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想いの花が咲く谷のハナ
このお話は、プロフィール作家ハナの物語版プロフィールです
夏の朝、眠りからさめて目をひらいたハナは、この想いの花が咲く谷にたどりつくまでのことを思い出していました。
小さな野原
ハナが生まれたのは、いつかのどこかの小さな花野でした。
春には、土の中からミミズが顔を出し、レンゲやタンポポ、スミレの花が咲いてチョウチョが飛び回る、元気いっぱいの野原です。
花たちは、光をたくさん浴びようと、葉っぱを伸ばしながら、広い空を見つめています。
一緒に遊びながら、そんなお花たちの話を聴くのが、ハナは大好きでした。
お花たちの話には、それぞれのメロディがあって、ハナの心と体をおどらせてくれる音楽のようだったのです。
お花と一緒にいるときも、なぜかどこかでハナはひとりぼっちな気がしていました。
ずっと、この小さな花野には、ほんとうは自分の居場所がないのではないかと感じていたのです。
それでも、明るく笑っているハナでした。
「きっと大丈夫。ちょっといやなことも、ちょっとがまんしてやり過ごしていたら、ここで生きていける」
そう信じていたのです。
息がつまる場所
小川のそばは、野原の花たちにとっての特等地。
そこには、いつもたっぷりのお水があります。
「ここで咲くといいよ」
周りのお花たちはハナに強くすすめました。
しずしずとその小川のほとりにやってきたハナを、じっとりと湿った土が迎えました。
『ほんとはもっと風とおしのいいところがいいのに』
心の片すみで、ハナはそう思いました。
ぼんやりとしたその思いは、じっとりと息がつまるような日々の中でどんどん大きくなって、ハナはある日、もうその小川のほとりでの暮らしが耐えられなくなってしまいました。
でも、どうしたらいいのかわかりません。
「だれか助けて!」
そう言ったまま、ハナはすっかり元気を失って、ぐったりとしおれていきました。
沼のなかでの年月
気がつくと、あの小川が暗く広がって、泥に足をとられたハナは、沼につかって、歩くことも動くこともできなくなっていました。
暗闇のなか、お花たちの声も聞こえず、ほんとうにひとりぼっち。
だれも助けてくれません。
明るい方に行きたくても、泥水は重たく冷たくて、どうしていいのかわかりません。
真っ暗な気持ちで、ハナは何年も何年も、しくしくと泣き続けていました。
もう、楽しかったことも、前はどうやって笑ったりおどったりしていたのかも、わからなくなってしまいました。
やさしい月のひかり
ある夜、空に上がった月が、はるか地上の沼のなかでぐったりしているハナを見つけました。
「泣かなくていいのよ。わたしは毎日ここにいて、見守っているから。ひとりぼっちではないのよ」
月のひかりは、ただただやさしくハナをつつみ込んでくれました。
月は、夜空からハナに詩をおくってくれました。
暗闇のなかを、きらめきながら降りてきたその詩は、言葉にもできず、誰にも伝えられなかったハナの思いを、代わりにうたってくれているようでした。
ゆっくりと小さな声でその詩を詠んでいると、やさしいけれども明るい月のひかりが、ハナのつぼみに染み込んで、ハナを掬いあげるように水辺まで連れていってくれました。
「いつもここにいるからね」
月がそう言って空に戻ると同時に、日がのぼり辺りが明るくなりました。
この世界の豊かさとは
動けるようになったものの、どうしていいかわからないまま、ハナはもとの野原も沼も離れ、遠くへ遠くへと歩きはじめました。
生きてゆく場所と、そのための『何か』をみつけなければと思ったのです。
行き先もわからないまま歩きつづけ、心も体も疲れてきたころ、どこかからかバリッバリッという音が聞こえてきました。
近づいてみると、黄金色になりかけた麦畑のなかで、バッタたちが大きな音を立てながら、麦の葉を貪っていました。
一番大きくてたくましそうなバッタが、ハナを見つけて声をかけました。
「君も一緒に働かないか」
ぎらりと光る目が、じっと見つめています。
「バッタさんは、どんなお仕事をしているの?」
ハナは聞いてみました。
「仲間と一緒に、この世を豊かにする手伝いをしているのさ。
世界は戦いの場だからね。豊かになるには、頭をつかって、人とは違う何か特別な仕事を作っていかないとならないわけさ」
バッタは答えます。
ハナは少し後ずさりしました。
「言いたいことはわかるんです。でも、そのお仕事には、わたしは気が進まないんです。そうして、ほんとうに豊かになれるものなんでしょうか?」
消え入りそうな声でハナが答えるのを遮って、バッタはさとすように言いました。
「そんな子どもっぽい考えでは、生きてはいけないよ。この世を動かしているのは『豊かになりたい』という願望なんだ」
バッタの論が理にかなっているのはわかっていました。
ここでバッタと一緒にやっていけば、安定して守られた暮らしがあるはずです。
一人で歩きつづけていく旅は、危険でいつも気を張っていく道でもあるのです。
でも、この麦畑での生活は、あの小川のほとりでの日々と同じです。
「わたしは自分で咲く場所を見つけるの・・・」
ハナは泣きそうになりながらも、バッタの誘いを断って、麦畑を後にしました。
セミの最期の教え
やがて森にたどりついたハナが、木々のなかでいちばん大きく太い幹を見上げると、一匹のセミと目が合いました。
何日か前に、地上に出てきたばかりのセミでしたが、静かでおだやかなたたずまいが、その思慮深さを伝えていました。
思わずこれまでのいきさつを打ち明けたハナを見て、セミは自分が地面の下で、これからどうなるのかもわからずに過ごしていた日々を思い出しました。
そして、感慨深げにこんな話をしてくれました。
「ハナ、命は短い。足りないものや、新しい『何か』を探しつづけていたら、時間はあっという間に過ぎていく。
まずは、ここでもどこでも、ただ君として生きてごらん。
勇気はいるかもしれない。でも自分の想いに従っていけば、探していたものは、いずれ見つかるものだよ」
セミの話は、その言葉が伝える以上にハナの心に響きました。
「でも、わたしとして生きるって、それを今どうやって始めたらいいの?
わたし、自分が何をしたいのかも、ほんとの想いも、わからなくなってしまったの」
ハナの問いに、セミはかすれた声で答えます。
「わからないなかにも、わかっていることはあるだろう?
暗闇から光のもとに出るのは怖いものだ。でも、そこから始めてごらん。
新しい答えを見つけにいくのではなく、その勇気から生まれてくる答えがあるんだよ」
真夏の太陽が、ギラッとひかりました。
「私が伝えられるのはこれだけだ。今の君に出会えて、話すことができてよかった」
日が暮れてゆくなか、セミの声はどんどん小さくなり、それが最期の言葉となりました。
出会いと別れと
またひとりぼっちになったハナは、だれか一緒にいてほしいと心から思いました。
山道を歩きつづけて、川にさしかかったところで、ハナは七色に輝くイモムシを見つけました。
清らかなせせらぎで涼みながら、ハナはイモムシと話をしました。
そのイモムシには、チョウチョになって叶えたい大きな夢がありました。
その夢がなんなのかは、よくわからなかったのですが、なぜかハナには、虹のかかる空を飛んでいるチョウチョの姿が見えました。
どこかを探して歩きつづけてきたハナは、七色のイモムシのそばで、ずっと話を聴いていられたらいいのに、と心の中でそればかり願うようになりました。
月明かりの晩に、ハナが葉っぱの指先までふるえるほどの勇気を出して打ちあけると、イモムシは何も言わずに、困ったような嬉しそうな不思議な色にきらめきました。
でも、ハナはイモムシとずっと一緒にいることはできませんでした。
もっと速く歩きたいハナと、ゆっくり慎重に進みたいイモムシ。
すぐに解決する方法も、どうにかできる根拠もみつけられずに、じれったく耐えられなくなったハナは、七色のイモムシとお別れすることにしたのです。
その途端、嵐のような風が吹き上がりました。
「もう、こんな風もこわくない!わたしには、わたしの場所があるはず」
えいっとハナはその風に乗って、次の場所を探すことにしました。
風のなかの花たち
しばらくして、ハナは花いっぱいの谷にたどりつきました。
初めての場所でしたが、白いユリや紅いポピー、うす紫のラベンダーなど、色とりどりの花が咲くその谷が、ハナは気に入りました。
強い風が吹いてくるなかでも、咲きつづけているお花たちの話が聴きたいと思ったのです。
ハナは毎日、お花たちがこの谷に来て、花ひらくまでの話を聴いていきました。
それぞれに、大変なことも、ひとりぼっちのさびしさも経験してきたお花たちです。
時間をかけて、もう振り返ることもなかった思い出をたどりながら、涙の露を浮かべる花もいました。
でも不思議なことに、たくさんのことがあったこれまでについて、少しずつハナに話していった花たちは、たしかに元気になり、自分が生きてきた物語への自信すら感じるようになったのです。
聴いてもらう安らぎの中で、自分の深いところにあった想いに気がついていくのです。
その瞬間、想いの花が ふわり とひらきます。
そのお花のいちばん深い色をたたえた、いちばん美しい一輪です。
ハナはだんだん、お花たちの話を聴くことが、自分は心から好きで、お花たちが喜んでくれることでもあるのに気がつきはじめました。
あのバッタの言うような豊かさではなく、深いところから感じるゆたかな喜びが、そこにはありました。
想いの花が咲く谷
やがてその谷は、「想いの花が咲く谷」と呼ばれるようになりました。
谷には、色とりどりの花が、風にそよぎながら一輪いちりん美しく咲いています。
ひとりぼっちの花はいない、みんなの安らぎの場所です。
時々、ハチやチョウチョが飛んできては、花にとまって、ゆらりゆらりと、気持ち良さそうに蜜を吸ってゆきます。
今日もハナは、月の光の下で、お花たちの話を聴いています。
花はそれぞれに、これまでもこれからも自分を導いてゆく大事な想いに気がついて、いつの間にか心が決まるのです。
ハナは、あの月のひかりや、セミの教え、七色のイモムシとの別れを思い出していました。
たった一つの答えや場所が、どこかにあるものではなかったのだと、今はわかります。
この谷での暮らしも、ハナの姿も、また命の流れと時間とともに、変わっていくかもしれません。
でも、今ここで感じている幸せと、目の前のお花たちに届けたい想いは、ずっと変わらないハナの願いです。
そして、時折吹き上げる強い風の中でも、ハナはもうひとりぼっちではありません。
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この谷では、ハナの想いの花も、陽だまりのなか、そよそよと風にそよいでいます。