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Ep.3『真野一郎と弁当』

Webドラマ原案応募

<登場人物>
真野一郎まの いちろう(22) 画家 

春日美衣かすが みい(20) ゲストハウスのオーナー
春日 修かすが おさむ(80) 美衣の祖父
平田健児ひらた けんじ(23) ゲストハウスの長期宿泊客
(Ep.2の主人公)
猫       ゲストハウスの猫(名前はサスケ)

🍀

 僕は朝の散歩をかかさない。
 ここ、ゲストハウス「コトホギ」に泊まりはじめてからも変わらない。
 僕が階段を降りていくと、キッチンからいい香りがしてきた。
 顔をだすと修さんがキッチンに立っている。
「おはようございます」
「おはよう。ちょうどできたぞ」
 修さんは、ゲストハウスのオーナー美衣さんのおじいさんで、料理は基本、修さんが作ってくれる。そして毎朝、僕のために朝食をつめこんだお弁当を用意してくれているのだった。
 差し出されたお弁当とスケッチ道具を入れたバッグを手に、僕は今日も散歩に出かけた。

 明るい朝陽が射し込む森の中を歩くと、心が浄化される気がする。
 ここがパワースポットだと噂されるのはそのせいなのかもしれない。でも、それだけじゃない。オーナーの美衣さんの料理を食べると、何かいいことがおきる、らしい。
 僕はまだ作ってもらったことはないけれど。
 小さな湖のほとりに腰をかけると、スケッチを始めた。
 ここは静かでいい。
 誰にも邪魔されず、誰の視線を気にすることもなく、僕の好きなように絵が描ける。

「真野くん。何で色塗らないの?」
 美大に通っている間、なんども訊かれた問い。
 僕のスケッチブックもキャンバスもすべてが白と黒のみだ。
 卒業後、友人とともに展示会を開いたが、客や画商たちは色彩豊かな友人たちの絵を気に入ることが多かった。
 何度か足を運んでくれていた画商のひとりと話をしていた時、またその問いを投げられた。続いて出てくる言葉も分かっている。
「今は色彩豊かじゃないと、お客さん買ってくれないんだよね~」
 画家も好きなものだけ描けるわけじゃない。客が気に入らないものは買ってもらえないし、画商も商売だから客がつかない絵には手を出さない。

 色彩――。それを超える才能があればいいのに。

 グラファイト鉛筆を置くと、僕は草の上に寝そべった。
 森の木々は生い茂り、そのあいだを鳥たちが行きかっている。
 僕の目は、細かい色の違いをとらえられない。色覚異常とよばれるものだ。
 念願だった美大に通っている途中で、発症した。僕の場合、濃淡は分かるため、白と黒だけで絵を描くようになった。
 目をつむって想像する。僕の目がとらえる以上に色鮮やかだろう景色を。
 僕はもそもそと起き上がり、お弁当を広げた。
 修さんの弁当はいつも色んなものが入っている。
 今日は椎茸の肉詰め、ごぼうと人参のきんぴら、卵焼きや梅干し、ミニトマトも。
 そして、五つ並んだ小さい俵型のおにぎりは、白胡麻でコーティングされている。咀嚼するとぷちぷちと胡麻がはじける音と芳ばしい風味が口に広がった。うまい。
 しっかりと味わう。修さんの朝食はいつも感覚を刺激してくれる。
 味、匂い、食感に、その音。
 弁当を堪能すると、気持ちもいくらか前向きになり、僕はまたグラファイト鉛筆を手に、黙々と鳥の絵を描き始めた。

 ゲストハウスに戻ると、リビングでは平田さん(この人も宿泊客だ)が猫のサスケと遊んでいた。
 僕に気づいた美衣さんが冷たいお茶を出してくれる。
「今日はどんな絵を描いたんですか?」
 あまり他人に見せない僕だが、美衣さんには見てほしい気持ちになる。
 今日の成果を披露していると
「わあ。その青い鳥きれいですね」
 美衣さんが僕の白黒の絵を見て言った。
「え?」
「え? あ、あれ? 白黒ですよね」
 美衣さんが改めて僕の絵をみた。
「でも、青い鳥に見えたんですよね~」
 色のない白と黒だけの僕の絵が? 僕はまじまじと自分の絵をみてみた。
 少しして美衣さんが口を開く。
「目に見えないものが伝わってきたんですかね。なんだかパワーがあります。この絵」
 僕は身ぶるいした。この絵を描いている時、僕は鳥の羽ばたきや鳴き声を聞き、それを観た人にも感じて欲しいと思っていた。このとき飛んでいたのは確かに青い鳥だった。
 キャンバスに載っている色なんて関係ない。
 鳥の羽ばたきを感じ、声が聞こえ、色が感じられる絵。
 そんな絵を描く。僕はお腹のあたりが熱くなるのを感じた。
「美衣さん。僕、チェックアウトします」
 美衣さんは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに察したように温かい目で微笑み
「そうですか」
 といった。
「あれ? 真野くん、まだ美衣ちゃんの朝ごはん食べてないんじゃないの?」
 平田さんが訊いてきた。
「うん。今回はいいや。また次回の楽しみにとっておくよ」
 まだこの先、なんども壁は待っているだろう。

 荷物をまとめ、泊まっていた部屋をふりかえる。居心地のよかった部屋に少し後ろ髪をひかれるが、玄関へと向かう。
 美衣さんが玄関まで見送りに来てくれた。
「お世話になりました。あの。修さんは」
「すみません。裏山に行っちゃいました。『弁当作ってやるからいつでも来い』って」
 顔を見たかった僕は少し残念だったが、修さんらしいな、と思った。
 代わりにあの鳥の絵を美衣さんに託した。
「これ、修さんに」
「お預かります」
 笑顔で別れを告げると、僕は光が降りそそぐ外へ歩き始めた。


🍀

(1988文字)


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