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グランドツアーが終わります #4 その日葬られたものは何だったのか?

グランドツアー (The Grand Tour) のS3の最終回の話を続けます。
フォード車の紹介で、続いて登場するのはフォードシエラRSコスワースです。1987〜90年にかけて世界のツーリングカーレースを席巻したコスワースは、ヨーロッパフォードの製造です。
ツーリングカーレースで圧倒的な成績を収めながら、コスワースは盗難対策に弱点がありました。しかも速い車なので盗まれたらもう誰も追いつけません! そのため売り上げを落とし、市場から消えていくことになります。
最後に登場するのがフォードモンデオです。ジェレミー・クラークソン、ジェームズ・メイ、リチャード・ハモンドの3人全員が気に入った唯一の車です。モンデオはコルティナやコスワースと異なり、アメリカのフォードの製造です。
欧州を中心に高い人気を博したモンデオでしたが、20世紀末から大衆車やファミリーカーは居住性が重視される時代になっていきます。広い車内空間を取れる車高の高い車(MPV)が人気を集め、モンデオのような走行性重視の車は販売面では不利になっていったのです。
追い打ちをかけたのが、主要な市場だった英国で自動車関連の税制が変更されたことです。2002年に低排出ガスの車両の購入を奨励する所得税制度が、2005年にはCO2排出量による車両物品税制度が導入されました。

イギリスの自動車市場の多くのパーセンテージは社用車が占めていました。税制の変更を受けて、多数の会社は社用車を購入ではなくリースに切り替えていきます。社用車市場で強さを見せていたモンデオは、売り上げを大きく落とします。
1994年に英国内で12万7000台を販売したモンデオは、2017年には1万2000台しか売れませんでした。モンデオは既にアメリカではフォードのショールームから撤去されたとのことで、生産中止の足音が聞こえてきます。
そこで3人は、フォードの葬儀をしよう!と思いつきます。これがこの回のサブタイトル Funeral for a Ford(フォードの葬式)です。
場所はリンカーン大聖堂。1000年の歴史を誇る英国国教会の大聖堂です。狙ってやったのか偶然なのか、リンカーンもまたフォード車の名前です。

親愛なるフォード、人の父

リンカーン大聖堂での 'フォードの葬式' には、多くの人がフォード車に乗って、あるいは思い出のフォードの写真を持って集まりました。その多くは家族の写真です。自慢げな父親と楽しそうな子供たち。若い日にフォードのボンネットに乗って脚を組んでにこやかにポーズを取った女性は、いままたフォードのボンネットで同じポーズを取って見せます。
そして最後は賛美歌 Dear Ford and Father of Mankind(賛美歌 Dear Lord and Father of Mankind の替え歌)を参列者全員で歌い、荘厳な雰囲気の中 '葬式' は終わります。

ここで映像はスタジオに戻ります。そして、終わるのはモンデオだけではない、私たちもだとクラークソンが言い、スタジオの観客はどよめきます。
グランドツアーだけではなく、トップギア (Top Gear) も含めた彼らの17年間の映像のダイジェストが流れます。17年間やってきたがこれで終わりだ、とクラークソンは涙にくれます。誰もがこれが番組の最終回だと思うでしょう。番組の葬式だと言うならば、これらの演出も納得です。
ところが、番組は終わりません!とクラークソンは最後に突然言い出します。別れを告げるのはこのテントだ(移動式スタジオとして巨大テントを設置していました)、観客をスタジオに入れる形式が最後なのです、誰かこのテントを買いませんか! 番組の継続発表に観客が大喜びする中、S3は終わります。
もうわけがわかりません。番組が継続するならクラークソンはなぜ泣く必要があるのでしょうか。観客を入れることにそこまで拘りがあったとも思えません。トップギアのスペシャルなど、観客を入れない放送は過去にも何度もあったわけです。まして彼は涙もろいタイプでもありません。番組内で泣いたのはこれが初めてのはずです。

番組が終わるのではない、では何が終わったのか?

時系列を整理してみます。リンカーン大聖堂で行われた 'フォードの葬式' は2018年10月に撮影されました。彼らとアマゾンプライムビデオ (Amazon Prime Video) との最初の契約は3シーズン36エピソードで、この時点でまだS4以降の番組の継続は決まっていません。
彼らは番組が終わるものとしてそれを撮影したと考えるのが自然でしょう。世界でのセールスのことなんか知るか!と言わんばかりのトップギア張りの演出も、番組が終わると考えての開き直りなら納得です。

2018年12月13日、アマゾンはグランドツアーのS4への更新を発表します。
グランドツアーはアマゾンプライムビデオの中では視聴者数上位にランクされる人気番組ですが、膨大な予算がネックだと言われていました。彼らが次のシーズンがあるのかどうかわからない状態でS3を撮影しなければならなかったのは、アマゾン側が視聴者数と予算を天秤にかけ続けていたためでしょう。
S3の第1回が配信開始されたのが2019年1月18日、S3の最終回 'フォードの葬式' が配信開始されたのが4月12日です。S3最終回のスタジオ収録が2018年のうちとも思えませんから、スタジオの観客も番組がS4以降も継続することは既に知っていたはずです。
それでも何かが終わったはずです。何が終わったのでしょうか。

番組の寿命を縮めた骨格変更

S3までの番組の骨格はトップギアを踏襲したものでした。車のレビューがあり、車のニュースとそれを巡って3人で好き放題言い合うコーナーがあり、プロのレーシングドライバーが車のラップタイムを計測する。その上で車を使った企画をやる。あくまでも自動車情報番組の骨格です。
S4からは番組コーナー部分がすべて削られ、スペシャル番組のみになります。しかも続くS4の第1回には自動車すら出てきません。完全に旅行番組の骨格です。
この変更はおそらくアマゾン側の意向でしょう。
トップギア〜グランドツアーのS3までは、誰の目にもクラークソンとエグゼクティブプロデューサーのアンディ・ウィルマンの2人がショーランナーを務める番組でした。番組内のすべての権限はこの2人にあったはずです。
しかしその権限はS4からはおそらく小さくなりました。番組が自分たちの手から離れてしまった、しかし自分たちの手から離れてしまったにも関わらず番組を継続させなければならない。これなら悔しさから、あるいはオーディエンスへの申し訳なさからなら、泣く理由としては納得できますが、どうでしょうか。
結果的にはこの番組の骨格変更が、彼らのグランドツアーの寿命を縮めることになります。
(この項つづく)

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