Ep.6『高梨薫と味噌汁』
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「ああ、猫になりたい」
布団の中で呟いた。
今日も一日がはじまる。
僕はてれてれ素材の紺のパジャマに女物のガウン(本来は自室の中だけで着て人前にはでないだろう)を着たまま、ゲストハウスの自室から出て階段を降りた。
リビングには僕と同じく長期宿泊客の平田が猫と遊んでいる姿がみえる。
猫だったら男も女もない。白い目で見られることもないし、告白してドン引きされることもない。
「おはようございま~す」
ちょっとしゃがれた声になっている。昨日お酒を飲みすぎたかもしれない。
「おはよう。修さんの味噌汁まだあるよ」
平田が教えてくれた。
みんなはとうに朝食をすませたあとだったが、キッチンには一人分の味噌汁が鍋に残っていた。玉ねぎの味噌汁だ。
僕はどうも味噌汁に入った玉ねぎが苦手だ。申し訳ないが遠慮させてもらうことにした。
ちょっとつまめるものを探していると、ポットの横におからクッキーがあるのに気づく。
焼いたのでどうぞ。とポップがあった。
最近、如月くんが料理に目覚め、佐倉さん(二人とも宿泊客だ)に色々教わっているのを見かけるから、また作ったのだろう。クッキーをつまみながら冷蔵庫から水を出して飲む。
キッチンからでも外の陽ざしが強いのがわかった。
「薫さん。おはようございます」
リビングのソファで寝転がっていると、ここのオーナー美衣ちゃんが洗濯物を干し終え戻ってきた。
「はよ~」
「お前! またそんな恰好で、早く着替えろ。何時だと思ってるんだ」
畑仕事から戻ってきた修さん(美衣ちゃんの祖父だ)は、僕をみて叱る。
「十一時で~す」
ぐだぐだ答えると尻を叩かれた。
「これ可愛いでしょ~。美衣ちゃんもこういうの欲しくない? ひとつあげるよ?」
と立ち上がってガウンをひらひらして見せる。
「う~ん。私にはちょっと大人っぽすぎます。でも可愛いですよね」
「(同意の)ね~」
「ね~。じゃね~。美衣ちゃんにそんなもの勧めるな」
「平田の趣味はきいてませ~ん」
着替えに去ろうとする僕の後ろで、怒った平田を美衣ちゃんがなだめた。
ガサゴソとビニール袋の音を立てながら、僕と美衣ちゃんは森の小道をゲストハウスに向けて歩いている。
ドラッグストアに行った帰り、アイスバーを食べながら他愛ない話をしていた。
「そういえば美衣ちゃんって兄弟とかいないの?」
「一人っ子なんですよ。だから兄弟って憧れます。特にお姉ちゃんが」
美衣ちゃんがじっと僕をみる。
「ん? なに?」
「薫さんみたいなお姉さんほしかったなぁ。お洒落だし。面白いし。話しやすい」
なんて可愛いことを言うんだろ、と思いながらつい美衣ちゃんの頭をなでる。
「薫さんは、ご兄弟いらっしゃるんですか?」
「弟がいるよ。五つ下の。ものすごく出来がいい。僕がこんなだからあいつのおかげで家族が保たれてるようなもんだよ」
「……(余計なこと訊いちゃったな)」
僕は慌てて繕う。
「まあでも、両親は一人目は女の子が欲しくて「薫」って名前用意してたみたい。生まれたのは男だったけど、中身は女だし、願いは叶ってるかもね」
全然フォローにならなかった……。
咳がでる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。アイスで喉が冷えたみたい」
どうやら風邪をひいたようだ。
「じゃあ、ちゃんと寝ててくださいね」
美衣ちゃんが僕のおでこに冷えたタオルをおいていってくれた。
風邪なんて何年ぶりだろう。
外から季節外れのセミの声が聞こえる。
まだ鳴いてるんだ。もうパートナーなんて見つからないのにな。そう思いながら、僕は眠りに落ちていった。
高一の時にも風邪で寝ていた。
あの頃、僕は両親にカミングアウトし、家族の雰囲気は最悪だった。
お互い家の中にいると気まずく、両親は仕事を口実に家にいないことが多くなった。
夏休み、両親は弟をつれて旅行にでかけた。
僕は正直ほっとして、ひとり家で気ままに過ごしていたが、風邪をひき寝込んだ。
夜中に水が欲しくなり、手を伸ばすと空になったペットボトルに当たって、からころと音を立てて転がった。立ち上がろうとするがうまく力が入らず、またベッドに倒れ込み、床に転がったペットボトルを見つめた。
なんだか自分の未来をみているようだ。
はっと目が覚めると涙にぬれた感触がある。
実家とは違う天井、部屋。下から人の声が聞こえる。
ほっとしながら、ティッシュを手に取る。傍らに小さな土鍋が置いてあり、蓋をあけると美味しそうな雑炊が僕に食べられるのを待っていた。
翌朝、下に降りると、みんなが朝食を食べるところだった。
「おはようございます。もう大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫。雑炊ありがと」
「あれ、如月さんと佐倉さんからです」
「あ、そか。(二人に)ありがとう。美味しかった」
二人はいえいえ、と笑顔を返してくれる。
「ほれ。味噌汁」
平田がアスパラの味噌汁を僕の前に置いた。僕の好きな具材だ。
「お前、またそんな恰好で」
修さんがカーディガンを被せてきた。
「じじくさ」
「じゃあ着るな」
「うそうそ。着ます。着ます」
みんなが笑う。
僕は味噌汁をすすり、温かくなるのを感じた。
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(本文2036文字)
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