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グランドツアーが終わります #7 かくしてクラークソンは農家になった

2019年末に始まったCOVID-19によるパンデミックは、世界のあらゆる活動を止めました。映画やテレビ番組の制作も縮小されました。ターミナル駅は人もまばらで駅ビルも商店街もシャッターを下ろし、かろうじて開いているスーパーで弁当とノンアルコールビールを買い、強い陽射しが照りつけばかりで人の気配のない道を歩いて家に戻ってまたPCを立ち上げ、やってられねぇ、とか言いながらノンアルコールビールを飲みながら午後のテレワークに戻る。脇に置いたスマートフォンのアプリのSpotifyからは古い音楽ばかりが流れてきます。世界はあの世のように静かでした。不快な静けさです。
グランドツアー (The Grand Tour) の撮影も止まりました。S3の最終回の配信開始日である2019年4月からS4の第2回の配信開始日の2020年12月の間、1年8カ月で配信された番組が1本というのは、緊急を要する事態です。
ジェレミー・クラークソンら3人のプレゼンターは金持ちだからまだ良いでしょう。問題はアンディ・ウィルマンのチームのスタッフです。彼ら3人とウィルマンは会社を作っていたわけですが、彼らのチームにはBBC時代からのスタッフも多く含まれていました。BBCに残っていればコロナ禍だろうが食べる心配はなかったはずの人たちです。スタッフに対する責任が生じます。
S4から番組のフォーマットを大きく変更したことが裏目に出ます。スペシャル回のみで構成される番組は、宿泊を伴う長期間のロケを必要とするものです。S3までの自動車情報番組のフォーマットなら、近場で撮れる10分程度のミニ企画が作れれば何とかなるのです。実際、S3までの彼らは体調不良や怪我を抱えながらも、トップギア (Top Gear) 時代とそれほど大きく変わらないペースで撮影できていました。

パンデミックが下火になっても彼らの番組制作ペースは上がりません。COVID-19は彼らから長期ロケに耐えうる体力を奪っていったのです。半年に番組を1つ制作するのがやっとです。クラークソンは60代に突入し、ジェームズ・メイも60代が目の前です。最年少のリチャード・ハモンドも50代になってしまいました。加齢から来る体調不良が彼らを悩ませます。
COVID-19と加齢、それに加えてグランドツアーの3つめの '敵' が思わぬところからやってきました。イギリス中部のコッツウォルズの小さな町・チッピングノートンの南に広がる畑です。

敵か?渡りに船か?クラークソンの農場

ジェレミー・クラークソン農家になる (Clarkson's Farm) は、グランドツアーの撮影が止まってしまったために、撮影の空き時間を潰すために制作が始められたものだと言われています。クラークソン以外の出演者は全員素人なので、ギャラも激安。ロンドンからは日帰りできる程度の距離で、撮影時に宿泊が必要なら農地の北にキャンプ場もあります。
激安の制作費でできる番組というわけです。内容はクラークソンが初心者農家として農場運営をやるというだけ。農地はクラークソンの所有であり、これまで他人に任せていたものを自分でやって番組にするだけです。どのみち誰かがやる作業です。

どのみち誰かがやる作業とはいえ、確かに内容は面白いです。ありとあらゆる車に乗ってきたクラークソンが、ボタンだらけのトラクターの操縦に手間取ります。ここでは彼も初心者なのです。
オーディエンスは初心者クラークソンと一緒に、農業がどういうものであるかを学んでいきます。悪ふざけはありません。相手が素人であることと、自分の農場の生産能力に直結してしまうためです。クラークソンはクラークソンなりに大真面目にやっているのです、これでも。
このClarkson's Farmは、アマゾンプライムビデオ (Amazon Prime Video) 屈指の視聴者数を集めることになりました。グランドツアーの予算規模と比較すると、皮肉なことです。
おまけにガーディアン紙 (The Guardian) に絶賛されてしまいました。クラークソンの仇敵?と言うべきあのガーディアンにです!

それにしても本物の労働者階級の中に放り込まれてしまうと、クラークソンがインテリに見えることに驚きます。いや彼はパブリックスクールに学んだインテリゲンチャであり、馬鹿のペルソナを被っているだけとわかってはいるのですが。
Clarkson's Farmだけのファンでトップギア (Top Gear) もグランドツアーも知らない、という視聴者も増えているようです。彼らから見たらクラークソンは人のいいおじいちゃんなのでしょうか。地元の人々が彼を警戒する様子は、田舎者による移住者いじめのように思われているのかも知れません。いや彼はトップギアのS9でバイオ燃料のための菜種を植えようとして、耕すのに飽きて畑を爆発炎上させていたのです。警戒されて当たり前なのです!
このClarkson's Farmが軌道に乗ったことで(メーガン・マークルへの誹謗中傷でクラークソンは多大な批判を浴びましたが、アマゾンはシーズン更新を選びました)ウィルマンのチームは救済されました。
グランドツアーとアマゾンの間に果たして不協和音があったのかどうかはわかりません。高額予算のグランドツアーにとって費用対効果の高いClarkson's Farmは '敵' のようにも見えますが、しかし彼らのグランドツアーがもしアマゾンとの闘いに疲れ果てているのだとしたら、むしろ渡りに船なのかも知れません。
ウィルマンのチームが救われたいまなら、グランドツアーをやめることができます。どうなのでしょうか?
(この項つづく)

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