Ep.8『安藤智と無花果のタルト』
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朝食が輝いてみえる。
俺の好きなナスの味噌炒め。さらに味噌炒めごはんもある。
「これ」
味噌ご飯を見つめ、思わずごくりと喉を鳴らした。
「残った味噌で炒めてみました」
ゲストハウスのオーナー美衣さんがご飯を配りながら教えてくれた。
知っている。俺のばあちゃんがよく作ってくれた。
ここに来てから、ばあちゃんのことをよく思い出す。
俺が写真家になるといって家族の反対にあった時も、ばあちゃんだけは味方でいてくれた。
ばあちゃんが応援してくれた俺の夢。
俺はその夢を追いかけ東京へ上京したものの、写真だけじゃ食っていけなかった。記事も書くようになり、知人のつてでゴシップ系の会社に拾ってもらった。
ここに来たのもその仕事のためだ。
さかのぼること数週間前。
「おい、安藤。お前、このネタで記事書け」
「なんですか」
デスクに言われ、俺は覆面調査を行うことになった。
なんでも、パワースポットと呼ばれているゲストハウスがあり、オーナーは巫女だという。それを絡めて面白おかしく記事にしろということだ。
実際来てみたものの、美衣さんはいたって普通の人間で、不思議なところは見受けられない。強いていうならば、料理がうまい。たまにしか作らないが。
普段は美衣さんの祖父・修さんが作っている。そういえば、今朝は珍しく美衣さんが作っていた。
宿泊客たちはみんな来た時とはうって変わり、生き返ったように帰っていく。
正直、俺もここは居心地がよく、記事にするのをためらっている。記事にしてしまえば、興味本位の人が増えてしまうだろう。考えると頭の痛い話だ。
リビングでため息をついていると
「元気ないですね?」
と美衣さんが心配顔で声をかけてくれた。
「ちょっと仕事のことを考えてまして」
ここを記事にしに来たとは言えない。
気まずくなってテラスに出ると、庭から修さんに声をかけられた。
「安藤。お前、写真撮ってくれないか?」
「え? 俺ですか? なんで」
「なんでって。写真家じゃないのか。よくカメラ持ってうちのこと撮ってるだろ」
気づかれていたのか。焦りで鼓動が早くなった。
「撮るのは構わんが、使う時は教えろよ。お前のこと宣伝してやるから」
「……はい」
俺は目をそらしてしまう。あまりにも後ろ暗い。
修さんに連れられ、俺は須佐さんというおばあさんの家に来た。
施設に入るため、この家は取り壊すことにしたのだそうだ。それで最後に記念写真を撮りたいらしい。
広い庭に平屋建ての古い民家。そこに暮らしてきた人たちの体温まで感じられそうな温かな雰囲気が感じられる。
おばあさんが庭の手入れをするところや、縁側に座っているところ、台所に立つ姿も撮影した。
終わる頃にはなんだか俺もこの家に愛着をが湧き、少し寂しい気持ちになった。
「ありがとうね。これ良かったら」
帰り際、おばあさんは庭に生っていた無花果をくれた。
「なんか、寂しいですね」
帰りの車のなかで、俺は呟いた。
「そうだな」
窓からは黄金に輝く稲穂が横に流れていく。
「それ、花が咲くの知ってるか?」
俺の手のなかにある無花果を見た。
「え? 無花果って花が無いって書きますよね?」
「見えないだけで、内側に咲くんだよ」
「内側?」
「そう。小さい花をたくさん」
「へえ。知らなかったです」
「人間も同じだよな。外から見ただけじゃ、その人の苦しみも哀しみも分からない」
「……」
「それに、可能性も」
「可能性?」
「ああ。自分の中にある可能性に気づかないやつもたくさんいる」
「可能性……」
「写真。好きか?」
「好き、でした。けど今は……」
今は、食うために書いた記事に載せる写真を撮るのがほとんどだ。
俺は何をしてるんだろう。
本当は、自然や、人の何気ない日常をフィルムに収めたかったのに。
外の景色がひどく眩しく映った。
俺は明日ここを立つことにした。
これ以上ここにいたら、本当に記事を書けなくなってしまう。
人間、金がなきゃ生活できない。
何度も言い聞かせながら眠りについた。
「今朝は、スペシャルデザートがあります」
美衣さんが心なしか胸をはって宣言した。
「ハッピーバースデー!」
宿泊のみんなから一斉にクラッカーのシャワーを浴びせられる。
「え?」
「安藤さん。お誕生日でしょう? 本当はランチにやろうと思ってたんですけど、今日出発されるので今」
テーブルの上に無花果のタルトが用意された。
赤く熟した無花果が綺麗にらせん状にのっている。
修さんを見ると、にっと笑った。
「さ、吹いてください。ちゃんと願い事もしてくださいね」
美衣さんが促す。
願い事。
俺は少し考え、一本だけ立っているろうそくの火を吹き消した。
玄関で美衣さんに礼を言い
「昨日の朝食、ばあちゃんのと同じ味でした。味噌炒めご飯。やっぱり美衣さんには、不思議な力があるんですかね」
ぽろっと余計なことも言ってしまった。美衣さんは気にする風もなく
「私はただ、食べてくれる人のことを想って作ってるだけですよ。誰も特別な力なんて必要ありません」
美衣さんはいつもと変わらない笑顔をみせてくれた。
畑にいる修さんにも声をかける。
「写真集! いつか出したら必ず送ります」
「おう」
修さんが拳をあげて答えてくれた。
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(本文2067文字)
Ep.8の冒頭、ナスの味噌炒めのエピソード(おばあちゃんに作ってもらった味噌ご飯)は笠原なつみさんの実体験を拝借いたしました。
快く承諾してくださった笠原さんには改めて感謝申し上げます。
本当にありがとうございます♡
その記事はこちら↓
美味しそうで思わずじゅるり( ̄▽ ̄)
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