c.a.t.
「生まれ変わったら?」
「そう。もしも生まれ変わったら君は何になりたい?」
おかしな事を聞く男だ。この手の質問を投げかける男は人間を掌で転がしている錯覚に溺れているものだし、ましてやそれがベッドの上ならば、錯覚の度合いはより深刻であることが多い。
希望する転生先に本人が抱えている現状への不満や無意識下の欲望が内包されているのは事実だが、この男は出会って間もない人間が自分に本心を開示すると本気で思っているのだろうか。
鏡越しに視線を観察されている様子に気づいたわたしは天井の左隅に視線を送って少し間を置いた。本当におかしな事を聞く男だし、ちょっと気持ち悪い。不機嫌が混じらぬよう、慎重に小さく唸ってから答えた。
「次の人生では、キャタピラになりたいな」
男の熱意が急速に冷めていく音が暗い室内に木霊した。
「キャタピラかあ、、」
一丁前に相槌は打つものの、そこにはすでに思考はなく、駆け引きもなく、次の夜もない。
男は髪をかき分ける仕草に乗じて時刻を確認すると、言葉以上のコミュニケーションでも催促するかのように身体に手を伸ばしてきた。
(惜しんでんじゃねえぞ、くそが)
この男を轢き潰したらどんな音がするのだろう。脳漿を盛大に撒き散らし、栄養価の低そうな吐瀉物に塗れながら「ぴぎゃ」とか喚くのだろうか。何人かを思い出し、或いは行為を思い出し、絶命の瞬間にもだらしなく勃起しているのだろうか。
帰り道。
最寄り駅の改札で幼馴染と出くわした。仕事の帰りらしかったが、わたしを見つけると手をあげて爽やかな笑顔を寄越した。小綺麗なスーツに身を包み、丁寧に磨かれた上品な革靴を履いていた。土汚れ一つなく、どこへでも行けそうに見えた。
「よう」
「やあ」
浮かない顔から察しでもしたのか、飲みに行こうとわたしを誘い、いつもの店へと歩き出した。持つべきものは良き幼馴染で、履くべきものは丁寧に磨かれた革靴なのかも知れない。キャタピラは強いけれど、汚れたらきっと洗うのが大変だし、そもそも誰も轢き潰したくなんかないんだ。
「ねえ、生まれ変わったら何になりたい?」
「なんだよ唐突に」
「いいから教えてよ」
わたしにはまだ夜が残されていて、相棒は気さくでいいヤツで、この店のハイボールは今日も美味しい。
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