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グランドツアーが終わります #8 彼らはアメリカに敗れた。しかしアメリカも勝ったわけではない!

ジェレミー・クラークソンら3人の時代のトップギア (Top Gear) は、最盛期には世界3億5000万人の視聴者を数えたと言われました。歯に衣着せぬ車の批評とユニークなチャレンジの数々と馬鹿騒ぎは、世界中のオーディエンスから熱狂的な支持を集めました。彼ら3人はどこの国でも大人気でした。たった一つの国を除いては。
そのたった一つの国、それがアメリカでした。
彼らのトップギアのダイジェスト版や、別の俳優を使って制作されたアメリカ版トップギア (Top Gear U.S.) が、ディスカバリーチャンネル (Discovery Channel) やNBCで放送されましたがいずれも人気を集めるには至りませんでした。

アメリカのテレビ局が嫌がったのは車の批評部分のようです。ネガティブな批評はクライアントである自動車メーカーの機嫌を損ねるのです。誇りと信念とジョークで動く彼らに対して、アメリカは金で動く国です。水と油です。
NBC版に批判的だったクラークソンは、次いで制作されたヒストリーチャンネル (History) 版には好意的だったようですが、このヒストリーチャンネル版も長く続いたわけではありません。
その後BBC Worldwideなどによる番組Top Gear Americaも制作されましたが、これも短命に終わりました。

グランドツアー (The Grand Tour) のフォーマットが自動車情報番組から旅行番組のそれに変更された理由と、それが誰の意向だったものかがうっすらと見えてきます。
こんな状況のアメリカに、BBCを去った彼らはのこのことやってきたのです。アメリカ版トップギアが苦戦していたことを知っていたのにです!
世界的人気プレゼンター(アメリカ以外で)であるクラークソン、ジェームズ・メイ、リチャード・ハモンドの3人が本気を出せば、アメリカも制することができると甘く見ていたのでしょうか。それとも、世界同時配信番組だからアメリカ以外で人気を取れればそれで済むと考えていたのでしょうか。
彼らの移籍先にはアマゾンプライムビデオ (Amazon Prime Video) 以外にNetflixも候補に挙がっていたと聞きますが、クライアント依存度がアマゾンより低いNetflixなら別の結果になったでしょうか。いや、最初に戻りますが、予算規模が小さくなっても英国のテレビ局であるITVやskyと地道に交渉すべきだったのです。

アメリカ=世界?それとも英国の植民地?

さて、この一連の項目を書き始める前、私は以下のような結論を用意していました。
世界3億5000万の臣民(=オーディエンス)を率いたクラークソン王と王の一族は、気が付いたらアメリカの傭兵にされていた。彼らは宝石で飾られた鎧を身に纏った傭兵になってしまったのだーー。
そんなことを思いながら何本かの番組を見直してみたわけですが、どうやら様子が違っていました。
彼らは傭兵になったことなど一度たりともなかったのです。彼らが何かに諍い続けてきたらしき様子は、これまで見てきた通りです。
彼らは最初から最後まで一貫して王と王の一族でした。ただし辺境の王です。しかし誇り高き辺境の王です。
誰から見た辺境か? アメリカです。そしてアメリカと '世界' はイコールです。
アメリカ人に限らず私たちにしてもそうです。例えば彼らは英国はインターネット先進国だ!としばしば主張します。それを聞いた私たちは、え?と思って一瞬ポカンとします。
彼らの念頭にあるものがティム・バーナーズ=リーの名前であることは明白です。大英帝国が世界に誇る大発明の一つです。私たちはバーナーズ=リーの名前は知っていても、彼はなに人なのかと聞かれたら、よくわからないからきっとアメリカ人だろう、と思って思考停止して終わりです。私たちにとっては外国の映画俳優も全員アメリカ人です。
極東の端っこの私たちがそうなのですから、アメリカ人にとって '世界' とはアメリカのことに決まっています。野球の全米一決定戦をWorld Seriesと呼ぶ国です。
ところが、クラークソンら3人は、主にトップギア時代ですがしばしばアメリカやオーストラリアを指して、英国の植民地だ!と言うことがありました。半分はジョークですが、残り半分は英国人らしい頭の高さから来る本気です。
最初から齟齬塗れです。

彼らとアメリカは相性最悪だ!2007年からずっと!

この項目の締めくくりに紹介すべき動画として何がふさわしいか、ずっと考えていました。
2007年放送、トップギアのS9のアメリカスペシャル (Top Gear: US Special) を紹介したいと思います。彼らが初めてアメリカを訪れたスペシャル回です。楽しい回ですが、見ようによってはとても酷い回です!
1000$以内で中古車を購入してマイアミからニューオーリンズまで行くことが課題です。
物価の高いアメリカで安い車を探すことは難しいものです。クラークソンのシボレーカマロRSとハモンドのダッジラムピックアップトラックはエアコンがなく、暑い南部で苦労します。更にカマロからは血痕のついたシャツが見つかります! メイのキャデラックブローアムはエアコンが効いて快適でしたが、2人にエアコンを壊されてしまいました。
そしてアメリカ人にはジョークが通じません。クラークソンが夕食と称してカマロに牛の死骸を載せた場面はアメリカ人に批判され、騒動になりました。アメリカ人はアメリカ人以外の人たちが思っているより、良くも悪くも生真面目な人たちなのだと思います。

互いの車に刺激的なスローガンを書いて南部の住民を怒らせるという課題でも、アメリカ人にジョークは通用しませんでした。
メイは、ハモンドのピックアップトラックにMAN-LOVE RULES OKと書きます。日本語で書くなら同性愛サイコー!みたいな感じでしょうか。これが保守的な南部のアメリカ人を本気で激怒させます。立ち寄ったアラバマのガソリンスタンドで、お前らゲイだろ!と怒鳴られて、撮影スタッフもろとも投石を受けた挙げ句に車で追い回される大騒ぎになってしまいます。
目的地ニューオーリンズには、2005年にアメリカ南部に甚大な被害をもたらしたハリケーンカトリーナの痕跡がまだ色濃く残っていました。そこで彼らは撮影に使用した車をハリケーンの被災者に寄贈することにしましたが、カマロは寄贈時の書類に書かれた年式と異なっている!と相手方の弁護士が寄贈後に申し立ててきたそうです。
何から何まで相性が最悪すぎて笑うしかありません。
こんな相性最悪の国相手に、彼らはむしろ8年間もよくやったと思います。何かもっと言いたいことがあったはずですが、いまはお疲れさまと言うしかありません。
(この項終わり)

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