令和5年3月場所初日雑感
■貴景勝は自分に負けたか
貴景勝がいきなり敗れた。これで翔猿に対して3連敗となる。勝者は翔猿で敗者は貴景勝なのだが、翔猿が勝った相撲ではなく貴景勝が勝手に負けた相撲のように見えた。翔猿の攻撃的な動きではなく貴景勝から逃げる動きだったように見える。翔猿からすれば逃げたら相手が落ちていた。そんな取組だったのではないだろうか。結果的には貴景勝が負けに行ってしまった相撲のように映る。立ち合いは決して悪くなかった。むしろ良かったとも思える。それでも負けてしまった。これが平幕力士、あるいはそれよりも下の力士であれば、相手がより強ければそれでも負けてしまうことなんぞそれなりにあるだろうが、貴景勝は先場所の優勝者であり横綱を目指す大関だ。しっかりとした立ち合いができたのに敗れてしまったのであれば、その敗因は自分自身にある何かからくるもの。それはプレッシャーからくる硬さなのか、翔猿に対しての苦手意識なのか。いろいろなものが絡み合っているのだろうが、平常心ではなかったのだろう。常に目先の一番、平常心を大事にしている貴景勝にとって、これは絶対に修正しないといけないポイントだ。綱取りに連敗は許されない。2日目は玉鷲戦。心が整っていれば負けることはないと思う。技術的な修正より精神の立て直し、これが大事になってくるのではなかろうか。
■不気味すぎるのは正代
良い取り組みが多かったと感じた初日全体ではあるが、その中で、とにかく「不気味さ」を覚えたのが正代だ。立ち合いはいつもの正代の受ける立ち合いではあったが、そこからの前に出る圧力がとにかく圧巻だ。豊昇龍がいくら軽量力士とはいえ、何一つ抵抗できずに前にもっていった。この相撲が取れるのに、何故に大関から陥落した。何故に先場所10勝できなかったと問い詰めたいくらいの相撲っぷりだ。少なくとも場所ごとの日々の取組を見ているだけでは、この2ヶ月で正代の体が何か変わったとか、技術的に違うものを身に着けたとは思えないし、変わっていないのが実情だろう。だけれども、この相撲がとれる。これがプレッシャーから解放された元大関の平幕力士なのか。正代は大関にいた2年間、常に自分自身と戦い続けて負けていたのか。そうだとすると今場所の正代は相当に侮れない存在になってくるのではないだろうか。とはいえ、仮にも大関に戻れたら戻れたで、以前の「大関正代」になってしまうような気は払しょくされないのだが。
■頭角を現してきた霧馬山・若元春・琴ノ若
霧馬山はコツコツと力をつけてきてここで爆発してきた。そういう印象が強い。若元春も先場所までは強くなってきた勢いで勝っていた印象だが、この日の竜電線を見ていると間違いなく地力をつけてその自力で勝ったと思わせてくれる。琴ノ若は平幕上位、先場所からの小結の地位で8勝、9勝できる地力は既に備えているものの、まだ関脇、大関となると上乗せの力が必要という力士だが、この3人が初日に白星スタートを切ったことは何か、すでに一歩先にいた若隆景や豊昇龍に追いつきつつある。少し先を見据えれば、若隆景や豊昇龍がこの3人に「抜かれて」しまうのではないかとすら感じされる。もちろん、霧馬山、若元春、琴ノ若の3人が初日白星で、若隆景と豊昇龍は黒星スタートだったことがそう感じさせるだけかもしれないが、それでも初日だけを見れば、この差は縮まっている。そう感じさせてくれる。とはいえ、大関となると、まだ襷に長し帯に短しでもあるのだが。それがクリアされるかどうかは2日目以降、彼らがどういう相撲を見せるか、か。
■朝乃山は取り戻してきている
照ノ富士の休場で幕内の出場者数が奇数になったことで、幕内最下位の水戸龍と対戦することになった東十両筆頭の朝乃山。中には強引に水戸龍を十両に落としてでも朝乃山を幕内に戻せという意見もあったが、この相撲だけを切り取ってみれば水戸龍が幕内力士にふさわしいかはともかくとしても、単純にこの両者のどちらが強いかと問われれば朝乃山という解しかないくらいの力の差だった。立ち合いの踏み込みから、水戸龍を寄り切るまでのすべてのプロセスが水戸龍の上を行っていた。朝乃山が休んでいる間に失った力というものはあっただろう。だけれども、先場所から今日までの相撲を見ていると。まだ大関に上がったころの強い朝乃山に戻り切っているとは思わないのだが、地力が突き抜けているがために見えづらかった朝乃山が弱くなった部分。そこが十両に戻り、十両優勝を果たし十両筆頭に戻ったことで、回復されてきているようにも思える。
■いつ誰に負けるかが気になる落合
何も落合の負けを望んでいるわけではない。現実的に見れば、今の落合をどの地位にもっていけば「8勝7敗」「7勝8敗」あたりの成績になるかと問われれば、幕内の中下位あたりなのではないかと感じてはいるのだが、十両下位あたりではそうそう負けなさそうな圧倒感を見せた。だからこそ、落合の本当の力が地位で言えばどの程度になるのか。それが負けてくれないことには見えないようにも思える。19歳の新十両に多大な期待をかけてしまうのは酷かもしれないが、かなり精神的にも強そうな力士ではあるし、十両下位付近なら、まだ敵なしなのかもしれない。だからこそ、内容はどんなものであれ、まずは1回、落合がいつ、だれに、どういった負け方をするのか。これは興味深くなってきた。
■2日目の注目は貴景勝と正代か
貴景勝は気持ちの修正、ずれた何かがあるのなら、それを戻す作業がこの1日でできるか。正代は初日の1勝が正代の力を存分に発揮できる環境になったから得られた1勝なのか。その「見極め」が出来てくるのではなかろうか。初日に敗れて横綱に昇進した例はもちろんある。1つの負けで投げ出す貴景勝でもなかろう。そして正代は明日も強い正代を見せての白星であれば、その「不気味さ」は増し、期待感を高めてくれる。どの力士も注目なのだが、この2人はとにかく注目。そんな思いを持っている。仮にも2日目、正代が圧倒するようなら、正代が優勝候補に名乗りをあげても違和感ないだろうし、貴景勝も取り戻しができれば、やはりトータルでの実力は出場全力士の中ではトップだろう。だからこそ、2日目で見えてくるものが多々あるのではなかろうか。
貴景勝が2日目白星で星を戻せば、期待感は持ち続けられるし、ここで挙げた力士が2日目も良い相撲で連勝スタートを切れれば。何か、先場所までとは違った場所を見られるのではないか、そんなことを感じた初日と言ってよいのではないだろうか。