『海に眠るダイヤモンド』、あまりに美しい物語の終結
9話・最終話を観てから二夜。思い出せば涙が溢れる熱さが残るうちに、感動を言葉にしておきたい。
心揺さぶられたシーンは数え切れない中、いちばん辛かった場面と深く心に響いた場面をもう一度じっくり味わってみた。
希望を失うとき 〜朝子とハルのシーン〜
端島から鉄平らが消えた後、「あの夜」の約束について朝子がハルに打ち明けるシーンは、観ていて最も心が痛んだ。
突然の失踪から1ヶ月、鉄平とリナは駆け落ちしたというのが、島の皆の認識だった。周りを気遣い、幸せを外に漏らさない朝子だったからこそ、二人の関係の証拠は人々の記憶の中に残されていない。島民の言葉や噂は、無知ゆえの残酷さを帯びて朝子の心を弱らせ続けた。
しかしそんな中でも、自分だけが知る鉄平の顔や言葉があるからこそ、朝子の心にはまだか細い希望が残されていたと思う。きっと何か事情があるはず、いつか戻ってきて、「必ず」の言葉の続きを果たしてくれるはず…。そう思えることが、壊れる寸前の朝子の心をなんとか保つ、唯一の支えだったのではないか。
朝子とハルのシーンは、そんな小さな希望の火が儚く消える瞬間を描く。
「訳が分からんやろうけど、ごめんなさい 許して」
ハルの言葉で、朝子は嫌でも悟っただろう。鉄平らの失踪には何らかの理由があり、自分はそれを知り得ないということ。そして、事情を知るハルの謝罪は、もう元の幸せは戻らないことを意味するということ。
たとえ可能性はわずかでも、抱ける望みがあるということは、人の心の支えになる。それが断たれたという事実を受け止め、消化するのには時間がかかるものだ。日没後、夜の闇が時間をかけて空を覆うように、絶望はゆっくりと心を染めてゆく。謝罪を受けた朝子の表情、廊下を歩く足取り、階段に座り込む後ろ姿。その全てが、あまりにも雄弁に彼女の心を物語っていた。
本ドラマには、端島で生きる彼ら彼女らの行く末を、2018年の視点を持つ視聴者がすでに知っているという構造がある。朝子と鉄平のその後が分かっているからこそ、私も自然と抱く「もしかしたら」の希望は、直後に自ら否定することになり、これが一層このシーンを辛く経験させた。
そして、少し視点を変えてハルに焦点を当てると、また違った心苦しさがある。我が子を次々と失い、夫にも先立たれたハルにとって、家族の血を継ぐ誠の命はかけがえのないものだった。誠の健やかな成長を願う気持ちから、鉄平にはリナと一緒になることを勧め、結局鉄平は誠のために自由を失ってしまった。しかし、息子には心から想う人がいたのだということを、ハルはここで初めて知るのだ。朝子が言う、ずっと前からの二人の約束は、自分のせいで阻まれ、果たされることがなくなってしまったのかもしれない…。それでも、きっとハルは自分の選択を後悔していない。鉄平と朝子に対して申し訳なく思いつつも、自分の最優先はやはり誠なのだ。だからここで朝子に真実を伝えるわけにもいかない。そんな自分を、許してほしい…。
「ごめんなさい 許して」の言葉を、朝子は、ハルが鉄平に代わって謝っているものと受け取っただろう。しかしこれは、一人で複雑な思いを抱えるハル自身の言葉でもあったのではないか。
割り切れない思いを抱えて生きる 〜鉄平と和尚のシーン〜
不幸や悲劇のもとを辿る道には、何の悪意もない誰かの言動が落ちているものだ。選択や出来事の連鎖が紡ぐ時間の中で、すべてに繋がりを見出すことだってできてしまう。幼い朝子の一言がなければ、百合子は被曝しなかった。リナが端島に来なければ、鉄平が追われる人生を送る必要はなかった。そこには何の悪意もない。しかしこれが事実であるということが、素朴な言動に重みを与える。誰のことも責められないのは、余計に思いの割り切れなさを増す。
登場人物にはそれぞれ抱えるものがあり、それを知る人と知らない人がいる世界で、どうにも綺麗に片付かない気持ちを、皆が心のどこかに宿していた。
鉄平が和尚に語った、亡き兄への複雑な思いも、人間社会にある答えの出ない問いのひとつだ。それを受けた和尚の言葉はとてもシンプルで、真っ直ぐで力強く、深く心に響くものだった。
「鉄平 人はそれぞれ 全宇宙の中でたった一人の自分として生まれます あなたはあなたの道を行けばよか」
北東の角での鉄平の決断は、リナを救うために小鉄を撃った進平を思い出させる。命懸けの場面で勇敢に行動できてしまう彼らには、やはり同じ血が流れているのだ。窮地におかれてのこの決断は、鉄平が好んで選んだ道とは言えないかもしれない。しかしきっとその後の人生で、彼は自ら道を選びながら、宇宙でたった一人の鉄平として生きたのだ。鉄平に降りかかった運命はあまりに残酷だったが、和尚の言葉を胸に刻んだ鉄平が、自分が納得できる選択を重ねながら生を全うしたことを願っている。
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『海に眠るダイヤモンド』。愛と人生の、壮大な物語だった。その扉を開いたのは、まだ若いのに虚しさを纏う玲央につい声をかけたくなった、朝子が人を思う純粋な気持ちだ。
そんな気持ちひとつの力で繋がり、重なり、変わった人生。この美しさは、ダイヤモンドに劣らない。