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グランドツアーが終わります #5 アメリカの犬か、ブリティッシュジョークか?

アマゾンプライムビデオ (Amazon Prime Video) と新たな契約が更新されたグランドツアー (The Grand Tour) でしたが、新契約シーズンであるS4の第1回は、'まともな知能と感性を持つ' 多くの人が頭を抱えたくなるような内容でした。はっきり言います。私も初見時には頭を抱えました。
番組はカンボジアのシェムリアップの街から始まります。シェムリアップといえばアンコールワットのお膝元ですが、グランドツアーはとても文化的な番組ですからアンコールワットのアの字も出ません。
メコン川をボートで下り、メコンデルタの東端から更に湾を挟んで対岸に位置する街・ヴンタウを目指すというのがこの回の課題です。

10万£を投じてベトナム人への嫌がらせ?

最初に見せられるのはシェムリアップ郊外の干上がった河川です。温暖化のせいではなく中国のダム建設のせいだ、中国が水を奪っている!とジェレミー・クラークソンが吠えます。激しく中国を口撃する様に番組開始早々不安を覚えますが、中国のダム建設が様々な問題を引き起こしていることは事実なので、気にしないようにします(メコン川支流であるこのあたりの河川の源流は中国ではないはずです)。
しかし不安は増大します。クラークソンが用意したのは、ベトナム戦争で使用された米国海軍の小型巡視艇であるPBR Mk2。しかもそのへんに転がっていた古い船体を持ってきたのではありません。現存しない艇なので、わざわざ10万£を払ってレプリカを組み立てたというのです。ベトナム人への嫌がらせのために日本円にして約1900万円です! 
リチャード・ハモンドの今回の役どころは 'クラークソンに追随するだけの馬鹿' ですが、そのキャラ設定も忘れて、ベトナムに行くのに不味いんじゃね?とハモンドも真顔で呆れます。

ここで思い出すのは、トップギア (Top Gear) のS12のあとに放送されたスペシャル回、ベトナムスペシャル (Top Gear: Vietnam Special) です。
トップギアのスペシャル回では毎回、車が走行不能になった場合に備えて彼らが嫌っている車をバックアップカーとして用意していました。このときは星条旗模様に塗装され何本もの星条旗を立てられたミニバイク(ホンダシャリィらしいです)がバックアップカーで、いくらなんでもこれでベトナムは走れない、と全員が顔をしかめていたのです。そこからずいぶん遠くに来てしまいました。
さて、他の2人のボートを見ていきます。ハモンドはマイアミ・バイスで使用されたことで知られるパワーボートのスカラベサンダー。ジェームズ・メイが用意したのは1939年製の小型の木製艦艇です。2人に骨董品扱いされますが、メイはバトル・オブ・ブリテンの時代の艦艇だと強調します。バトル・オブ・ブリテンはイギリスにとって防衛戦です。

ロマンスという名の与太話、またはプロパガンダ

定置網や水草に行く手を阻まれながら3人のボートは進みます。いや、進んでいるのはクラークソンとハモンドのボートだけです。4気筒99馬力だというメイの木製艦艇は進めないというより、進む気もありません。そもそも彼らと一緒にいたくないのだ、と艇を停めて釣りを始めてしまいます。これから繰り広げられるクラークソンの与太話の内容を事前に知らされているのでしょう。自身はリベラルだと主張するメイにとって、横で黙って聴くことすら不愉快なのかも知れません。
クラークソンとハモンドはベトナムのチャウドックの町に入ります。1968年のテト攻勢のときにPBRはこの町で孤立した米国人を助けるために奮闘したのだ、とクラークソンが語り始めます。
孤立した米国人の中に24歳の看護師マギー・フランコットがいました。彼女の車は銃撃されて壊れ、逃げることもできません。しかしPBRが送り込んだ勇敢な兵士が、負傷した彼女を救出したのです。更にPBRのオブライエン中尉は1年後に彼女と結婚したそうです。素敵なロマンスですね!
そんなことを素直に思うのは中学生ぐらいまででしょうか。今日日クリント・イーストウッドでもそんな映画は撮らないであろう、わかりやすいプロパガンダです。
トップギアのベトナムスペシャルでクラークソンがテト攻勢について語ったのは、フエの城壁の前でした。フエはテト攻勢で最も激しい戦闘の起きた都市です。クラークソンはメイと共に砲弾で傷ついた城壁を見上げ、庶民の苦しみに心を馳せていたはずでした。長い時間が流れました。

全てはブリティッシュジョークだ?!

クラークソンの与太話は終わりません。ボートはRung Sat Special Zoneにさしかかります。ホーチミンシティ郊外のメコンデルタのマングローブ林で、ベトナム解放民族戦線 (NLF) と米軍が激しく衝突した地域です。暗殺者の森 (Forest of Assassins) と呼ばれたのはベトナム語 Rừng Sác の誤訳で本来は塩の森という意味らしいのですが、クラークソンは無神経に 'Forest of Assassins' と呼びます。

PBRが故郷に帰ってきた!とクラークソンは大はしゃぎです。いかに米軍のPBRが勇敢に戦ってViet Cong(日本語のベトコンは死語になりましたが、英語では普通に使用されているようです)を殺しまくったかを語ります。岸辺を猛スピードで走ればViet Congに撃たれない!と、岸近くに現地の住民がいてもお構いなしにPBRをぶっ飛ばします。もう目も当てられません。
インデペンデント紙 (The Independent) の番組評では☆1/5の最低評価を食らいました。当たり前です。

いくらアマゾンの機嫌を取らなければならないとしても、明らかにやり過ぎです。そもそもアマゾン側にしてもベトナム戦争を語るのにそこまで米軍を持ち上げなくても…と戸惑うでしょう。
個人的にはこの回は最低評価の箱に放り込んで、二度と見ないつもりでした。この項を書くために二度目の視聴をしました。
そこで初めて彼らの仕掛けに気づきました。
彼らが一筋縄でいく人物ではないことはわかっていたはずです。ダークグリーンのTシャツで黒でプリントしているから、わかりにくいのです。
クラークソンはチェ・ゲバラの肖像がプリントされたTシャツを身に纏っていたのです。勇敢な米軍兵士が若い女性を救ったロマンスを語りながら、米軍がいかに見事に戦いViet Congをぶっ殺したかを語りながら、着ていたのはチェ・ゲバラTシャツです。
チェ・ゲバラは現在でも左派の、そして'60年代には学生運動や反ベトナム戦争のアイコンでもありました。
Tシャツに気づかなくても、浅瀬をぶっ飛ばしていたPBRが座礁して、スタッフの船では曳航できずにいたときに地元のベトナム人が軽々と船をとり回してくれ、流石フランスにもアメリカにも中国にも勝った国だ!とクラークソンが大喜びしていたシーンは覚えていたはずなのです。
全てはジョークです。最初にPBRにベトナム国旗を立てていた時点で気づくべきです。指でL字型を作り額に当てて舌を出し、"Loser!" とおちょくるクラークソンの声が聞こえてきます。
(この項つづく)

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