
ミドルマーチ(第1巻)|ジョージ・エリオット|※ネタバレ注意※
プロローグ
聖テレサの人生は、子供時代の殉教への憧れから始まり、宗教的理想を追求する壮大な人生へと発展した。しかし、多くのテレサたちは、社会の制約や機会の乏しさゆえに、その精神的な偉大さを十分に発揮できずにいる。女性の本質は不確定で多様であり、中には白鳥のような存在も生まれるが、その才能は認められずにいる。善を追求する心の鼓動は、時に障害に阻まれ、偉業として認識されることなく消えゆくのだ。
```mermaid
graph TD
A[ドロシア・ブルック] <--->|最初の結婚| B[エドワード・カソーボン]
A <--->|後の結婚| C[ウィル・ラディスロウ]
B <-..->|いとこ| C
A <--->|姉妹| D[セリア・ブルック]
E[アーサー・ブルック] <--->|叔父-姪| A
E <--->|叔父-姪| D
F[ジェームズ・チェタム卿] -.->|当初求婚| A
F <--->|結婚| D
G[テルティウス・リドゲイト] <--->|不幸な結婚| H[ロザモンド・ヴィンシー]
I[フレッド・ヴィンシー] <--->|兄妹| H
I <--->|恋愛から結婚へ| J[メアリー・ガース]
K[カレブ・ガース] <--->|父-娘| J
L[フェザーストーン] -.->|相続を期待させる| I
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第1章:ミス・ブルック
1-1:ドロシア・ブルックの人物像
ドロシアは、質素な装いによってかえって際立つ美しさを持つ若い女性だった。並外れて聡明と評される一方で、妹セリアの方がより常識的であるとの評も常だった。ドロシアは深い信仰心の持ち主で、パスカルの『パンセ』やジェレミー・テイラーの著作の数々を暗誦できるほどだった。彼女の精神は理論的で、ティプトン教区における自身の行動規範をも包含するような、世界の崇高な概念を渇望していた。
彼女が思い描く理想の結婚とは、夫が父のような存在で、ヘブライ語さえ教えられるようなものだった。村に幼児学校を創設するなど、社会貢献にも熱心だった。
また、ドロシアは馬に乗ることを心から楽しんだ。彼女は新鮮な空気と、郷里の様々な景色を愛していた。しかし、それを異教徒的で官能的な方法で楽しんでいると自覚し、いつかは放棄しようと心に決めていた。
1-2:ブルック家の由緒と現状
ブルック家の血筋は、厳密には貴族ではないが、紛れもなく「由緒正しい」ものだった。ドロシアとセリアは、十二歳の頃に両親を失い、その後イギリスとスイスの家庭で教育を受けた。現在は叔父のブルック氏と共にティプトン・グレンジに住んでいる。
ブルック氏は六十歳近い紳士で、従順な気質と多様な意見の持ち主、その投票行動の予測すら困難な人物だった。ドロシアは相続人と見なされており、将来的にはかなりの財産を継承する可能性があった。
1-3:宝石を巡る姉妹の邂逅
ある日、セリアは母の形見である宝石を見ることをドロシアに提案した。当初、ドロシアは宝石に無関心な態度を示したが、やがてその美しさに心を奪われた。特に、エメラルドの指輪とブレスレットに強く惹かれた。しかし、装飾品を身につけることへの葛藤も感じずにはいられなかった。
宝石を目にした後、ドロシアは複雑な感情に襲われ、自身の感情と言葉の純粋さを疑問視するに至った。一方、セリアは姉の態度に心を痛めつつも、自らの判断の正しさを確信しようと努めた。
セリアはドロシアに対し習慣的な畏敬の念を抱いており、それは彼女の態度に表れていた。この畏敬の念と、自身の原則とが相まって、ドロシアに対する不満の表情を完全に抑えていた。
第2章:夕食の会話
2-1:ブルック家の夕食会
ブルック氏の邸宅で夕食会が開かれていた。ブルック氏は化学者ハンフリー・デイビーや詩人ワーズワースとの思い出話を饒舌に語り、その軽薄さにドロシアは居心地の悪さを覚えた。カソーボン氏の威厳ある態度と、ロックの肖像画を思わせる外見に、ドロシアは強く惹かれていた。
チェタム卿が農業化学への関心を示すと、ブルック氏は批判的な態度を取った。しかし、ドロシアは農業改革の重要性を熱心に主張し、その発言は周囲を驚かせた。カソーボン氏は古文書研究による視力の衰えを語り、過去の世界の再構築に対する情熱を示した。その姿勢にドロシアは深い感銘を受け、彼の知性への尊敬の念を強めていった。
2-2:ドロシアとチェタム卿の対立
チェタム卿はドロシアに乗馬を勧めたが、彼女は断固として拒否した。ドロシアの冷淡な態度に戸惑いながらも、チェタム卿は彼女への関心を失わなかった。彼は、ドロシアが自分に好意を抱いているはずだと確信していた。
ドロシアは、完璧な乗り手になることを望まないと述べ、チェタム卿の価値観との相違を明確にした。カソーボン氏が会話に加わり、動機を詮索することの無意味さを指摘すると、ドロシアは喜びを隠せなかった。彼女のカソーボン氏に対する尊敬の念は、さらに深まっていった。
2-3:姉妹の私的会話とチェタム卿の思惑
食事の後、姉妹は二人きりになった。セリアがカソーボン氏の容姿を批判すると、ドロシアは強く反論した。ドロシアはカソーボン氏の知性と魂の偉大さを称賛し、彼の著作『聖書的宇宙論』への感銘を語った。セリアは密かに、ドロシアがチェタム卿を軽蔑しているのではないかと考え、姉の強い宗教心が家族の快適さを損なうのではないかと懸念した。
一方、チェタム卿はドロシアへの求愛を諦めていなかった。彼は自分が適切な相手を見つけたと信じ、ドロシアの優位性を受け入れる覚悟までしていた。しかし、彼の中には男性としての自尊心も存在し、必要ならばいつでも彼女の優位性を抑えられると考えていた。
第3章:カゾーボン氏の提案
3-1:カソーボン氏とドロシアの知的交流
カソーボン氏はドロシアを妻に適すると考え始めた。二人は長時間の会話を重ね、ドロシアは彼の広大な知識の世界に魅了された。カソーボン氏は、世界中の神話体系が啓示された伝統の変形であることを示す大著を執筆中だった。彼はドロシアに、同僚の学者に話すように研究を説明した。
ドロシアは、カソーボン氏の学識と敬虔さに深く感銘を受けた。彼の中に、完全な知識と献身的な信仰を兼ね備えた現代の聖アウグスティヌスを見出したのだった。二人は宗教的な話題でも意気投合し、ドロシアは自身の考えを打ち明けることができた。
3-2:ドロシアの理想と現実の狭間
ドロシアは、カソーボン氏が自分を妻にしたいと思っているかもしれないと考えるようになった。彼女にとって、それは天使が突然現れて手を差し伸べるようなものだった。ドロシアは、自分の人生をより意義深いものにしたいという強い願望を持っていたが、具体的な方法が分からずにいた。
カソーボン氏との結婚が、自身の無知から脱却し、偉大な道筋を導く指導者に自発的に従う自由を与えてくれると考えた。彼の偉大な仕事を手伝うために学ぶことが自分の義務になると想像した。パスカルと結婚するようなものだと考え、偉大な人々と同じ光によって真理を見ることができるようになると夢見た。
3-3:サー・ジェームズ・チェタムとの出会い
ドロシアが森の中を歩いていると、サー・ジェームズ・チェタムが馬に乗って現れた。彼は小さなマルチーズ犬を持参していたが、ドロシアはペットとして飼育される動物に否定的な意見を述べた。サー・ジェームズは、ドロシアの意見形成能力を羨ましく思った。
二人は、労働者のための新しい住居建設計画について話し合った。ドロシアは熱心にこの計画を説明し、サー・ジェームズは彼女のアイデアに感銘を受けた。彼は自分の領地でこの計画を実行したいと申し出た。ドロシアは、貧困層の生活をより美しくするという考えに心を躍らせた。
3-4:ドロシアの内面の葛藤
ドロシアは、カソーボン氏との会話を通じて、彼の知的な深さにますます魅了されていった。彼が自分のために訪問してくれていると確信するようになった。カソーボン氏の真摯な態度や知的な会話を心から尊敬した。
一方で、労働者の住居改善についてカソーボン氏が無関心だったことに、少々失望を覚えた。しかし、すぐにその考えを恥じ、自分の関心事を彼に押し付けるべきではないと反省した。カソーボン氏の訪問の真の目的について考えを巡らせながら、サー・ジェームズとの住居改善計画にも熱心に取り組んだ。
第4章:姉妹の対話
4-1:ドロシアの人物像と家族関係
ドロシア・ブルックは、知性と理想主義を兼ね備えた若い女性だった。深い信仰心を持ち、社会貢献に情熱を注いでいた。対照的に、妹のセリアはより現実的で、社会の慣習に順応する傾向にあった。
ブルック家は由緒ある家系で、両親を失ったドロシアとセリアは叔父のアーサー・ブルックと共にティプトン・グレンジに暮らしていた。アーサー・ブルックは60歳近い紳士で、多様な見解を持つ人物だった。ドロシアは将来、相当な財産を相続する見込みがあった。
ある日、姉妹は母の形見の宝石を目にすることになった。当初は無関心を装ったドロシアだが、その美しさ、特にエメラルドの指輪とブレスレットに心を奪われた。しかし、装飾品を身につけることへの葛藤も感じずにはいられなかった。
4-2:ドロシアの結婚観と求婚者たち
ドロシアにとって結婚とは、個人的な安楽ではなく、より高尚な義務を果たすための手段だった。夫の知恵と判断力に助けられながら、自身の見解を形成し、それに基づいて生きることを望んでいた。
ジェームス・チェタム卿はドロシアに好意を寄せていたが、ドロシアは彼に特別な感情を抱いていなかった。一方で、ドロシアは年長の学者カソーボン氏に強い関心を示していた。
アーサー・ブルックがドロシアにカソーボン氏からの求婚を伝えると、ドロシアは彼を高く評価し、求婚を受け入れる意向を示した。アーサー・ブルックは年齢差を懸念したが、ドロシアは学識豊かな年長の夫を望んでいた。
しかし、アーサー・ブルックは結婚生活の現実、特に夫婦間の気質の違いや、夫が主導権を握りたがる傾向について警告した。ドロシアはこれらの試練を覚悟していると述べたが、彼女の理想と現実の間には大きな隔たりがあった。
第5章:カゾーボン氏の手紙
5-1:カソーボン氏の求婚とドロシアの決意
カソーボン氏はドロシア・ブルックに求婚の手紙を送った。その手紙は彼の学究的な性格を反映した長文で、ドロシアの知性と献身的な性質を高く評価していた。カソーボン氏は、ドロシアが自分の研究を理解し、支えてくれる理想的な伴侶になると確信していた。
ドロシアはこの手紙に深く感動し、カソーボン氏との結婚が自身の知的探求心を満たし、より高尚な生活を送る機会だと考えた。彼女は躊躇なく求婚を受け入れる返事を書いた。
ドロシアの叔父アーサー・ブルック氏はこの決定に驚いたが、最終的に彼女の意思を尊重した。一方、妹のセリアはこの決定に大きなショックを受けた。セリアはカソーボン氏の外見や癖を批判的に見ており、姉の選択を理解できなかった。しかし、姉妹の強い絆により、最終的にドロシアの幸せを願うことができた。
5-2:カソーボン氏との対面と結婚の決定
カソーボン氏が夕食に招かれた際、ドロシアは彼と二人きりで話す機会を得た。彼女は自分の考えや願望を率直に語り、カソーボン氏の研究に貢献したいという熱意を示した。カソーボン氏はドロシアの純粋な情熱に心を動かされ、彼女の存在が自分の人生に新たな喜びをもたらすことを実感した。
二人の会話は互いの期待と理想を確認し合う機会となった。ドロシアはカソーボン氏の言葉の中に、自分が求めていた知的な導きと精神的な深みを見出した。カソーボン氏もまた、ドロシアの中に自身の学問的追求を理解し、支えてくれる理想的な伴侶を見出したのだった。
カソーボン氏の訪問の翌日、二人は6週間後に結婚することを決めた。この急な決定の背景には、カソーボン氏の家がすでに準備されており、教区の仕事の大部分を副牧師が行っていたという事情があった。
ドロシアはカソーボン氏との会話後、非常に幸せを感じていた。彼女は以前よりも自由に自分の考えや感情を表現できるようになり、その喜びは周囲の目にも明らかだった。一方、セリアは姉の決定を受け入れようと努力しながらも、依然として不安を感じていた。しかし、ドロシアの喜びを目の当たりにし、自分の懸念を声に出すことはできなかった。
第6章:カドワラダー夫人の交渉
6-1:カソーボン氏の訪問と村の様子
カソーボン氏の馬車がティプトン・グレンジを出た直後、カドワラダー夫人の小型馬車と出くわした。ロッジの管理人は夫人を重要人物として扱い、彼女と鶏の世話や鳩の取引について会話を交わした。この様子から、夫人が地域の生活に深く関わっていることがうかがえた。
カドワラダー夫人は、ブルック氏への批判的な態度を露わにした。特に、ブルック氏が中道派として立候補する可能性を「政治的な安売り商人」になるようなものだと酷評し、その政治的な動きを地域の秩序を乱すものとして強く懸念した。
6-2:カドワラダー夫人の訪問とドロシアの婚約
ブルック家を訪れたカドワラダー夫人は、セリアとの会話を通じてドロシアの婚約を知る。この驚くべき知らせに、夫人は大きな衝撃を受けた。
夫人はこの婚約を「恐ろしい」ものと評し、カソーボン氏を「ミイラ」や「乾燥したエンドウ豆の入った大きな風船」になぞらえた。彼女は、この結婚がドロシアにとって修道院に入るようなものだと考え、セリアの方が良い結婚相手になるだろうと示唆した。
6-3:チェタム卿の反応と地域社会の力学
カドワラダー夫人は次にチェタム卿を訪れ、ドロシアの婚約の知らせを伝えた。チェタム卿はこの知らせに深く傷つき、カソーボン氏を「片足を墓に突っ込んでいる」と酷評した。
夫人は、チェタム卿にセリアへの関心を向けるよう示唆した。チェタム卿は当初、ティプトン・グレンジから遠ざかろうとしたが、結局訪問を決意する。彼は馬に乗って30分ほど反対方向に走った後、小屋について話すためにドロシアを訪ねるべきだと考え直した。
6-4:カドワラダー夫人の性格と社会的立場
カドワラダー夫人は、地域社会で重要な立場を占めていた。彼女の生活は農村的に単純であったが、高貴な血筋の親戚からの手紙を通じて大きな世界の出来事に強い関心を持っていた。それらの情報を正確に記憶し、皮肉を交えて再現する能力を持っていた。
夫人は貧しい者に対する同情心を持つ一方で、「卑しい金持ち」に対しては宗教的な憎しみに近い感情を抱いていた。彼女の性格は、リンのように活発で、鋭い観察力と批評精神、そして社会の秩序を維持しようとする強い意志によって特徴づけられていた。しかし、彼女の観察と解釈は時として粗く、顕微鏡で水滴を見るように、小さな出来事を大げさに解釈する傾向があった。
自身の結婚については、貧しい聖職者と結婚したことで、デ・ブレイシー家の中で憐れむべき存在になったと自嘲気味に語っていた。彼女の結婚への関与は、単なる好奇心ではなく、社会の調和を保つための行動だと自負していた。
カドワラダー夫人の夫である牧師は、皆を魅力的に感じる性格だった。カドワラダー夫人は、夫の性格を隠すために自ら皆を批判する傾向があった。
第7章:求婚とその後
7-1:カソーボン氏の婚約と学問への情熱
カソーボン氏はグレンジ邸で多くの時を過ごしていた。婚約により「全神話の鍵」の進捗は遅れていたものの、結婚生活への期待は尽きなかった。女性の付き添いで晩年を彩り、学問の疲れを癒したいと望んでいた。感情の奔流に身を任せようとしたが、それが意外にも浅いものだと気づかされた。
ある朝、ドロシアは夫への朗読のためにラテン語とギリシャ語を学びたいと申し出た。カソーボン氏はギリシャ文字を書き写す練習を提案し、ドロシアはこれを貴重な機会と捉えた。彼女は男性の知識を真理への道筋と考え、自身の無知から来る判断の揺らぎを克服したいと願っていた。
7-2:ブルック氏の女子教育観とカソーボン氏の音楽観
ブルック氏は、カソーボン氏がドロシアにギリシャ語を教える場面に遭遇した。彼は、深い学問は女性には過度な負担だと主張した。女性の心には軽やかさがあり、音楽や芸術を適度に学ぶべきだと考えていた。
一方、カソーボン氏は音楽を単なる騒音と捉え、娯楽とは見なさなかった。繰り返される旋律が言葉を踊らせる滑稽さを指摘した。ドロシアは荘厳な音楽への感動を語り、フライブルクの大オルガンの経験を共有した。
ブルック氏はカソーボン氏に、ドロシアをもっと落ち着かせるよう助言した。彼はこの結婚を良縁と確信し、カソーボン氏の司教就任の可能性も期待していた。
第8章:チェッタム卿の思惑
8-1:ジェームス・チェタム卿の葛藤
ジェームス・チェタム卿は、ドロシアの婚約後もグレンジへ通い続けていた。カソーボン氏が特別魅力的でないという事実が彼の不安を和らげていたが、完全には諦めきれずにいた。チェタム卿はドロシアが幻想に囚われていると考え、結婚を延期させるべくブルック氏に誰かが話すべきだと感じていた。
この懸念を抱えたチェタム卿は、カドワラダー牧師に相談した。しかし、牧師はカソーボン氏に問題はないと主張した。チェタム卿がカソーボン氏の年齢や外見、心の有無を批判したのに対し、牧師は彼の人格や正義感を評価した。
8-2:介入の是非と結果
カドワラダー牧師は、ブルック氏への影響力行使は不可能だと主張し、カソーボン氏の評判を落とす理由もないと述べた。牧師の妻も会話に加わったが、牧師の態度は変わらなかった。チェタム卿は介入の必要性を訴えたが、牧師は直接の責任がない以上、関与すべきでないと答えた。
結局、ドロシアの結婚に干渉することは不可能だと悟ったチェタム卿は、彼女の判断を尊重せざるを得なくなった。しかし、ドロシアが計画していたコテージ建設を継続することを決意した。これは彼の品位を保つ最良の道であり、地主としての義務を果たす姿勢でもあった。
この決断により、ドロシアはチェタム卿の誠実さを評価するようになった。一方、チェタム卿も次第にセリアに好意を示すようになり、ドロシアとの関係は変化していった。チェタム卿はドロシアとの会話に喜びを見出すようになり、彼女も彼に対して拘束されることなく接するようになった。
第9章:ローウィックへの訪問
9-1:カソーボン氏の邸宅、ロウィックを訪れるドロシア
ドロシアは叔父のアーサー・ブルックと妹セリアと共に、婚約者カソーボン氏の邸宅ロウィックを訪れた。この邸宅は古い英国式の建物で、小さな窓と憂鬱な雰囲気を持っていた。周囲には広大な庭園が広がっていた。ドロシアはこの家を気に入り、特に図書室の暗い本棚や廊下の古い地図、鳥瞰図に魅了された。
カソーボン氏はドロシアを丁寧に案内し、彼女の好みに合わせて部屋を選ぶよう勧めた。しかしドロシアは、カソーボン氏の好みのままにしておきたいと述べ、変更を望まなかった。この家が自分の妻としての人生の舞台となることに、彼女は喜びを感じていた。
9-2:ロウィック村の様子とドロシアの理想
一行が教会へ向かう途中、ロウィック村の様子について話が及んだ。カソーボン氏の助任司祭タッカー氏が、村人たちの暮らしぶりを詳しく説明した。村には貧しい人はおらず、子供たちは良い服を着て、少女たちは立派な召使いになるとのことだった。
ドロシアはこの話を聞いて少し落胆した。彼女はより多くの人々を助けられる、困窮した教区に住むことを望んでいたのだ。しかし、すぐにカソーボン氏との新しい生活に向けて、自分の考えを改める必要があると感じた。ロウィックの女主人として、まだ見ぬ義務を果たすことに期待を寄せた。
9-3:若き親戚ウィル・ラディスロウとの出会い
庭を歩いていると、一行は木の下でスケッチをしている若い男性に出会った。カソーボン氏は彼をドロシアに紹介した。ウィル・ラディスロウという名のこの青年は、カソーボン氏の遠い親戚だった。
ウィルは最初、ドロシアに対して好意的ではなかった。カソーボン氏と結婚しようとする彼女を、不愉快な女性だと決めつけていた。しかし、ドロシアの声を聞いた途端、彼の印象は一変した。彼女の声の美しさに心を奪われたのだ。
9-4:ウィル・ラディスロウの性格と将来
カソーボン氏はウィルの性格や将来について語った。ウィルは大学での勉強を拒み、特定の職業に就くことも望まなかった。代わりに、漠然とした「教養」を求めて海外を放浪することを望んでいた。
カソーボン氏はウィルの態度を批判的に見ていた。一方、ドロシアは彼に同情的だった。彼女は、ウィルの中に明確には分からない天職があるのかもしれないと考え、互いに忍耐強くあるべきだと主張した。この発言に対し、セリアは婚約したことでドロシアが忍耐を美徳と考えるようになったのだと皮肉った。
第10章:ラディスローの出発
10-1:ウィル・ラディスロウの旅立ちとカソーボン氏の不安
ウィル・ラディスロウは、ブルック氏の招待を断り大陸へ旅立った。カソーボン氏はこの事実を冷淡に伝えるのみだった。ウィルは天才は束縛を嫌うという信念から、自由な旅を選択した。彼は断食やロブスターを食べる、アヘンを服用するなど様々な経験を試みたが、独創的な結果は得られなかった。
一方、カソーボン氏は結婚を目前に控え不安を感じていた。長年の独身生活で蓄積された楽しみが結婚生活で花開くと期待していたが、現実は異なっていた。ドロシアが自分を必要としているほど、自分は彼女を必要としていないのではないかと懸念していた。しかし、この感情を他人に打ち明けることはできなかった。
10-2:ドロシアの期待と不安
ドロシアはカソーボン氏との結婚に大きな期待を抱いていた。彼女は氏の学識を通じて新たな知識の世界に導かれることを楽しみにしていた。特に「神話学全書」の著者としての彼に強い興味を持っていた。ドロシアにとって知識は行動の源泉であり、カソーボン氏ほど学識のある人物はいないと信じていた。
しかし、結婚を目前に控え些細な不安も感じていた。カソーボン氏がローマ旅行中に彼女の同伴者としてセリアを提案したことに対し、ドロシアは不快感を示した。彼女は氏の時間を邪魔したくないという思いと、二人だけの時間を大切にしたいという願望の間で葛藤していた。
10-3:結婚前夜の晩餐会での評判
結婚前夜の晩餐会でドロシアは多くの注目を集めた。出席者たちは彼女の美しさと気品ある態度に感銘を受けた一方で、カソーボン氏との結婚に疑問を抱く者もいた。
若い医師のリドゲイトはドロシアに興味を示しつつも、彼女を「少し真面目すぎる」と評した。彼は彼女を「良い生き物」としながらも、このような女性と話すのは面倒だと考えていた。チチリー氏はドロシアよりもヴィンシー嬢を好む旨を述べた。彼の好みは金髪で、特定の歩き方をし、白鳥のような首を持つ女性だった。カドワラダー夫人はドロシアがカソーボン氏を崇拝しているが、やがて彼を嫌うようになると予言した。
晩餐会ではリドゲイトの新しい医療アプローチについても議論があった。ブルストロード氏は新病院の運営をリドゲイトに任せたいと考えていたが、スタンディッシュ氏やヴィンシー氏など他の出席者たちは懐疑的な反応を示した。
晩餐会の終わりにはリドゲイトとドロシアが病院や慈善事業について熱心に語り合う姿が見られた。ドロシアは社会貢献に強い関心を持ち、リドゲイトの新しい考えに耳を傾けていた。
第11章:リドゲイトとロザモンド
11-1:リドゲイトの初印象とロザモンドへの関心
リドゲイトは、ドロシア・ブルックとは異なる女性に魅了されていた。彼女を「優雅そのもの」と評し、まだ恋に落ちたとは考えていなかったものの、結婚したい女性に出会えば独身でいる決意も揺らぐだろうと感じていた。若く貧しく野心的なリドゲイトは、すぐに財産を築くことより、多くのことを成し遂げるためにミドルマーチにやってきた。彼にとって妻を迎えることは、単なる装飾以上の意味があった。
11-2:ミドルマーチの社会変動
古い地方社会にも変化の波が押し寄せていた。社会的交流の境界線が移動し、相互依存の新しい意識が生まれていた。ある者は落ちぶれ、ある者は地位を上げた。政治的、宗教的な潮流に巻き込まれる者もいれば、予想外のグループに属することになる者もいた。市町村と農村教区の間に新たなつながりが形成され、貯蓄銀行が普及し、かつては遠い存在だった地主や男爵たちも、市民との付き合いの中で欠点を露呈するようになった。
11-3:ロザモンド・ヴィンシーの魅力
ロザモンド・ヴィンシーは、ミドルマーチ随一のレモン夫人の学校で最優秀の生徒だった。精神的な習得と言葉遣いにおいて模範的で、音楽の演奏も卓越していた。彼女の最初の印象は、多くの人々の偏見を払拭するに十分だった。馬車の乗り降りの仕方まで心得ており、リドゲイトはミドルマーチに来てすぐにこの魅力的な光景を目にすることになった。
11-4:ヴィンシー家の朝食卓での会話
ある朝、ヴィンシー家の朝食卓でロザモンドと弟のフレッドが言葉を交わしていた。ロザモンドは弟の遅い起床と食事の好みに不満を述べ、フレッドは軽くいなした。ヴィンシー夫人は45年の歳月も顔に刻まれない輝くような好意的な表情の持ち主で、息子たちに寛容だった。フレッドは前夜のプリムデイル家での夕食と賭け事について話し、新しい医師リドゲイトを「背が高く、浅黒く、利口で、少し気取り屋」と評した。ロザモンドはミドルマーチの若者たちに飽き、自分は地元の若者とは結婚しないだろうと述べた。ヴィンシー夫人はフェザーストーン氏の遺産相続の可能性に触れ、メアリー・ガースよりもロザモンドの方が相応しいと考えていた。
第12章:ストーン・コートへの旅
12-1:フレッド・ヴィンシーの窮地
フレッドは、フェザーストーン老人からの厄介な要求に直面していた。老人は、フレッドがブルストロードから借金をしているという噂について確認を求め、証明書を取ってくるよう命じた。フレッドはこの要求を拒否したいと思いつつも、家族間の関係悪化を懸念し、悩んでいた。
彼は自分の期待が小さなものに過ぎないことを自覚しつつも、それを手放すことに抵抗を感じていた。最近作った借金の返済にも頭を悩ませており、フェザーストーン老人がそれを肩代わりしてくれるかもしれないという期待もあった。老人は、フレッドに土地を相続させる可能性を匂わせていた。
フレッドは、叔父フェザーストーンの魂の底まで見通せると思い込んでいたが、実際には自分の欲望を相手に投影しているに過ぎなかった。この件を父親に打ち明けるべきか、それとも父親に知られずに処理すべきか、悩んでいた。ミドルマーチの製造業者の息子として生まれたことへの不満も抱えており、ブルストロードとの対話を嫌がっていた。
12-2:ロザモンドとリドゲイトの出会い
フェザーストーン老人の家で、ロザモンドはリドゲイトと出会った。到着前、老人はロザモンドに歌を歌わせ、その歌唱力を褒めていた。ロザモンドは、自然な女優のように振る舞い、リドゲイトの視線を意識して完璧に演じていた。老人の無礼な紹介を上品に受け流した。
リドゲイトが到着すると、彼はロザモンドの乗馬姿に感銘を受けた。彼が彼女の乗馬用の鞭を取って渡したとき、二人の目が偶然に出会った。リドゲイトは少し青ざめ、ロザモンドは深く赤面した。
ロザモンドにとって、この出会いは彼女が思い描いていた未来の始まりだった。彼女は常に、ミドルマーチの出身ではない恋人や花婿を夢見ていた。リドゲイトは彼女の理想に完璧に合致していた。外国人のような雰囲気を持ち、良家の出身で、才能があり、魅力的だった。
ロザモンドは、この出会いを恋に落ちる瞬間だと解釈し、リドゲイトも一目惚れしたに違いないと確信していた。既に、結婚後の生活や、夫の高貴な親戚への訪問などを想像し始めていた。自身の歌唱力がミドルマーチで最高だと自負していたロザモンドは、リドゲイトのような高貴な血筋の人との結婚を夢見ていた。
12-3:メアリー・ガースとフレッドの関係
メアリー・ガースは褐色の肌をした平凡な容姿の少女で、背も低かった。彼女の際立つ特徴は、正直さと真実を語る公平さだった。メアリーは幻想を作り出すことも、自分のために幻想に耽ることもなかった。
メアリーはフレッドに対して複雑な感情を抱いていた。フレッドの欠点を認識しつつも、彼が自分に親切にしてくれる唯一の人物だと感じていた。一方で、フレッドが聖職者になることには反対していた。メアリーは、フレッドが聖職者としての適性を欠いていると考えていた。
ロザモンドとメアリーの会話では、二人の価値観の違いが明らかになった。メアリーはリドゲイトの外見を詳細に描写し、彼を「尊大な態度の男性」と評した。また、フレッドについては「不安定」だと語った。
帰り道でのフレッドとロザモンドの会話で、フレッドはメアリーの言葉について尋ねた。ロザモンドは、メアリーがフレッドを「不安定」だと言ったことを伝え、さらにフレッドが求婚しても断るだろうと付け加えた。これに対しフレッドは、そもそも求婚していないと反論し、メアリーの言葉はロザモンドが挑発したために出たものだと主張した。フレッドは、メアリーを「最高の女の子」だと評価していた。