トロットとメイプルの大災害
「よし、間に合った!」
『遅いよ楓、もうあと5分しかないじゃん!』
「悪かったって白兎、夜更かしするのに家族を説得するのが手間取っちゃって」
素早くパソコンを起動し、ボイスチャットにつないで、エルダー・テイルを起動する。
『今日は君が拡張パッチがすごいって一緒にやろうっていうから待ってたのにー』
「はは、ごめんごめん」
親友の小言を軽く聞き流す。これからもっと楽しい時間が味わえるのだから許してくれるはずだし。
「お、もうすぐ24時だ。更新!」
『待ってましたー!』
時計が24時を指し示すと同時に、僕の意識は暗転した。
「……あれ?」
頭をブンブン振って意識を取り戻す。いつの間にか寝落ちしていた……にしては様子が変だ。
いつもの見慣れた部屋じゃない。緑と廃墟が並ぶ、とても見覚えのある世界……アキバの街並みがそこにはあった。
「あっれー、もしかしなくても夢?」
頬をつねってみても。現実逃避してみるも、そうはいかないらしい。
「メイプル?……もしかして、か、かえで……?」
隣には僕も見覚えがありすぎるキャラがこっちの様子を窺っている。フォックストロットだ。
普段のつり目できりっとした顔からはかけ離れて不安げな表情もかわいいね。
……僕の名前を知ってる。もしかしなくても。
「やあやあ西崎白兎くん!まさか運営がこんなサプライズを用意してくれるなんて思わなかったよ!」
「やっぱり佐藤楓じゃん!ど、どうなってるのこれ!?」
僕も知りたいよ。
「というか君もフォックストロットになってるし、僕もメイプル☆シュガーになってるのか」
「あ、うん……そうだね」
自分の体をペタペタと触ったりして確かめてみる。人間の耳は無く狐の耳と尻尾がちゃんと生えていた。
トロットのも結構モフモフしてそうだなー。
「とりあえずここに居ても仕方ないし、ちょっと歩き回ってみるか」
「……そうしよう」
「そういやトロットちゃんだったね」
「……うん」
アキバの街を巡って情報収集、結果はあまり宜しくなかった。
みんな同じように巻き込まれてたり、ログアウトできなかったり、料理に味がしなかったり。やっぱりみんな大変なんだなー。
そしてトロットがナンパに絡まれたところで、そう言えば女性だったななんて思い出したのだ。
ちょっと挙動不審だったのはその為か。
「まさか宿が全滅してるとは思わなかったなぁ……ギルド作って無かったら即死だった」
「そ、そうだね」
ここは僕のギルド、《スウィートマジック!》だ。ちょくちょくギルドを整備していたおかげで最低限の家具はある。
今はもう夜。一つしかないベッドに並んで腰かけて休んでいる所だ。
ちらとトロットの横顔を見る、照明に照らされたその顔はひどく愛おしく見えた。
全く、親友が性転換して大人しくついてくるんだからメイプルの性癖はもうズタボロですよ。
そっとトロットの顔に手を伸ばし、口づけする。
「っ!?な、何するのさメイプル!?」
「ごめん、もう限界」
鳥の囀りの音で目を覚ます。ここが現実世界ではない事を理解するのにそう時間はかからなかった。
体を起こすととなりでもぞもぞと動く感覚がして、少し待つとトロットも起きてきた。
「おはようトロット、ゆうべはお楽しみだったね?」
「……ん」
あれ、反応が薄いな?
「ねぇ、メイプル。僕だって色々考えてたんだよ」
「う、うん」
「この世界に来て、この姿になって、どうしようって悩んでたらこれだよ」
「は、はい」
「だったらもうフォックストロットとして生きていいかなって」
「そ、そうだね」
「だからまずは、女性を大事にしないメイプルにはこうだよ!」
スパァンと小気味いい音を聞いたと思ったら、僕の身体は宙に浮いて、そして落ちた。
きっと綺麗な紅葉が咲いているだろう。
「これからよろしく頼むよ、メイプル君!」
「ひゃ、ひゃい……」
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