イスラエル政府による積極的なスタートアップ支援
イスラエル政府による積極的な政策も、イスラエルスタートアップ躍進の大きな要因となっている。1990年までのイスラエルは、既に世界的に最先端の技術を持っていたにもかかわらず、それらの技術を商業的に価値のある製品にするためのノウハウや市場開拓の実務知識が欠如しており、後期開発段階における資金調達もうまくいかなかったため企業が成長しない状況になっていた。
外国VCを惹きつけたYozma Program
政府は、民間のVCを成長させることが産業を発展させる最も近道であると考え、豊富な資金及び市場開拓・経営実務能力を持ち、ハイリスク研究開発への投資が可能で、かつ国際市場へのアクセスを有する海外の民間VCを誘致することにした。そして、1993年に ヨズマプログラムと呼ばれる、政府主導の民間VC育成プログラムを開始した。このプログラムでは、政府が1億ドルを用意し、民間 VC に約8割を投資し、スタートアップに残りの約2割を直接投資した。また、同プログラムでは、仮に投資が成功した場合には、数年後以降に民間VCが政府の保有部分を安く買い取れるように設計されており、海外からの投資に伴う税制優遇の制度の助けもあり、多くの実績ある外国VCを惹きつけることに成功した。これによって、外国の資本をイスラエルに呼び込むだけではなく、事業化のノウハウをイスラエルエコシステムに定着させることができた。CB Insightsによれば、イスラエルは、グローバルテックハブ6都市の中で断トツで海外投資家による投資の割合が高くなっている(2012年から21017年に行われた投資における海外投資家の割合は、テルアビブ71%、ロンドン44%、シリコンバレー24%、ニューヨーク20%、ボストン16%、LA14%)。
OCS、IIAの手厚いサポート
これとは別の制度として、OCS(Office the Chief Scientist)が1991年に始めた、テクノロジロジカル・インキュベーターズ・プログラムもイスラエルのテクノロジーが発展するのに大きな役割を果たしている。このプログラムは、特にリスクの高い分野のテクノロジーについて、研究開発・初期の運営をするための資金等を与え、当該スタートアップが利益を上げるようになった場合にのみ、数%のロイヤルティを徴収するというもので、リスクの高い分野のスタートアップが成長するのを促進し、大きな成果を収めた。OCSの後継のIIA(Israel Innovation Authority)も、引き続きIncubators Incentive Programという形でプログラムを継続させており、同プログラムでは、インキュベーターによる支援・メンタリングとともに、認可プロジェクト予算の85%の資金援助を受けられ、インキュベーター運営者は、プロジェクト予算の15%のみの出資で上記の政府補助金を得ながら50%までの株式取得が可能である。
その他の政府による優遇措置
政府による優遇措置には、R&Dに特化した研究開発奨励のプログラムや外国からの投資、アーリーステージのスタートアップへの投資等に対する優遇税制等もあり、イスラエルのスタートアップの発展に大きく寄与した。
たとえば、特定の開発区域に所在し、国際競争力がある企業は、認可された固定資産への投資額の20%の助成金を受領することができる。また、R&D助成制度として、産業R&D、国際協力R&D、産学R&Dなどに係るプログラムを通してR&D拠点費用などを支援している。さらに、税制優遇としては、R&D費を所得から控除する、R&Dの初期段階にある企業に投資する個人投資家の税制優遇、知的財産を活用する企業、特に技術系企業を対象とする税制優遇などがある。
各分野における最近の政府の支援
フィンテック・サイバーセキュリティ分野では、2019年3月18日には、財務省、イノベーション庁、国家サイバー総局が、砂漠地帯でありながら、大学、国防軍の技術開発拠点、リサーチパーク、企業の研究拠点が集まる、南部のベエル・シェバにおいて、フィンテック・サイバーセキュリティ分野でのオープンイノベーションを実現する研究所を設置するプロジェクトについて、募集を開始した。同プロジェクトでは、選ばれた企業は、3年間の運営許可及び研究所開設・維持費として最大約1億7000万円までの助成金が与えられ、サイバー防衛の最先端組織であるCERT(Computer Emergency Response Team)のデータや知識も利用することができる。
ヘルスケア分野では、”National Digital Health Plan”を策定するなど、サイバーセキュリティに続き「デジタルヘルス」を国家戦略の中核に掲げ、
テクノロジー開発、データ研究等を推進している。また、イスラエルでは、過去20 年以上の患者データがプライバシーやセキュリティーを守りながら全国で利用できるデジタル基盤として整えられており、政府は、当該患者データの活用推進にも積極的である。18年3月には、予防医療や個別化医療の発展に向け、国民のヘルスケアデータを研究や製薬に利用することを許可した。このほか、イノベーション庁を中心に、この分野での技術革新に向けた様々な企業支援策を打ち出している。
農業技術分野では、19年2月、農業・農村開発省とイノベーション庁が、アグリテック企業に対する支援策に6億円強の予算を用意し、研究開発補助、海外での実証補助などを発表した。
最後に
以上のとおり、イスラエルスタートアップエコシステムは、政府主導で発展してきた側面が強い。日本スタートアップエコシステムが今後更に発展していくためには、国内外機関投資家マネーを誘因するという観点からもイスラエルのこれまでの制度が参考になると考えられる。
ご不明な点等がございましたら、是非ご連絡いただけますと嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
田中真人
Email: matanaka@tmi.gr.jp
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?