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〈TENET〉 環境破壊が生み出した復讐者: アンドレイ・セイターについて解説

あらすじ

TENETは2020年に公開されたクリストファー・ノーラン脚本・監督によるSFアクションムービーだ。パンデミック停止後に公開された最初のハリウッド・テントポールであり、全世界で3億6,300万ドルの興行収入を記録し、2020年の第5位の興行収入を記録した。

一言でストーリーを説明するならば、本作は、時間の逆行を駆使した、現代人と未来人の間で繰り広げられる第三次世界大戦の一部始終である。まさにSF×アクションである。時間の逆行というそれだけで大変難しいテーマを映画に織り込むことで、ストーリーが難解な分、重みも増している。是非自らの目で視聴して頂きたいので、ここでは詳しく内容を解説しない。

映画批評  

ここで軽く映画の批評をしようと思う。ノーラン監督の作品は何と言っても、その徹底的に拘られたスタイリッシュさ、音響、映像美だと言えるだろう。基本的に無駄なシーンや台詞回しは一切なく、テンポ感がとても速い。それでいて端折りすぎておらず、丁寧に伏線が回収されている。また、IMAXカメラを惜しみなく使用した撮影のおかげで、映画館で鑑賞する際はその桁違いな臨場感を味わうことになるだろう。スタイリッシュさ、臨場感溢れる音響と合わさって目立つのは、その映像美だろう。一つ一つのアングル、各アングルのつなげ方、タイミングは実に芸術的だ。TENETに限らず、監督デビュー作であるメメント、2008年公開のインセプション、2014年公開のインターステラーなどにも共通している。ノーラン監督の作品は徹底して細部に拘っているのである。

また、彼の作品はほとんどが2時間を超えるにも関わらず、観客を一切飽きさせない工夫も施されている。つまり起承転結が明確なので、エンターテインメントとして深く没頭して楽しむことができる。彼の他の作品にも共通することだが、彼の作品は難解なものが多いため、1回観ただけじゃあまり理解できない。しかし、映画の中にはヒントや伏線が散りばめられていて、「もう一度観たい」と思わせる様な工夫が至る所に施されている。だからあえて全ては見せない。その姿勢も含めて映画の魅力はさらに増す。

セイターというキャラクター

さて、本作TENET の悪役はロシア出身の武器商人、アンドレイ・セイターである。厳つい顎髭をはやし、妻に暴力も振るう様な、大変支配欲が強く嫉妬深い、まさに悪役という感じだ。彼は時間の逆行を駆使し、何とか世界を滅ぼそうとするため、主人公らと対立する。正確には、未来人からの依頼を実行するために世界を滅ぼそうとする。

何故セイター、そして未来人は今の世界を滅ぼそうと企むのか、それは現代人と未来人の間の争いの原因ともなっている、行き過ぎた環境破壊である。セイターは未来人をこう代弁する。

新しい世界を作る。ー終末が来て、終末は回避される。時間自体の向きが変わる。今浴びているこの太陽が、未来の子孫たちの頬を温めるだろう。ー(未来では)海面は上昇し、川は干上がる。彼らは(未来人)は引き返すしかなかった。我々のせいだ。

映画「TENET」

ざっくり解説すると、未来人は環境破壊が進みすぎた地球ではもはや生きてはいけない。インターステラーの世界であったならば、彼らは宇宙に旅立ち、新たな惑星を目指すが、TENET の世界においては、なんと彼らは時間を逆行させることで生き延びようと画策しているのだ。そんなことをしたらどうなるか、もちろん、今、この地球で生きている我々は生きることができない。というよりも端的に消滅してしまう恐れがある。もちろん、祖父殺しのパラドックスのように、祖先である我々が消えれば未来人も消滅するかもしれない。しかし、その可能性を吟味した上でも時間の逆行を望むとくれば、それくらいに事態は切羽詰まっていると思われる。時間自体を逆行しても生き残れるかもしれない、というそのワンチャンスに藁にも縋る思いで作戦をセイターに託しているのだろう。そしてなにより、未来人にとって環境破壊がこれほどまでに進んだ原因は過去の人類、つまり今の我々にあるのだ…。

未来人の言い分は分かるとして、しかし、何故、今の地球に生きるセイターまでもが世界を滅ぼそうとするのか。それは彼の出自を知らなければ理解できないだろう。彼は地図上にはない都市、旧ソ連の軍事実験施設があった都市、「スタルスク12」で生まれた。青年期のセイターは、そこで放射線にまみれながら、プルトニウムの破片を掻き集める仕事をしていた。セイター曰く、他の者は死を恐れたから、業務契約をしたのは自分だけだったという。そこには業務契約せざるを得ない何か裏事情があったのではないかと想像させられる。

そして何よりも、セイターは余命幾ばくもない末期の膵臓がんを患っている。つまり、どうせ死ぬなら世界ごと、という狂気が彼を捉えているのだ。放射線にまみれて仕事をするしかなかったセイターが、若くして末期の膵臓がんを患うというのは、彼の人生にとってなんとも悲劇的だ。彼にとって、彼の生きるこの世界は生まれた時から汚れており、自らの人生のように救いようがないものだったに違いない。それはセイターの世界に対する呪詛である。そんなセイターにとって、この世界に対しての未練などあろうはずもなく、だからこそ、未来の子孫を思って世界を滅亡に導く。そんな彼でも死ぬ間際は息子を作ったことを後悔していたのだが。

彼の企みがどういう結末を迎えるのか、主人公らとどう戦ったのか、是非、自らの目で確かめて頂きたい。

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