美化200%劇場 - (6)生命の音
多分、多くの人が子どものころに「貝殻を耳に当ててみると、波の音がするんだよ」と教えてもらうのではないかと思います。私も母からそう教わりました。それでも、普段お目にかかれるような巻貝は本当に小さいものばかり。耳に当ててみたところで、ゴー、という音がかすかに聞こえるだけで、「これって波の音なのかな?」と初めての時は思いました。
それからしばらくして、おみやげ屋かなにかで売っていた、内側が美しいピンク色の大きめな巻貝を買ってもらった時には、ようやくそれなりにはっきりした音を聞くことができて、いつしか「この貝殻が居た海の記憶が聞こえてくるのかもしれない」などと考えるようになっていました。
この「貝殻の記憶の音」の正体を知ったのはだいぶ大人になってから。実は自分の血液が体内を流れる音が、貝殻の空洞に反響して聞こえているだけなのだそうですね。もういたいけな時期はとうに過ぎていましたから、そのことを知った瞬間は、ああそう、くらいにしか思わなかったのですが、ある程度の年齢になって「サンタクロースのプレゼントは実は両親が置いてくれていた」と知って現実に目覚めてしまうように、「この貝殻が居た海の記憶」などというロマンチックな空想も壊れてしまい、そのことが残念でした。そして、いつしか、そういう空想を楽しんでいた頃のことを忘れてしまっていました。
私は、まだ規模は小さいながらも絵画教室を個人でやっていて、大人から子どもまで初心者の方を対象にデッサンを教えています。昨年、小さな生徒さんクラスのデッサンで大きな巻貝をモチーフに持参したところ、巻貝を見るなり生徒さんがとっさに取った行動は「貝殻を耳に当てる」。そういえばそうだったっけ、と急に思い出し、「波の音する?」と聞いたら、嬉しそうに「するする!」とはしゃいで、皆、交互に巻貝を手渡しては耳に当てていました。
世代は交代しても体験というものはあまり変わらないのかも、と、なんだか愛おしい気持ちになりました。
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