見出し画像

Ep.2『平田健児とセロリ』

Webドラマ原案応募

<登場人物>
平田健児ひらた けんじ(23) 元プロサッカー選手

春日美衣かすが みい(20)  ゲストハウスのオーナー
春日 修かすが おさむ(80)  美衣の祖父
猫        ゲストハウスの猫(名前はサスケ) 
テレビキャスター

🍀

「ねぇ、美衣ちゃん。俺と結婚してよ」
「またまた~」
「本気だって」
「はいはい」
 また軽くいなされてしまった。本気なのに。半分は。
 俺がここ、地方のゲストハウス「コトホギ」に泊まりはじめて、ひと月が過ぎようとしている。
 でも俺は、まだ帰る気にはなれていない。
「おい。平田、手伝え」
 俺がリビングでオーナーの美衣ちゃんに話しかけていると、修さんが入ってきた。
 修さんは、美衣ちゃんの祖父だ。
 いちおう宿泊客の俺だが、長く滞在し、美衣ちゃんにちょっかいをだすから呼び捨てだ。
 まあ、俺もその方がいいけど。
「は~い。今日はなにするんですか? なんでもやりますよ」
 ゲストハウスの裏には畑があり、修さんは毎日手入れをしている。手伝う代わりに少し宿泊料も安くしてもらっている。

 俺が日課の水やりを終えると
「ナスが頃合いだな」
 修さんが収穫したナスを投げてよこした。
 受け取ったナスは、瑞々しくはちきれんばかりにでっぷりとしている。
「まかせてください」
 炎天下、ふたりで作業を開始した。
 九月だというのに真夏のようだ。こんな天気だと、嫌なことを思い出す。

「平田~! パスパス!」
 サッカーフィールドを駆けまわり、味方へ的確にパスを送る。
 俺は敵を追い越し走り抜け、ゴール前で味方のパスを受けとろうとした。
 その瞬間、敵方からひとり突っ込んでくるヤツがいたが、俺はそれを軽くかわす、はずだった。
 右膝に激痛が走った。一瞬遅れをとった俺は敵をよけられずまともに体当たりをくらい、そのまま二人でもつれこんだ。
 空は怖いくらい眩しく青く輝いていた。

 俺は右膝の半月板を損傷し、フィールドに戻れなくなった――。
 
 突然、頭に冷たいものが乗っかってきた。
「おい、休憩しないと倒れるぞ」
 修さんは俺の頭に濡れたタオルを乱暴に被せ、あごで縁側をさした。
 美衣ちゃんが麦茶と漬け物を持ってきてくれている。
 隣に座ると
「大丈夫?」
 何か察したのか、心配顔で美衣ちゃんが訊ねてきた。
「ん? 何が? 大丈夫大丈夫」
 俺はヘラヘラ笑って、差し出された麦茶を受けとり
「ありがと」
 とだけ呟く。
 黙って畑を眺める俺の横で、美衣ちゃんはそれ以上何も訊かずにいてくれた。

 夜、風呂から上がりリビングへ行くと、美衣ちゃんがいた。
「も~! 平田さん。上、着てください」
 暑くてつい、上半身裸で出てきてしまう俺に、美衣ちゃんが服を渡してくれた。最近は修さんのと一緒に洗濯までしてもらっている。
「なんか、新婚みたいじゃない? 俺たち」
「はいはい」
 またも軽く受け流されてしまった。
 俺は猫のサスケと遊びながら、美衣ちゃんをそっと見た。
 やっぱり可愛い。
 そう思った瞬間、サスケに猫パンチされた。
 猫じゃらしをサスケの前に置く。じっとお互い見つめ合う。サスケもじっと獲物を狙うように体勢をかまえる。一瞬はやく俺が猫じゃらしを放り投げ、サスケがそれを追っていった。
「ふ。しょせん猫よのう」
 そうつぶやき背を向けた瞬間、サスケに背中を蹴られた。
 時として、猫のジャンプ台になると人は倒れる。俺は今回、それを知った。
「あれ? 平田さん、そんなところで寝ないでくださいね」
 床に転げた俺を見ながら、美衣ちゃんはサスケを抱いて言った。

「くそ~! サスケめ。俺が美衣ちゃんに見惚れるといつも邪魔してくる」
 悪態をつきながらベッドに横になった。
 ここにいると煩わしいことを忘れられる。
「いつまでもこうしていられたらなぁ」
 俺は布団を被りみのむしのように丸まって眠った。

 今日の朝食は、豚汁とおにぎりだ。
 修さんを手伝ってキッチンからリビングへ運ぶ。
「現在も失踪中の平田選手、どこにいるんでしょうね~」
 テレビから誰かの声が聞こえてきた。
 関係のないヤツらが箱の中で好き勝手にしたり顔、、、、で推測を語っている。
 テレビの画面が消え、修さんがリモコンを置いた。
「おい、これも運べ」
 大根と人参のピクルスだ。
 和食にピクルス? 不思議に思いながらもテーブルに置く。
 修さんは鍋に残っている豚汁に、セロリを入れた。
「え? 豚汁にセロリですか?」
「ああ。お前はこれを食え」
「……(まじか)」
 修さんはそれを器に盛ると俺に渡した。
 この人に逆らえるはずもなく、テーブルにつく。
「これも入れろ」
 と、ピクルスを差し出された。
 俺は、セロリの入った豚汁に大根と人参のピクルスをいれ、こわごわ飲んだ。
 それらは不思議とマッチしていた。セロリと味噌の相性がよく、意外とうまい。さらに、ピクルスの甘酸っぱさと唐辛子のピリッとした刺激も豚汁にアクセントを加え、さっぱりとした新鮮なうまさを醸し出していた。
「意外とイケるだろ」
 修さんがニッと笑った。
「はい。うまいっす」
「単品でもうまいが、意外なものが入るとうまみが増して深みがでる。新しい発見もある。人生もそうだろ? 順風満帆なやつより色んな経験をしたやつの方が最後は強い」
「……はい」
 涙が出そうになるのをこらえながら、不思議な取り合わせの豚汁を俺は飲み続けた。
「セロリの収穫時期は本当はもう少し先だ。その頃また食わせてやる」
「へへ。修さん、惚れちゃいますよ」
「あほ」

🍀

(本文2038文字)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?