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Ep.7『根本史郎とパンケーキ』

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<登場人物>
根本史郎ねもと しろう(23) 元サラリーマン。現在無職。 

春日美衣かすが みい(20) ゲストハウスのオーナー
真野一郎まの いちろう(22) 画家。根本史郎の従弟いとこ。(Ep.3の主人公)
高梨 薫たかなし かおる(23)ゲストハウスの長期宿泊客。(Ep.6の主人公)

🍀

 今、俺は無職だ。
 必死で勝ち取った正社員の切符を片手に入社早々、病気で入院した。半年後復帰したが、同期との差はすでに広がっていることを痛感し無理をした結果、身体を壊した。
 システムエンジニアはもともと仕事がハードだ。徹夜なんてざらだし、ストレスも半端ない。
 そんな俺を支えてくれた彼女がいたのだが。
 無職の俺には興味がなくなったのだろうか。
 気分転換に、従弟いとこからパワースポットだと聞いたゲストハウスに来てみることにした。

「史郎にい、ここだよ」
 従弟の真野一郎が嬉々として指さす。その先には瀟洒な大正時代のような民家。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「いや、まあ会いたい人がいるからさ」
 女か? そういえばここのオーナーは女性だと言っていた。
 俺たちが中に入ると、女性が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。真野さん、お久しぶりです」
 画家である一郎は以前ここに泊まり、自分の絵の活路を見つけたらしい。
「修さんは?」
「奥にいますよ」
 一郎は俺を置いて奥に行ってしまった。その人に会いたかったのか。
「根本さま。ようこそコトホギハウスへ。オーナーの春日美衣です。自分の家だと思ってゆっくりしていって下さいね」
 美衣さんは柔らかに微笑んだ。

 昼食は庭でバーベキューをすることになった。
 一郎は、宿泊客の大半と顔見知りらしく和気あいあいと話している。俺は遠目でその様子を見ながら肉や野菜をつまむ。
「お兄さん、失恋したんだって?」
 と、女性(体は男のようだが)が話しかけてきた。
 俺が一郎を睨むと目をそらしやがった。
「まあ。誰にでもありますよ。そういうこと」
「いい。我慢しなくていい。この薫姐さんにぶちまけちゃいなさい」
 酒を渡される。
 昼間から酒。少し躊躇したが、無職であることも、彼女に振られたことも忘れたかった俺は、それを煽った。
「おっ、いい飲みっぷりだねお兄さん」
「あんな女、こっちから願い下げだ!」
「そうだ、そうだ~」
 悪態をつく俺を薫さんがはやし立てた。

 元カノのまどかと楽しいデートをしている。これは夢だ。
 俺はこんなに円のことが好きなのに。
「なんでだよ~。円~」
 円に手を伸ばすと柔らかい温もりを感じ、抱きしめキスする。
「ん? お前、なんでこんなに毛深いんだ」
 目を覚ますと、俺は猫を吸っていた。
「うわっ」
 猫は迷惑そうにちらりと見ると美衣さんの足元にすりよった。
「あ、目が覚めました?」
 気がつくと、俺はリビングで寝転がっていた。
「すみません。来た早々こんな」
 結局俺たちは夕方まで飲んで眠ってしまったらしい。
 みんなはもう自室に戻ったようだ。
 時計は夜の九時を指している。
「よかったらどうぞ」
 俺は出された柿をシャリシャリ食べながら、美衣さんにぽつぽつりとため息交じりに愚痴をこぼす。
「なんでなんですかね。大手企業の彼、ていう肩書が欲しかっただけなんですかね」
「ん~。どうなんでしょうね。彼女が何を望んでいたのかは、一緒にいた根本さんが一番わかると思いますよ」
 それがわからないんだよな~。と頭を抱える。
「彼女さんとは長かったんですか?」
「五年、ですかね。もう半同棲状態だったし」
 改めて考えると確かに長い。
「彼女さんの好きなもの知ってます? 色でもアクセサリーでも映画でもなんでもいいです。最近のですよ? 別れる前の」
 思い浮かぶのは、付き合いたての円の様子ばかりだった。
「あれ?」
「ご飯、一緒に食べたり。他愛ない話をしたりしてました?」
 朝食や夕食も円が作ってくれていたが、俺は忙しくて一緒に食べるどころか、作ってくれた料理を食べることすらしていなかった。当然会話もだ。
 無職になってからも焦りからイライラして、正直、八つ当たりに近い態度だった。
「女性って、何でもない日常を一緒に楽しんでくれると嬉しいんですよね。ずっと一緒にいるっていう意味じゃなく。一緒にいる時間を楽しいと思ってくれてるって感じられる、てことです」
 ときおり見せた、円の哀しそう顔が頭をよぎる。
「どうしたらいいんでしょ~」
 具体的に何をしたらいいのかわからない俺は美衣さんに泣きついた。
「それじゃ、とりあえず、彼女さんが好きそうな食べ物を作ってあげたらどうですか? パンケーキとか」
「あ、そういえば昔、朝食にパンケーキ作ってくれました。甘くないやつ」

 翌朝、俺は美衣さんに教わりつつ不器用ながら必死にパンケーキをつくった。
 生地は甘さ控えめにし、トッピングを取り揃える。
 生ハムやチーズ、ルッコラ、はちみつやラズベリーや生クリームなど。
 テーブルに並べたそれらは色鮮やかで見栄えもよく美味しそうだ。
 みんなに食べてもらい、うまいとお墨付きももらった。
 まだ俺は、円になんて言えばいいかわからず、美衣さんに相談してみた。
「ん~。そうですね。今の気持ちをストレートに言えば伝わると思いますよ?」
 アドバイスはそれだけだった。

 帰りの駅のホームで、円にLINEを送った。
『今まで色々ごめん。俺はやっぱり円が好きだ』
 既読がつく。
『そういうことは直接言って』
 と返事がきた。


🍀

(本文2022文字)


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