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謎のムムリク族

*この話は結論のない話です
*2022年10月31日にとあるきっかけで詳しいお話を伺うことができたため、最後の方に追記をしました



スナフキンはムムリク族である。

これはムーミンファンにとってかなり有名な話だと思います。
厳密にはムムリク族とミムラ族とのダブル。

 ではそのムムリク族の根拠は何かというと、それも日本ではハッキリと分かっています。
 ムーミンシリーズでスナフキンが初登場する本、「ムーミン谷の彗星」で、はっきりと「いっぴきのムムリク」と描かれているのです。

スナフキンとムーミントロールが出会うシーン。はっきりと「いっぴきのムムリク」と書かれている

なのでスナフキンはムムリク族!少なくとも日本語版では!

なのですが、そこで一つ引っかかる部分が。

実はスナフキンがムムリクだということに触れた本は(私が知る限り)「ムーミン谷の彗星」以外にないのです。おまけに公式でもムムリクに関して触れられることは一切ありません。(もし触れられていたらすみません)

 おまけにややこしい事実がまたひとつ。
 原語版のスナフキンの名前が「snusmumriken」。snusは嗅ぎタバコ、そしてmumrikは「野郎」らしいのです。スナフキン(Snufkin)はそれを英語に置き換えてもじったもの。日本は英語版を採用したということです。
 ん?つまりムムリクは種族名ではなく、「野郎」のこと?スナフキンは名前ではなく、嗅ぎタバコ野郎ってこと?
 実際、ウィキペディアによると日本で初めて「ムーミン谷はおおさわぎ」と言うタイトルで和訳されたムーミンでは、スナフキンは「かぎタバコ屋くん」と言う名前だったそうです。

 結局ムムリクって何なの?種族なの?それともただの「野郎」なの?
気になってしょうがなくなり、調べてみました。


英語版ムーミン谷の彗星ではスナフキンが種族名!?

さて、問題は私はスウェーデン語が一切分かりません。読むこともできません。 
 なのでかなり横着して、日本語以外…、と言っても英語がどうにか読める程度なので、英語圏ではムムリクがどう捉えられているのか調べてみました。

 まず買うのは、英語版「ムーミン谷の彗星」こと、「Comet in Moominland」
Kindle版で購入しました。

電子書籍は便利ですね。買ったそばからすぐに読める。
 早速読み始めたところでまず気がついたのが、私が読み馴染んでいた日本語版と話がだいぶ違うということ。英語版ムーミン谷の彗星は、日本語で読めるなじみの1968年版ではなく、初期の1946年版の「ムーミン谷の彗星」から英訳されていたのです。

 実は「ムーミン谷の彗星」は1946年に初版が発行されたあと、1956年、1968年と2回ほど書き直されています。
 日本語で読めるのは1968年に書き直されたバージョン。一方で英語では最初のバージョンが読めるのです。
 内容も大筋は同じですが、かなり違う部分も多く、スナフキンのちょっと意外な一面もあり、スナ推しとしてはかなり萌える要素が多くなっています。なのでスナ推しの方はぜひ初期バージョン(英語版)を読んでみてください。読みやすい英語なので、高校レベルの英語力さえあればさくさくと読めます。ただ、あくまでもキャラがあまり定まっていない頃に書かれたものだということを念頭に入れて読んでください。

 話がそれましたが、その「初期版ムーミン谷の彗星」の英語版では「ムムリク」はどういう扱いなのかと言うと、

音楽が止まり、ハーモニカを持ってテントから出てきたのはいっぴきのスナフキンだった。

 いきなりスナフキン!?ムムリクじゃなくてスナフキン!?冠詞がつくということは、一般名詞ということ。つまり初期版の英語版ではスナフキンが種族名なのです。
 さらにややこしいことにその「スナフキン」自身は自分の名前を名乗ることはなく、そのままスナフキンがその「スナフキン」の名前として定着します。まあ種族名がそのまま人名扱いされるのはムーミンではよくあることですが、英語版スナフキンのように冠詞まで消えるのはなかなか珍しいです。

種族名が名称扱いになるのはよくあることだが、スナフキンの場合は冠詞も消えている。それにしてもノリノリのスナフキンである


 ちなみにスナフキンの名称は「ムーミン谷の彗星」以前にも登場します。ムーミンシリーズの原点、「小さなトロールと大きな洪水」では、ムーミンたちがたどり着いた塔に住む少年が、「塔にはスナフキンも来た」と言っています。
 おそらくここでいう「スナフキン」は種族名としてのスナフキンでしょう。他にもスノークやヘムルといった、後に登場する種族も訪れていたようです。

少なくとも英語版ではここで言及されるスナフキンは種族名のようです


 要するに初期版の英語版ムーミンではスナフキンはスナフキン族ということになるわけです。
 では英語版の1968年版(改訂版)はどうかというと、なんと改訂版はいまだに英訳されていないんだとか。つまり英語圏ではスナフキンはスナフキン族のままだということになります。
 ところが英語圏でもどうやらスナフキン=ムムリク族というのがそれなりに知られているようなのです。

英語版Wikipediaのスナフキンの項目では
スナフキン(ファンによるムムリクがより一般的)

種族:スナフキン(ファンによるムムリクがより一般的に知られている)


 そしてよりオタッキーな(そして信頼度がさらに低い)ファンダムウィキにはムムリクの独立項目がありました。

(ムムリクの初登場巻を、ミムラとのミックスであるスナフキンが登場したムーミン谷の彗星ではなく、その父親のヨクサルが登場した「ムーミンパパの思い出」としているあたりが、こだわりの強い記事である)

 つまり英語圏でも、少なくともファンの間では、ムムリクというものが種族名だということになっているのです。
 なぜ英語圏ファンダムの間で英訳されていないムムリクの方が有名になったのかは不明ですが、まあおしなべてファンダムというものはそういうものです。

 そしてファンダムウィキによると、「ムムリク」の言葉は改訂版で初めて出たものだそうです。

 日本語版は改訂版を翻訳したものなので、「ムムリク」と言葉が出てきたわけです。


分からないスウェーデン語

 それではスウェーデン語ではどうなのでしょうか。
 今ではスウェーデン語版も日本と同じ改訂版の方が主流になっているそうです。つまりここに「ムムリク」の源流があるはずなのです。
 なのでまったくスウェーデン語が分からないのにもかかわらず、買っちゃいました

スウェーデン語版!!

水彩で描かれたイラストと、紙の質感の調和がとても美しい本です。

わ、分からん…!!

 とりあえず文法はel.minoh.osaka-u.ac.jp/flc/swe/index.htmを参考にして、単語はGoogle翻訳で典→英したりhttps://svenska.se/で調べつつ、
 そして該当箇所を読んだら、
ムムリク表記出たー!!

Musiken tystnade.(music fell silent)音楽が静まった。
och ut ur tältet kom en mumrik(and out from tent come a mumrik)テントからひとつのムムリクが出てきた。
Hej, sa mumriken.(Hello,said the mumrik)こんにちは、とそのムムリクは言った。

セリフに「」や””のような引用符がないのが読みづらい。

 ちなみにen 名詞だと、未知形(英語で言うaに近いらしい)、名詞enだと既知形(英語で言うtheに近いらしい)になるそうです。最初のen mumrikは謎のいっぴきのムムリク、それ以降のmumrikenは、そのムムリク、と言う感じになるのでしょうか。

そして、mumrikの意味をスウェーデン語の辞書で調べると、

1: (kudde an­vänd vid gren­hopp(高跳びのクッション)
2: underlig person(妙な人)
と言う意味になるそうです。

 さて、原語版でのムムリクの表記も確認し、mumrikの意味も調べました。

 ところが問題があります。

 自分がスウェーデン語をまったく理解していないため、結局作中のmumrikというものが種族名という扱いなのか、それとも「妙な人」なのかクッションなのかが結局不明なのです。
 要するに原書を読んだところで、最初からまったくなんの解決にならないということです。

ネットでのスナフキンとムムリクの扱い

さて、ムーミンの作中におけるムムリクというものに関しては、そもそも筆者がスウェーデン語を理解できていないため、結局何なのかわかりませんでした。

そんじゃあネット上でのスナフキンはどういう扱いなのかと検索してみると、スウェーデン語版ウィキペディアのスナフキンの項目によると

Ras:Mumrik 
種族:ムムリク

種族、ムムリクになってる!!

と言うことはスウェーデン語圏でも一般的にはスナフキンはムムリク族という扱いということでしょうか。

ちなみにムーミン公式サイトのスウェーデン語版でもやはりムムリクについては言及されていないようです。

ヨクサルはヨクサル族?

ところがまた問題が一つ発生します。スナフキンの父親のヨクサルについて。
「ムーミンパパの思い出」でヨクサルによるこんな発言があります。

「ときどきあたらしいヨクサルが生まれてきて、そのオレンジを食べる」

英語版でもこうです

and then a new Joxter is born to eat them and smell

さらに言えば、ヨクサルの英語名は「The Joxter」冠詞がついているので、種族名が名前だと考えることもできるのです。

つまりヨクサルはヨクサル族で、その息子であるスナフキンは新しいヨクサルで、つまりヨクサル族とミムラ族とのハーフ…?
あれ?じゃあムムリク族は?

さあ、ややこしいことになりました。スナフキンがムムリクだというのは、少なくとも日本語版及びスウェーデン語版「ムーミン谷の彗星」ではっきりと言及されています。ところが今度はヨクサル族であるとも言及されてしまっているのです。
もうわけ分かりません。

スナフキン以外のムムリク族

実はムーミンシリーズではスナフキン以外のムムリク族の存在が示唆されています。
「新版ムーミン谷の夏まつり」で歌われる「すべての小さな生き物たちは、しっぽにリボンをつけなくちゃ」にこのような歌詞が入っています。

ムムリクの家のまわりには 赤いチューリップがゆーらゆら

実はこれ、旧訳版ではムムリクの表記はありません。より原語に近い新訳版になって付け加えられたものです。

そしてスウェーデン語版ではこのような歌詞に

Röda tulpaner kring mumrikens hus,

確かにムムリクの表記があります。そのことから、スナフキン以外のムムリク族の存在があると考えられます。


スナフキンの名前Snusmumurikenについて

 さて、今度はスナフキンの名前に関してですが、スナフキンのスウェーデン語名がSnusmumurikであること、その語源が嗅ぎタバコ(Snus)野郎(mumrik)というのも最初のほうで言及した通りです。
 ではそのSnusmumrikenが個人名なのか嗅ぎタバコ野郎という意味なのかについてですが、これに関しては本人が「僕はSnusmumrikenだ」と名乗っていますので、Snusmumrikenが彼の個人名だと思っていいかもしれません。もっとも-enが付いているので、通り名を自分で名乗っていふ可能性もありますが。

Jasså?sa mumriken och tittade på dem.Jag är Snusmumuriken.(Yes?said the mumrik and looked on them. I am the Snusmumurik)そう?そのムムリクはそう言って彼らを見た。僕はスヌスムムリケンだ。


結論

・「ムーミン谷の彗星」には、1946年版、1956年版、1968年版がある。
・「ムムリク」の表記は、1968年版「ムーミン谷の彗星」の日本語版、原語版および、「ムーミン谷の夏まつり」の新訳日本語版、原語版に確実に記載されている。
・1946年版の英語版には、「ムムリク」の表記はなし。その代わりスナフキンが種族名的な扱いになっている。
・mumrikには「underlig person(妙な人)」の意味がある。
・作中の「mumrik」が、種族を表しているのか、それとも「妙な人」のことなのかは筆者の語学力不足により不明。ただしスェーデン語Wikipediaでは種族名だと認識されている。
・スナフキンの父親はヨクサル族の可能性あり。
・スナフキン以外のムムリクの存在も示唆されている。
・Snusmumrikenは嗅ぎタバコ野郎という意味もあるが、本人が作中で名乗っているため、多分個人名だと思う。
・英語版は新版が英訳されていないため、英語圏ではスナフキンの種族はスナフキン族のまま。ただし、ファンダムによるムムリクがより一般的。
・小説以外の公式でムムリク族に言及されることはあまりないが、ファンダムレベルでは英語圏、スウェーデン語圏、日本においてスナフキンはムムリク族という扱い。


 いかがでしたでしょうか。結局なんなんだよ!と思うとおもいますが、正直私自身もよくわかりませんでした。
 とりあえず最低限やるべきことは、スウェーデン語を勉強することでしょうね・・・。

 個人的に初期バージョンのスウェーデン語版では、英語版と同じようにスナフキン(Snusmumriken)はen snusmumurikとして登場したのかが気になるところです。しかしスウェーデン語版の初期版は既に絶版になっていて、ヴィンテージものになっているそうなので、さすがにそこまで手が出せる気がしません。
 あと日本で初和訳されたという「ムーミン谷はおおさわぎ」も一度読んでみたいですが、こちらもなんと万越え・・・高い・・・。

 最後に、ムムリクについて自分なりに調べてみた結果、結局「よくわからない」という結論に落ち着きました。
 もっとも、そもそもムーミンにあまり明確な設定などはないでしょう。小説シリーズを読んでいると緩やかに話のつながる部分があったりするかと思うと、え?これは前の話と矛盾してない?と思う部分も多々あります。種族に関して言えば、ムーミンの登場人物はキャラ名=種族が大半です。というか、属性的なものをそのままキャラクターの名前にすることは欧米におけるファンタジー物語ではよくあることです。
 コミックスまでに広げると、これまた小説とは全く違うタイムラインで話が進んできます。正直あまり深く考えても無駄かもしれませんね。
それでもなんとなく白黒つけたいのは、設定厨のサガなのでしょうかね。

参考文献

・書籍:ムーミン谷の彗星(日本語版)
・書籍:Comet in Moominland(英語版)
・書籍:Kommeten Kommer(スウェーデン語版)
・書籍:ムーミンパパの思い出
・書籍:The Exploits of Moominpappa
・書籍:Moominpappa’s Memoirs
・書籍:新版ムーミン谷の夏まつり(日本語版)
英語版Wikipedia「Snufkin」
ファンダムウィキ「Mumriks」
スウェーデン語版Wikipedia「Snusmumriken」

追記(20231102)

とあるきっかけで、ムーミン公式サイトのライターの萩原まみさんに詳しいお話を伺うことができました。

ひとつ補足すると、現在、日本の公式では「ムムリク族」は否定されていて、ヨクサルとスナフキンを種族名でくくることはしていません。

『ムーミンマグ物語』を作ったとき、校閲さんから「スナフキンがミムラ夫人とヨクサルの子なら、なぜミックスではなくムムリク族?」という指摘があって、『ムーミン谷の彗星』の出会いの場面に「ムムリクがあらわれた」という表現がある、という理由で「ムムリク族」としたんですよね、当時は。

簡単に、日本公式から「ムムリク族」が削除された経緯をお伝えしますと、2019年にサイトのリニューアルをした際、本国のキャラクター紹介を下敷きにする形でわたしがリライトをかけました。その際、当時の社長から「ムムリクは野郎という意味だから野郎族っておかしくない?」という話があり→

→識者にもご相談の上、「種族名ムムリク」という記載をなくしました。となると気になるのは、そもそも日本でムムリク族と言われるようになったのはいつなのか? 『ムーミン童話の百科事典』にもそのような表現はなかったので、古い資料をあたってみます。少しお時間ください。

また、新版の翻訳監修の畑中麻紀さんのnoteが更新され、ムムリクの翻訳についての記事が公開されました



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