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ミロンガのカベセオは狩なのだ 〜踊る中年の密やかなる戦い〜

アルゼンチンタンゴを踊りに行く場所をミロンガと言う。わたしが好むブエノスアイレスの夜のミロンガは、スタートが22時、23時だ。そこから夜中の2時、3時まで踊る。

ミロンガに出かける日は、早めの時間に軽く何か食べて、少し仮眠する。そうじゃないと身体がもたない。その後、シャワーを浴びてその夜のドレスを選ぶ。

何故か雨が降っていると水玉模様が着たくなるのだけれど、一度、水玉女子ばかりのミロンガで気恥ずかしい思いをしてから、雨の水玉誘惑には負けないように気をつけている。同じドレス屋さんで買い物をした友達と一緒の時も、かぶらない予測をしながら選ぶ。ミロンガに到着してから、やらかした〜と気付くと、そこから気持ちを上げるのは中々大変なのだから。同じ土俵に立って負ける勝負になるよりは、最初から負けの無い他の土俵に立つ道を選ぶ。

ドレスが決まったら、それに合わせてタンゴシューズを選ぶ。初心者の頃は黒が一番合わせやすいと信じていたけれど、靴屋で短期間働いた時に思い込みはガラリと変容した。いまは、ヌード、シャンパン、赤、シルバーに、時々黒。

最後に愛用のゲランをつけて出陣。タンゴ女子にはあまりメジャーな香りではないようで、よく銘柄を聞かれる。隣に偶然座る事になったミロンゲーラ(ミロンガに踊りにくる女性)との会話は、香水がきっかけになる事が多い。熟した感じの香りが、今の年代の自分には似合っているような気がしている。

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たまにミロンガ前に外食の誘いがあると、今夜はあんまり踊らないと決めて出かける。食べ過ぎて身体が重いから踊れないとか、そういう訳じゃないのだ。踊る踊らない以前に、カベセオが出来ない。

カベセオは、ミロンガにおいて男女が誘い合って踊り出す為の目配せの事だ。音楽が始まると同時に、ダンスフロアを挟んで遥か遠くからでも、お互いに目を合わせて「踊らない?」「踊りましょう」を仕草だけで合意し合う。

これはわたしにとっては『狩り』の要素が強い。集中力を高めて状況を把握し、狙いを定めて、視線を飛ばす。若い可愛子ちゃんでもなければ、踊りが上手いダンサーでもない、中途半端な中年ミロンゲーラなのだから、カベセオで勝ち抜くには、それなりの努力が必要なのだ。お腹を空かせた虎が子鹿を狙うが如くの闘いだ。しかも虎より苦労が多いのは、ヨダレとか死闘感とかを丸出しにするわけにはいかない。気取ったサロンの中では、それをあくまでも優雅で、ゆとりの様相でやるのだ。

この一連のカベセオ争奪戦、美味しい晩ご飯の後の満足状態だと、まったくもってアンテナが鈍い。そもそも狩りをする気になれない。

そんな日のミロンガは、女友達とのおしゃべりを楽しむにかぎる。お腹がポッコリ出ても目立たないドレスと、沢山踊ると足が痛くなるという理由で出番の少ないタンゴシューズを選択。お腹ペコペコで玄関を出る。

戦いを放棄して、気持ちゆるゆる、聴くタンゴ。これもまたご機嫌な夜に違いない。


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Sumiko K @アルゼンチン⇔北海道
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