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こだわりを積み重ね、長く愛される商品へ 〜虎屋 新年小形羊羹パッケージ〜

こんにちは。タナカです。

今回は、日本のお正月に欠かせない「干支」と、今年の干支である「寅」に関するお仕事に長く携わる、一人の女性アートディレクターをご紹介します。

虎屋さんと、新年小形羊羹と、サン・アドと


日本を代表する和菓子の老舗・虎屋。サン・アドは2004年からの長きにわたって、パッケージデザインをはじめとした多様な面でそのブランドづくりのお手伝いをさせていただいています。

「虎屋 」と「サン・アド」というと、弊社・葛西薫を取り上げていただく機会も多いため、葛西が携わっていることをご存知の方はいらっしゃるかもしれません。

実は葛西以外にも、さまざまな場面で弊社アートディレクターの個性が生きています。

虎屋さんが毎年お正月限定で販売している新年小形羊羹のパッケージ制作を担当しているアートディレクター引地摩里子もその一人。今年で12年目を迎える彼女に、インタビューを行いました。

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引地摩里子 (ひきちまりこ
[アートディレクター/グラフィックデザイナー/イラストレーター]
主な仕事に、虎屋、NICHIBAN、ロート製薬、サントリーワインインターナショナル、厚生労働省、ルミネ、モアーズ、千總 など。
イラストを使ったデザインや、ポップでカラフルな色彩で目を引くデザインを得意とする。女性をターゲットにした商品や、店頭で目を引くパッケージデザインの仕事に多く携わっている。
*広告電通賞、日本パッケ ー ジデザイン大賞入選、東京ADC入選、 東京TDC入選 他


ことが生まれるものづくり


田中:新年小形羊羹に携わってきた12年間を振り返って、いま、率直にどのような思いがありますか?

引地:はい。はじめに、この素敵な商品にこんなにも長く携われているのは、本当にありがたいことだと改めて感じます。毎年お正月になると「来年のパッケージはどうしよう?」と考えてしまうほどです。(笑) ほんと、いつも楽しく制作させてもらっています。

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田中:ひとつの案件にここまで長く携われることはなかなかないと思いますし、引地さんが楽しんでいらっしゃるのは、作業されている様子を見ていて伝わってきます。

この仕事を通じて驚いたことや、得た学びなどはありますか?

引地:そうですね...。やはり一番は、虎屋さんの「お客様を本当に楽しませようとする心」かな、と思います。

これは、私が初めて制作に関わった2010年、卯年のパッケージ提案に行ったときの話です。少し緊張しながらも、虎屋さんが大切にしているであろう「日本らしさ」や、新年の慶びを表現したパッケージを必死に考えてご提案に向かいました。「虎屋さんのお正月に、私が一風吹かせるぞ!」くらいの気持ちで。

田中:まずは気持ちから! なんだか引地さんらしいです。(笑)

引地:ありがとう。(笑) 提案に対しては、デザインに関する質問を様々受けまして。虎屋さんの商品づくりに対するこだわりや心意気は、この時点から強く感じていました。

その中でひとつ十分に答えられなかったのが、「このウサギはなんという種類ですか?」という質問で。目の付け所に驚いて、少し焦ってしまって...。

田中:たしかに、想定外の質問かもしれませんね。でも虎屋さんはどうして、そのようなご質問をされたのでしょうか。

引地:いまとなってはよくわかるのですが、その理由は、虎屋さんの「店頭での会話を大切にする」という企業姿勢にありました。

お客様が商品を見るとき、手に取るとき。店頭の些細なひとときにも、会話の瞬間はたくさん潜んでいるのだと言います。お客様がその商品から何を感じ、考え、知りたいと思うのかを想像する。虎屋さんのパッケージデザインづくりはそこから始まっていました。

店頭へ足を運んでくれた方々にただ和菓子を買ってもらうのではなく、その商品一つを通じて、虎屋さんが大切にされている日本の文化や伝統にも触れてほしい。だからこの質問では、「日本の歴史上、どんな役割を果たしてきたウサギなのか」を、しっかり意味づけたいと考えられたようです。商品やデザインの背景にあるストーリーを知ることは、お客様にとっても楽しいことですよね。

細やかな部分にまで目を配ってお客様を楽しませようとする虎屋さんの姿勢に触れ、私たちは商品パッケージという「もの」を通じて、気づきや体験といった「こと」を生んでいるのだと知りました。

田中:「こと」を生むための「もの」づくり。とても興味深いですね。店頭に足を運んでくれたお客様はきっと、そんな体験のお土産を楽しんでいるのだと思います。虎屋さんの商品が長く愛される理由をひとつ、知ることができました。

引地:そうですね。私もそんな「こと」のきっかけになればという思いもこめて、ある年からパッケージのイラストに日本の伝統技法である版画を用いるようになりました。ここからもまた、店頭での会話が生まれているとうれしいです。

個性的で愛される、十二支の"色々"。


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田中:この12年間を経て、引地さんが抱いている新年小形羊羹制作への思いや、デザインへのこだわりを聞かせてください。

引地:そうですね。実は、虎屋さんのパッケージのほとんどは線や形、色でデザインされている抽象的なものが多いので、キャラクターを使った干支羊羹は少し特殊な表情を持った存在であるように感じてます。そんな新年小形羊羹は、虎屋さんの店頭でどのような役割を果たすのか。毎年の制作は、その原点に立ち戻ることからはじまります。

何と言っても干支は、新しい年のお祝い事に欠かせない存在。上質で日本的なブランドを受け継ぎながらも、店頭に華やかな特別感を演出し、虎屋さんとお客様がその慶びを分かち合えるようなパッケージを作っていきたいなと、この12年、変わらず思い続けています。

さらに、さまざまに提案を重ねることで、虎屋さんとの間に生まれるキャラクターに対する愛着もまた、この仕事の醍醐味のひとつです。最終決定したキャラクターを店頭に送り出すときはなんというか、愛情を持って育ててきた子を社会に送り出すような、母のような気持ちに包まれます。

そんな気持ちを虎屋さんも一緒に分かち合ってくださることも、とてもありがたいなと感じます。

田中:虎屋さんと引地さんだけでなく、生まれる干支のキャラクターとの間にも、深い絆があるのですね。

引地:はい、そんなふうに思っています。

それから、このインタビューの話を受けたことが自身のデザインを見つめ直すきっかけにもなったような気がしていて。それで気づいたのですが、私がデザインする上でインスピレーションを受けているのは、特に「色」なのかもしれません。

田中:「色」ですか。

引地:はい。例えば、今年の寅。目と鼻の色を見てもらえますか?

【2022、寅】

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田中:目は黄緑色、鼻はピンク...ですね?  しかし、目や鼻ってなんとなく、茶色や黒で描きたくなるようにも思うのですが...。

引地:そうですよね。これまでのパッケージを見返してみて、私のデザインやイラストの特徴がここにあるような気がしました。

版画といった日本の伝統技法を生かしながらパッケージを作っていると、どうしても、どこか厳かで、堅苦しい表情の干支になってしまうように思います。でも、例えば顔のパーツパーツの色を少し変えてみたり、時には背景に敷く色を変えてみたり。

小さな色の変化によって、干支とパッケージの印象がガラリと変わっていく過程を、個人的に楽しんでいたりします。

田中:なるほど...。言われてみると、亥のパッケージは目が黄緑ですし、午のパッケージにはかなり華やかなピンクや黄色が使われていますね。

【2019、亥】

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【2014、午】

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引地さんの色の妙によって、定番商品にはない、新年小形羊羹ならではの愛らしさや親しみが生まれているのだと感じました。

引地:そうだとうれしいです。

干支羊羹のパッケージに限らず、例えば、柔らかい色の商品のビジュアルを作る時に、あえて商品以上に強い色を敷いてみたり。一方で、キーカラーの印象がしっかりあるような商品の背景にも、あえてそれに負けないような色を選んでみたり。

検証していく中でそんな色の組み合わせが思わぬ化学反応を起こし、商品が一番美しく見える瞬間が来るんです。「あ、ここだ。」って。その瞬間がとっても気持ちいいと感じるし、だからこそ、思いつかないような配色にも、どんどんトライしていくようになりました。

新年小形羊羹のパッケージ制作においても、最後に命を吹き込んでくれるのはいつも、そんな色の力だったように思います。


制約が発揮する、大いなる自由


田中:最後になりますが、新年小形羊羹の小さな箱の中で、12年に渡って多様な表現を生み出すことができた引地さんの強みとは、一体なんなのでしょうか。

引地:たしかに、新年小形羊羹のパッケージには、箱のサイズはもちろん、商品名や成分表示の記載位置といった制約があります。その中で年々新しい表現を生み出すのは難しいようにも見えますが、個人的にはむしろ、制約があることによって自由に表現を楽しめているのかもしれません。

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例えば、突然大きな画用紙を一枚渡されて、「なんでも好きに描いてみて!」と言われても、正直何を描いていいのかわからない。でも、「AとBとCだけは、絶対に守って描いてね!」と言われると、”AとBとCさえ守れば、あとは安心して好きに表現していいんだ!”という思考になるんです。

田中:さまざまな制約があることで、ご自身が活躍できるステージが明確になっているのかもしれませんね。

引地:制限や難しいお題に直面したときの方がむしろ、「絶対自分にしかできないことをやってみせるぞ!」という気持ちに強く、駆られるようにも思います。だから、愛らしさを印象付け難い亥年のパッケージを作るときには、私自身、かなり燃えていました。(笑)

前年の戌年のイヌが動物として愛らしかったぶん、 ケモノ的印象が強い亥年のイノシシを愛らしく見せるのは難しいのではないか、 とも言われていたんです。その難題に直面しながらも、色の工夫などから愛らしさを吹きこんで完成したパッケージも戌年同様、お客様から多くのご好評をいただいたそうです。

どんなお仕事にも条件や制約はつきものかもしれませんが、どんな難題もむしろ制作のバネにして、新しい気づきや楽しさを与えられるようなデザインを生み出していけるといいなと思います。

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田中の編集後記

新しい年のはじまりに、私たちの心を華やかにしてくれる虎屋さんの干支羊羹。そのパッケージ制作の背景には、お客様の心を楽しませようという、虎屋さんと引地の強い想いやこだわりがありました。

この商品があることで、店頭はどう変化するのか。この商品を通じて、お客様にどんな体験を与えられるのか。そんな想像力をさまざまに働かせ、積み重ねることによって、毎年新しいパッケージが生まれています。

12年に渡ってデザインを担当した引地の個性やこだわりや色から生まれる表現の力。それもまた、虎屋さんのブランドを形作る、大切な要素のひとつになっているのだと思いました。


*お知らせ*

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本年は「虎屋の寅年」とういうことで、引地がデザインした寅のキャラクターは来年の干支である卯が登場するまでの間、虎屋さんの店頭でさまざまに展開される予定です。

虎屋さんを訪れた際にはぜひ、この寅の活躍にも注目いただけるとうれしいです。

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*サン・アドHP
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写真・大森めぐみ (サン・アド)
文・田中智穂 (サン・アド)