グランドツアーの批評の批評 #5 タイムズ編<後編>
世界最古の新聞にしてウルトラ超高級紙、タイムズ (The Times) の批評を引き続き見ていきます。
以下のリンクは、2024年9月1日付で彼ら3人がタイムズの日曜版であるサンデータイムズ (The Sunday Times) に寄稿した記事です。グランドツアーが終了するにあたっての彼らのコメントとして、大衆紙やローカル紙に引用されまくっていますから、海外ニュースをチェックしている人なら見覚えのある内容が多いかも知れません。
このうち、今回の内容の核心に当たるものとしてジェームズ・メイの寄稿文から引用します。Google翻訳の訳文を付けます。
薄氷の下は死!気候変動が形作る死の影
さて、リチャード・ハモンドが大事故から復帰して注目されたトップギアのS9は、大人気のうちに終了しました。
その放送終了直後の2007年4月、視聴者数大幅増で予算の増大した彼らは北極に向かいました。タイムズの評でも触れられているポーラー・スペシャル (Top Gear: Polar Special) の撮影です。
療養上がりのハモンドを別働隊の犬橇に乗せて、ジェレミー・クラークソンとジェームズ・メイはピックアップトラックのトヨタハイラックスで北磁極を目指します。
トップギアでよく行われた車 vs 別の交通手段のレース(なぜかグランドツアーでは行われませんでした)の体ですが、この回はレースというより、あくまでも車側が主体です。なぜなら北極に到達した自動車は未だかつてなかったからです。速かろうが遅かろうが世界初の偉業、時間をかければ到達できる犬橇は車が失敗したときのバックアップです。
慣れないスキーでの走行に苦しむハモンドを尻目に、クラークソンとメイは馬鹿な中高生の修学旅行のようにはしゃぎます。菓子を食べジントニックを飲みます(放送後に飲酒運転ではないかと猛批判を浴びました)。なぜかキリストのアクションフィギュアまで持ち込んでいます。
しかし陸地近くの薄氷地帯の横断を強いられ、彼らから能天気さが消えます。
ハイラックスは車両重量3tだと説明されます。薄氷がその重量に耐えられるのかわからないまま彼らは進みます。薄氷の下は凍てつく北極海、すなわち死です。
しかもその忍び寄る死の影は、彼らは認めませんが気候変動が形作る影です。死の影はまたこうやって形を変えて忍び寄ってきます。
薄氷地帯が終わると今度は乱氷帯が立ち塞がります。氷の回廊に迷い込んで1日1mileしか進めません。彼らの他のスペシャル回と異なる点は、スタッフの乗る車も同じハイラックスやトヨタランドクルーザーのため、バックアップが期待できないことです。スタッフも一緒に立ち往生してしまいます。
彼らは無補給での行程でした。ガソリンや食糧が削がれていきます。ガソリンが切れたらそこで撮影は終わりです。決して失敗できない番組初のビッグバジェットを背負っている責任感が、北極の凍てつく寒さが、狭いテントを共有する密度の濃すぎる人間関係が、精神を圧迫していきます。
彼らはタイムズから梯子を外された
北磁極に到達した彼らがそれらからの開放感から、気候変動ザマーミロ!温暖化だとか言ってるが北極は寒いままじゃねーか!とはしゃいでしまうのはしょうがないことかも知れません(なお実際にはザマーミロとは言っていません)。
問題は今回の最終回の評で、彼らがタイムズからはっきりと梯子を外されたことです。
タイムズは明確にカーボンニュートラルの側に立つことを宣言します。ウルトラ超高級紙の社会的使命として当然のことでは、と思って、そこで立ち止まる必要があります。
メディアはその政治的スタンスが左右どちらであれ、カーボンニュートラルの側に立つ必要があるのです。政治思想信条を超えて、世界はすでにその方向に舵を切りました。それが2024年の現代という時代です。
それが彼らの番組が終わらなければならない最大因だったとも言えそうですが、その前にクラークソンとは何者だったのか、をまず知る必要があります。
クラークソンとは何者だったのか?
クラークソンはマーガレット・サッチャーの葬儀の正式招待客の一人であり、デイビッド・キャメロンの友人です。トップギア時代にはボリス・ジョンソンを2度スタジオゲストに呼びました。
強力な保守党支持者であり、同時に自動車業界のロビイストであると見做されています。彼は分厚い馬鹿のペルソナを被っていますが、非常に政治的な立場の人間です。
タイムズの日曜版であるサンデータイムズには1993年から寄稿しています。2023年には寄稿開始から30周年を記念しての 30 Years of Clarkson という特集企画が組まれたほど、彼とタイムズの関係は密接です。
クラークソンの自動車業界への影響力は絶大です。彼が褒めた車は売れ、おいそれと買えない高級車であれば公式サイトの閲覧数が800%に伸び、貶した車は売り上げを落とします。ですから貶されたメーカー、例えばテスラは番組に正式に抗議し、クライスラーは番組に二度と車を貸さないと主張するのです。
彼がそのペルソナ通りの傲慢な馬鹿者であればその絶大な権力に酔っているだけで済むのでしょうが、彼はおそらく世間イメージより遥かに思慮深く繊細な人間だろうと思います。彼は未だアジテーターとしては超一流で世間を大きく動かすことはできますが、自動車業界自体が既に別の方向へステアリングを切ったことをわかっているのです。
おそらく自動車業界はある時点までは反カーボンニュートラルだったのだろうと思います。クラークソンは長らくその代弁者でもありました。しかしある時点で閾値を超え、自動車業界も含めて世界はカーボンニュートラル側に雪崩れ込みました。時代は変わったのです。
冒頭に挙げたサンデータイムズの寄稿文でメイが書いていますが、"終わらなければならないのか?そうしなければならない (Must it end? It must.)" のです。
終わらなければならないのか?そうしなければならない
ともあれ彼らの旅は終わりました。安全に着地したいという彼らの最後の願いは果たされました。旅の最終目的地だったクブ島を後にした彼らがマカディカディ塩湖を3方向に別れて去っていくラストシーンは、彼らが二度と番組に戻ってくることはないのだ、ということが示され、寂しさの募るものです。
彼らが初めてクブ島を訪れた2007年のトップギアのボツワナスペシャル (Top Gear: Botswana Special) を改めて見直すと、彼らの若さ美しさに驚かされます。
このときの彼らは、まだトップギアが世界3億5000万人の視聴者を集める '化け物番組' となることを知りません。人気の絶頂でBBCと袂を分かつことも知りません。そしてAmazon Prime Videoに移籍することも、ていうか2007年にその名称はまだないのです。そして時代が堰を切ってカーボンニュートラルに流れることも。
いつの日か彼らの後継者がクブ島にたどり着くでしょう。おそらく電気自動車で。メイはそれを見て喜ぶでしょうがクラークソンは不機嫌になるでしょう。ハモンドはどうでしょうか。
ともあれ一つの時代が終わりました。
というわけでやたら長々と書きましたが、テレグラフの評よりは見どころはあるもののインデペンデントには遠く及ばない感じもするので、このぐらいの評価です。
タイムズの番組評評価: ★★★☆☆
(この項終わり)
グランドツアーの批評の批評: まとめ
★★★★☆: インデペンデント
★★★☆☆: テレグラフ、タイムズ
★★☆☆☆: ガーディアン
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