映画「るろうに剣心 The Final」の幾つかの推察
※本編ストーリー展開の詳細な説明は避けて居りますがネタバレがありますのでご注意ください。
「明治十二年」
この白字で画面恥に表示される大河ドラマやスペシャルドラマ、喩えるなら坂の上の雲のような冒頭の字幕に興奮する。興奮する点が早い。
さて、この映画シリーズは原作を軸としながら独自の展開キャラ造形をしていてそれが成功している。そうして映像化するにあたって原作で描かれていない部分の時代考証が素晴らしい。
まず冒頭の横浜新橋間に列車が到着する場面。
女性の声で「気をつけてくださいよ」とまぁ列車の乗降にはありがちな声がかかる。よくある車内と駅の雑踏。その次に呼ばれた人名が問題なのである。
「林太郎さん」
「林太郎さん!?」ただの偶然かもしれない、だが画面には幼い男児を連れた女性の乗客のみ。この時代で林太郎と言えば、知名度のある人物は森林太郎、後に文壇に名を成し、軍職においては軍医総監にまでなる、かの森鴎外である。だがこの当時、彼は既に二年前の明治十年に帝大医学部の本科生となっているで画面に映るとすれば(彼は年齢を二歳程盛っているが)青年であるはずだ。だが画面に映っていたのは幼い男児を連れた女性客。そう言えば、彼の弟は、と思えば慶応三年(1867)生まれの弟、篤次郎がいる。明治十二年(1879)には十一歳。これくらいの年嵩の子は映っていたかもしれない。森一家は雪代縁の大捕り物が発生していたこの列車に乗っていた?かもしれないのだ。無事降車出来て良かった。(感情移入の点がおかしい)
そう言えば駅に列車が着く場面で思い出したが
「石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓(つくえ)のほとりはいと静にて」との冒頭で始まる小説がある。何を隠そう、森鴎外の「舞姫」である。まぁこの小説の場合の石炭は船の燃料の為の石炭で中等室というのも船の客室であるのだが、この”動”を感じさせる冒頭、まさかと思うのは穿ち過ぎだろうか(穿ち過ぎである)
この映画の「リンタロウ」さんが「森林太郎」である可能性は他にもあるが後に述べたい。
ところで、漫画以上に映画にする点で時代考証の作り込みが凄まじいと言うのは藤田五郎を始めとする警察官(当時は巡査と呼称)たちの衣装にも如実に現れている。
まずは冒頭から前半。明治八年に制定された服制を纏っていると思われる。その中でも藤田五郎は原作らしい着崩し方でオーラを放った着こなしだ。そして大警視の原作では川路利良となっているのでここでもそうであろう人物。この明治八年制式の襟章そのものである。もう変な声でるよね(映画館では出してないが)考証の作り込みよ。
警部巡査征服提灯相定 (明治八年十一月十二日)https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C07040038700
そしてさらに、である。
作中で巡査(この当時警官の事は巡査という)の制服がダブルボタン式になる場面がある。これは明治十二年この作中の年の六月に制服の変更があった為だ。この服制改正をきちんと再現している。いや何これ。明治十二年と言う一年の年月の経過を、季節の移り変わりや風景の変化のみならずこんなところでもきっちり描き出している。勿論藤田五郎はちゃんと原作を元にした制服のままだが。なにこれ。
巡査服制の達(明治十二年六月十七日)
https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C07040055000
この作り込み。さすがです。
さぁ、この映画シリーズと言えば派手な演出と再現性の高いアクションの戦闘シーンだが、ここまで派手に帝都東京が幾度か爆発炎上する事あるかっていうくらいである。京都大火編見たくなったね!!ヤバい前作見たくなったしこれももう一度見たいよね!!
そう言えば「リンタロウ」さんどうしてるんだろうね・・・と思ったら年は明治十二年から一年経ち二年経った明治十四年、三月に彼を悲劇が襲う事となる。彼は十三年に本郷の竜岡町の上条と言う下宿屋に移住しているのだが、この明治十四年にこの下宿屋は火災に会い、林太郎さんも焼け出されている。
ところで映画の作中で燃えまくっとるやないか、東京。東京が物理的に炎上する場面は派手派手である。
ところで林太郎さん、映画の中に登場するり「リンタロウ」さんが、森林太郎さんだとしたら、幼い弟が居て母に引き連れられて冒頭で列車を降りた林太郎さん、雪代縁の巻き起こす一連の人誅騒動の余波で、帝都のかなりの範囲が大爆発していたので火災の憂き目に遭っていても整合性がとれる(やや強引だが)いや、これはただの偶然であり、「リンタロウ」さんが「森林太郎」さんでないかもしれないがそう言う事もあるなと言う事だ。
これはあくまでも推察であり映画の作中の公式見解とは異なります。ただ明治十二年に林太郎さんはいます。そう言えば、原作でも何かと剣心を頼りにする山県有朋卿ですが、後に林太郎さんを見いだし陸軍内部で重用しますよね。まさか、ね。
推察の域を出ないけれど、こういう穿った見方も出来ると言う話。巡査の服制の改正は本当に作中で変化しているので見て欲しい。
さて、参考にさせていただいたのは勿論アジア歴史史料センターの以下の資料である。
警部巡査征服提灯相定 (明治八年)https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C07040038700
巡査服制の達 (明治十二年)https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C07040055000
森林太郎の年譜は此方より抜粋させていただいた。
ビギナーズ・クラシックス 近代文学編『鴎外の「舞姫」』角川書店編