見出し画像

グランドツアーが終わります #6 トップギアはお別れの時間です!

もう少しグランドツアー (The Grand Tour)  のS4の第1回の話を続けます。
これはブリティッシュジョークだ!と言ってみたところで、この回が面白かったわけではありません。
車が登場しなかったから? その通りです。
船は外界と隔絶された乗り物です。殻に閉じこもり、外の世界と接触せず、ただそれを風景として眺めるだけです。金持ちがクルーザーや豪華客船を好むのも、外の世界の貧乏人と接触したくないからです。ヨットでの単独の外洋横断が賞賛されるのも、それが常人には想像もつかない孤独に耐えるものだからでしょう。
車はそうもいきません。隣の車が幅寄せしてきてトラックやバスが前を塞ぎます。自転車は側面に特攻し歩行者は道路に飛び出してきます。良くも悪くも外界との接触だらけです。
その車より更に世界に開かれた乗り物がバイクです。自転車ではなく自動二輪のほうの話をします。
何しろ生身を剥き出しにして乗る乗り物です。全身で世界と繋がっています。ですからバイク乗りは他のバイク乗りに気軽に声をかけますし、バイク乗り以外の人に対してもそうです。殊にオフロード乗りは他のオフロード乗り全員を善人だと思い込んでいますから、山奥だろうが何だろうが会えば声をかけます。いまは知りませんが昔はそうでした。
グランドツアーS4の第1回とは対照的に、2008年に放送されたトップギア (Top Gear) のベトナムスペシャル (Top Gear: Vietnam Special) が実に楽しいものだったことを思い出します。船とは対極の乗り物、3台のバイクでベトナムを旅するスペシャル回です。

車は高嶺の花!バイクの国ベトナム

ジェレミー・クラークソンら3人の旅は、3人の中で完結することが大半でした。その中でベトナムスペシャルは良い意味で異質な回になりました。
バイクで旅する回ですが、その導入部も見事です。
ホーチミンシティでクラークソンら3人が、車の購入費用として靴箱いっぱいに詰められた1500万ドンを渡されるところから番組は始まります。意気揚々と車を買いにいく3人に、ベトナムのとんでもないインフレが突きつけられます。ジェームズ・メイが購入しようとしたフィアット500はなんと5億6000万ドンです!
次いで車が高い理由が示されます。ベトナムの自動車市場は始まったばかりで中古車市場もないのです。
しかしバイク市場は活発で国民は皆バイクに乗っており、手頃な価格の中古車も豊富です。こうやってバイクの旅が始まります。
短い時間で2008年当時のベトナムの経済事情、交通事情を説明していて見事です。船になった理由はよくわからないが船でメコン川を下れ、というグランドツアーは、演出力も落ちている気がします。
リチャード・ハモンドはベラルーシ製の125ccのミンスク、メイはスーパーカブ50。バイク嫌いのクラークソンはバイクは嫌だと抵抗しますが、結局'67年型のベスパを購入します。
課題は8日間で北部のハロン湾まで到達することです。

3台のバイクの開かれた旅

リゾート地ニャチャンの砂浜で、ハモンドは地元の聴覚障害者に出会います。退役軍人らしき彼とハモンドは、砂浜に絵を描いたり身振り手振りでなんとか交流しようとします。そして彼が米軍のB-52の爆撃によって聴覚を失ったことをハモンドは知ります。
ハモンドの無邪気な善良さがよく出た、良いシーンです。無邪気な善良さという言葉はしばしば '馬鹿' の言い換えですが、この場面のハモンドは間違っても馬鹿ではありません。他者が開いてくれた心を受け止め、その痛みを理解しようとします。

トップギアでもグランドツアーでも誰かの車にいたずらするのは定番で、中には笑えないいたずらもありました。このベトナムスペシャルではいたずらシーンも楽しいものになっています。
クラークソンとメイの2人はピンクの塗料のスプレー缶を持ってホテルの駐車場に行き、ハモンドのミンスクをピンクに塗り上げようとします。そこにやってきたホテルのスタッフにもいたずらを手伝ってもらいます。更にたまたま通りかかった女性にスプレー缶を渡すと、女性は自分の自転車や駐車されていた他のバイクにまで塗料を吹き付けてしまいます。駐車場のバイクや自転車はピンクに染められ、みんなで笑い合って楽しそうです。
中部のドンハの街ではベトナムの運転免許試験に合格しろという課題がありました。学科試験はなんとベトナム語での質疑応答です。メイとハモンドが答えられない中、クラークソンは颯爽とベトナム語で正答します。なんでベトナム語がわかるんだ?と驚く2人に対してクラークソンは、旅行に行く前に現地語を勉強しないのか?とカッコいいことを言うのです。

遅れる制作ペース、忍び寄るコロナの影

楽しかったトップギアから、楽しくないグランドツアーのS4の第1回に話を戻します。
S4の第1回が配信開始されたのは2019年12月13日でした。S3の最終回の配信開始日は4月12日ですから、なんと8カ月開いています。S4の第2回の配信開始日が2020年12月17日でこちらも1年開いていますが、これはCOVID-19の影響です。
それにしても異常といえる制作ペースの遅さです。彼らはトップギア時代は、1年に2つのシリーズと複数のスペシャルを作っていたのです。S4への更新が決まってから1年かかってやっと1本撮りあげただけというのは異常です。
何らかのトラブルが起きていたのは確かなようです。例えばトップギア〜グランドツアーを通して長年脚本を担当していたリチャード・ポーターが降板しています。

そもそも多くの人を不快感に陥れながら持って回ったようなジョークをやらなくとも、普通に楽しい回にすればいいのです。トップギアのベトナムスペシャルがそうだったように。
それでも彼らが何らかの力に抗っていたことは伝わってきます。番組のラストシーンはこのようなものでした。
メコンデルタから南シナ海に出てしまった彼らは、荒れ狂う外洋の嵐の中を進みます。クラークソンとハモンドのボートはなんとかヴンタウの港に到着しますが、メイのボートは見えません。やがてずぶ濡れになりながらメイの木製艦艇が到着します。
ここはトップギアのベトナムスペシャルのオマージュでしょう。ベトナムスペシャルでは目的地がハロン湾に浮かぶ水上バーだと聞かされ、3人は急遽バイクを水上オートバイに改造しました。クラークソンとハモンドはなんとか水上バーに到着しますがメイの水上オートバイは転覆し、ずぶ濡れになりながら泳いで到着したのです。

さて、ヴンタウに到着したメイは不機嫌です。クラークソンがなだめます。我々は生き延びたんだ、と言ってカメラ目線になります。
ひどく残念ですがトップギアは…と言ってためを作ります。番組名を間違えたのはわざとですから訂正はしません。先ほどまで不機嫌だったメイもハモンドも笑っています。
お別れの時間です。私たちは戻ってきますよ。すぐに会いましょう!
そうやってS4の第1回は終わりました。
すぐには戻ってこれませんでした。COVID-19が世界を覆い尽くしました。
(この項つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?