原風景にツイテ
「僕はね、1歳のころの記憶をはっきりと覚えているんですよ。」
私の恩師のさとこー先生は、
ポテトサラダをパクリと食べながら言った。
「僕が生まれたのはちょうど終戦時でさ、全然復興なんてしていなくって。
1歳のころはまだまだあたり一面が灰色の風景でさ。」
と言って、ニマニマ顔に黄色い泡の液体が吸い込まれていく。
「だけれどもね、母が僕をおんぶして連れて行ってくれた空き地に、
クローブの花畑があって、そこだけ緑豊かでさ、
不思議な感覚になるような感じで。」
私もポテトサラダを食べながら聞き入る。
「その花畑にポンと僕をおいてさ。
僕はその上でハイハイしているんだけれども、
母はしゃがんで僕を見ていてさ。」
先生は背中を丸めて両手でハイハイするような格好を見せながら言う。
「そのときですよ。
僕の目の前にこ〜んなにおっきい蝶が飛んできて。
実際は普通の大きさなんだけれども、
僕が小さいからさ、大きく感じちゃってさ。」
と言いつつ、結構大きな円を両手いっぱいに描いて、
当時の蝶の大きさを伝える。
「本当に夢のようでさ。
いままでそんな光景を見たことがなかったからさ。
一面が灰色の世界だったもんだから。
それがね。僕が見た、最初の美しい風景だったんですよ。」
先生はキラキラとした目で、
その時見た光景の話をしてくれたのをふと思い出す。
私だったら何かしらん、と考えてみる。
そういったものを「原風景」とでも呼ぶべきだろうか。
私の母の田舎が関東近郊にあって、
その地域は果物が名産品で、
よく家に贈られて来たものです。
(今でもよく来る)
祖母の家には広い庭があって、
その中にスイカなんかの畑があったり、
柿の木やらザクロの木やら、
スモモの木、グミの木、ウメの木、、、なんて、
さまざまな実のなる美味しいヤツらが生えていました。
祖母はもう6年前に亡くなってしまったので、
現在の庭は変わり果ててしまって、
昔の面影はなくなってしまいました。
祖母が作るスモモは特に格別で、
ソルダムやらタイヨウやら、
毎年贈ってくれる可愛いヤツらの味を知ってしまうと、
近所のスーパーのものは食べられなくなってしまうほどでした。
今でもその味を覚えているもんです。
私が小学生のころ、
車で一家が祖母の家に遊びに行った際に、
庭の横のちょっとした駐車場に降り立った瞬間、
私は「うわっ!」っと声をあげてしまって。。。
たまたま庭の土を踏んでしまったのだけれども、
その土がふわっふわで、
まさかこんなズッポリ足が入っていくとは思わなかったので、
ビックリしてしまったわけです。
こんな端っこの方まで、
おばあちゃんは手入れをしているんだな〜と感じながら、
庭に入っていくと、
ちょうどその季節が5月の麗らかな日のことで、
私の目の前には、恐ろしいくらい光る庭が広がっていたのでした。
カリフォルニアポピーやら、牡丹やら、芍薬やら、
家までつづくちょっとした小道沿いに、
朗らかに咲く花々。
おばあちゃんの趣味かしらん、
ホタテの貝殻が小道沿いに並んでいるのを花と一緒に眺めて、
家に入っていく。
「て、よく来たし〜。」
おばあちゃんはニッコニコの笑顔で私を迎えてくれる。
初夏に田舎に来たのは初めてのことだったから、
私はおばあちゃんと一通り話をすると、
すぐに庭の見える縁側に向かいました。
縁側の前には、
数多の木々が小島を作っており、
そこには可憐なユリが可愛らしく列をなして咲いています。
新緑の塊の中を花桃がチラチラとピンクの差し色を入れて、
豊かな自然の光景を作り出しています。
持ってきたスケッチブックに、
何度その光景を描いてみても、
うまくいかない。
デッサン力がないのかもしれないけれども、
そうゆうことではなく、
あまりにも美しすぎて描くことができないわけです。
白猫のみーちゃんと戯れながら、
夜になるまでぼぅっと眺め暮らしたあの光景が、
私の原風景なのかもしれません。
皆さんの原風景はどんな光景ですか?
旅行になかなか行けないこんな時期だからこそ、
原風景を思い出してみるのもいいものですね。
今は変容してたずねることのできない、
懐かしい光景を旅する。
「おばあちゃんな、太陽とお友達ずら。」
と笑う祖母の農作業帽子姿が眼に浮かぶ、
お盆の時期を過ぎた今日この頃でした。