媛アローンが嫌すぎたからだ。勘違いしてほしくないのだが、決して愛媛が嫌いなわけではない。同期が1人もここに残っていないということが問題なのである。全員が全員関東や関西の地元に帰省した。私は会社の同期以外に、愛媛県に友人がいない。こんな中、少し大きなイオンがあるくらいの場所で、1人でどうやって過ごせというのか。一昨日2人の同期とカフェに出かけた時には、やることがなさすぎて、途中テーブルに止まった小蝿をじっくりと無言で観察した。22歳の女性3名が、カフェで虫を観察しているのだ。これをまたやれというのか。しかも1人で。そうでなくとも、華々しいGWの10日間、1人狭い部屋でスマホにかじりつくなんていう未来は避けたい。せっかく取った有休3日を無駄になんてしたくない。何といっても飛行機の往復代は4万円だ。今更キャンセルもできない。こんな大金が無駄になってしまう。何がなんでも沖縄に帰ってやる。

しかし、もう電車は発車してしまった。次の電車に乗ろう。発車時間はよく覚えていないが、次の電車は10時過ぎに松山駅に着く。そこから20分バスに乗って空港へと向かうが、そのバスは毎分発車しているわけではなく、また乗り換え時間を考慮すると空港に着くのは早くとも10時40分頃だ。那覇行きの飛行機は10時45分発だ。間に合わない。電車に乗るのは諦めた。となると、タクシーで松山まで向かおうかと考える。しかし、特急電車で1時間半かかる道のりを、タクシーで行こうものならウン万は飛んでいく。最も現実的ではない。


ここで、昨夜親からもらったLINEを思い出した。親はこんなポンコツな私のことをよく知っている。事前に松山空港への行き方を調べ、私に教えてくれていたのだ。親によると、松山駅に向かうには、電車とバスの二つの選択肢があるらしい。一応昨夜バスの時刻表も調べておいたが、9:45に松山駅に着くと知り、これでは間に合わないかもしれないと、かなり早い特急電車に乗る選択をしていたのだ。しかし、電車に乗って10時過ぎに松山駅に着くという現状最も合理的な選択よりは、それよりも20分ほど早く松山駅に着くバスに乗る選択の方がはるかに可能性がある。


もうこれしかない。と決断をしたその時である。すぐ隣のバス乗り場からバスが発車した。そのバス停の時刻表を見る。松山空港行き。7時半発。現在の時刻は7時半ちょうどだ。次のバスはおよそ1時間後に発車する。まずい、どうしてもこのバスに乗らなければならなかったのに。今発車してしまった。まずい、これが最後の選択肢なのに、考えろ考えろ考えろ。バスの時刻表を見ると、このバスは7時34分に次の停留所に停まるようだった。あと4分。そのバスはもう見えなくなろうとしている。走っては間に合わない。バス停すぐ隣にはタクシーが3台停まっている。もうこれしかない。そのうちの1台のタクシーの運転手に話しかける。

「あのバスにどうしても乗りたいんです!!!あのバスを追ってください!次は市役所前で停まりますから!!」


前の車を追えだなんていう海外のアクション映画の主人公のような台詞を口にしたことに、少しの感動を覚えた。しかし私の形相は紛れもなく鬼そのものだ。そんな私に、タクシー運転手は穏やかに対応してくれた。「次の停留所は市役所前ですか...。最善を尽くします。」なんと、最善を尽くしますなどという医療ドラマの医者のような台詞を運転手も口にしてくれた。こんな生死を分つような状況の中で、ドラマのようなやり取りが生まれたことに私は感動していた。ドラマは都会で生まれるのではなく、意外にも田舎でのポンコツなミスからはじまるのだ。ビバ田舎!なんて微塵も思っていないところで運転手が車を発車させた。猛スピードだ。ありがたい。こんな出来損ないの私のために、法定速度ギリギリアウトなのでは?というスピードでバスを追ってくれている。なんて頼もしいのだろう。バスは300mほど先に見える。それを猛スピードで追う運転手と私。幸いにもバスが信号で止まった。「これに乗るということは、ここで追い抜いていた方がいいですよね。」という運転手の賢明な判断により、タクシーは車線変更しバスの隣につき、信号が青に変わると同時に猛スピードで発車しバスと差をつけた。田舎で繰り広げられるカーチェイス。皆さんも一度経験してみてはいかがでしょうか。

それから間もなくして市役所すぐ手前のコンビニにタクシーを停めた。タクシーに乗りながらお金の準備をしていたが、830円という中途半端な金額を持ち合わせているはずもない私は1000円を財布から取り出し、「おつりは大丈夫です!」とここでもドラマさながらの台詞を炸裂させた。この4分の間に3つもドラマ台詞が飛び出た。ビバ田舎!なんて微塵も思うことなくすぐさまタクシーを飛び降りた。しかし、すぐそこの市役所前バス停には待ち人がおらず、バスは止まりもせずに通り過ぎた。

私は走る。全力疾走だ。朝から自転車を漕ぎ、全力疾走し続けている。せっかく一生懸命巻いた髪の毛のカールももう全て取れていた。そして幸運にもすぐそこの信号に引っかかったバスに追いついた。バスの運転手に両手を振ってアピールした。「すみません!乗せてください!!」心優しいバスの運転手はすぐにドアを開け、こんなバケモノみたいな形相の女を中に入れてくれた。ここに住み始めて約2週間、この地域の人は本当に優しいと感じていた。半年前シドニーに行った時のバスの運転手は、大人しくバス停で待っていたにも関わらず、手を挙げて知らせなかったというだけで停留所を素通りし、信号待ちのところに走って追いついた私たちを嫌な顔をしながら乗らせてくれたが、乗り込むとすぐ英語でめちゃくちゃキレられた。それに比べるとこのバスの運転手はなんて優しいのだろう。心優しい住民と公共交通機関の運転手たちに助けられ、バスに2時間揺られたのち、無事に松山駅、そして松山空港へと到着した。


結論、那覇行きの飛行機にも無事に乗り込むことができ、愛する沖縄に無事に帰って来れた。ヒヤヒヤする往路ではあったが、松山駅までバスで向かう方が1500円ほど安いことにも気づいた。なんだかんだ良い発見があったのだと思う。ことにしたい。そして、まだ沖縄に着いて半日しか経っていないにも関わらず、往路の苦労もあり早くも愛媛に帰ることに抵抗を感じ始めていることは、ここだけの秘密である。


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