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暴君・金田

「ふざけるな! お前の仕事だっ!」
 激昂した社長の金田が怒鳴る。周囲の従業員は我関せず、この男が喚き散らすのは会社の日常だ。
「私は会社の法定代理人ではないので、残念ながら責任を負えません」
 嫌味を込めて説明した。
「書類にはお前がサインしているだろ!」
 小悪党の金田は責任回避のため、俺に馘首手続き書類に署名させる。それで免責される訳もない。浅はかだ。
「坂本、お前が対処しろ!」
「訴状の宛先が社長です。どうにもなりません。私は通訳として同席も出来ない」
「どう言う事だ?」
 裁判所認定でないと法廷通訳業務は出来ないと、噛んで含めるように二回説明する。
「ルーベンをクビにする時、こうなる危険性は説明しました。法的には完全に不利です」
 訴状を見て、俺は特に感慨を覚えなかった。あれだけ従業員を感情的に怒鳴り散らせば、いつこうなってもおかしくない。経理責任者として雇用したルーベンなら訴訟くらい軽くこなせる。有能でプライドが高く杓子行儀な彼は、踏むべき手順を無視し好き勝手な仕事をする金田と頻繁に衝突した。俺とはウマが合い、上司の悪口をツマミに酒を飲んだことも一度や二度ではない。金田によるルーベン追放計画を、俺は事前に彼に知らせた。備える時間は充分、必要な証拠を握った上での訴訟だろう。
「不要な人間をクビにしただけで、なぜ訴えられなきゃならん?」
「裁判でご主張ください」
 ヒステリー男の相手に飽きた。
「心情的には、彼に与します」
「メキシコ人の味方をするのか?」
 金田が文字通り、わなわなと震える。目から怒りのレーザーが出そうだと考えた俺は、笑いを堪え難くなる。
「何がおかしい!」
 バレた。
「刑務所ではケツの穴のご健康を。メキシコには割と男色家が多いので」
 軽口に金田は蒼白になる。若く見られがちな東洋人顔に鍛えられた小柄細身の体、本当に同房者から人気になるかもしれない。
「差し入れはローション…

【続く】


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