【短編小説】ぼくとみちことカエル道
(もう少し隠れていよう。)
ぼくはこぼれそうになる笑みをかみ殺しながら草かげに身をひそめ、みんなを見ていた。足の速いいっちゃんも、目のいいやっくんも、勘の鋭い幼なじみのみちこも、まだ気づいていない。
ぼくらがいつも遊んでいる、学校の裏手にある秋本のおじちゃん家の山はいくら遊んでも遊び足りないほど面白くて、上がったり下がったりする道も、ちょっとしたほら穴も、山のてっぺんに生えている木も大のお気に入りだ。
つい昨日一人で見つけた、朽ち果てた木の柵の下をくぐって通れる隠れた道を使って、待ち合わせ場所まで来た。3人はまだ、いつも通る山道の方を見てぼくを待っている。
ここからどうしようかな、いきなり3人の後ろからとびだしたら、さすがのみちこも心底驚くんじゃないかな。一度くらいみちこの泣きっ面を拝ませてもらいたいところだ。
草を踏む音で気づかれないよう、土が見える場所を選んで、しゃんがんだ姿勢からつま先立ちで進む。
3人から2メートル位離れたところまで来られた。みちこの真後ろだ。ぼくは詰めを誤らないよう、にやけ顔もやめて少し深く息をしてから、また一歩慎重に足をのばす。
すると、みちこがふいに話し始めた。ぼくは、右のつま先が一歩先にわずかについたままで動きを止め、耳をそば立てる。左足がきつい。
「そういえば今日の掃除の時間に3年生のお姉ちゃんから聞いたんだけどね」
「うん、なに?」
いっちゃんはみちこの方へ、ぼくが隠れている方へ顔を向ける。やっくんは道の方をむいたままだ。
「この秋本のおじちゃんの山ってさ、呪いの道があるんだって」
ぼくは姿勢を保つのに躍起になっていた頭が、スーッと冷めるのを感じた。
「なんだよ、それ」
やっくんはそんな子どもだましにはのらないよといった具合で道の方を見たまま言った。汗がじっとりとぼくの首元を湿らせる。
「いつも通ってる一本道から少し外れたとこに木の柵で通れない道があるらしくて。それでね、その道を通った人は、カエルになっちゃうんだって!」
「さすがに嘘でしょ」
いっちゃんは笑って言った。
ぼくは、汗でべたついている服の下が、今どうなっているのか、怖くて下を向く気になれない。
「まず足がね、カエルみたいにしゃがんだ形のままでしか歩けなくなるんだって」
ぼくは痺れる足の感覚に、不安を覚える。このまま、足がこわばってのばせなくなったら、、、。
「解く方法はないんだ?」
やっくんが聞く。ぼくは聞き逃さないよう息を詰めた。
「カエルにならないうちに、足をまっすぐのばして、誰かに人の姿の自分を、見てもらえば大丈夫だってさ」
ぼくはこらえきれなくなって、立ち上がった。
「ええっ?!」
いっちゃんとやっくんは、ぼくの方を見て目を丸くした。でもみちこは、ゆっくり振り返ってニッと笑った。
「やっぱりいた」
「なんで分かったの?」
「だって昨日、あの木の柵があるところの前で、にやにやしてるりおくんを見たから。それにいつも気にせず遅れてくるくせに、今日に限って"ごめん、遅れるから待っててね"って言うし」
まさか見られていたなんて。ばつが悪い。
「それに、りおくんが帰った後にその道を使ってここまで来てみたけど、途中の木が途切れるところで姿が丸見えになるんだよ」
うかつだった。
こうしてぼくは、またみちこに一本とられたのだった。
その後、いつものように4人で遊んだ帰り道、今日は一日晴れていたにも関わらず、僕たちの目の前を、人の顔くらい大きなガマガエルが横切っていった。
それを見てみちこは、「このカエル、例の道を通って呪われた元ニンゲン、かしらね」なんてぼくを見て笑ってきたけれど、まさかね。