やまだのおどり。 #ドリーム怪談

「やまだのおどり」
島根県の山奥に耶麻田(やまだ)村という村がありました。祖父の代まではそこに住んでいたと言います。私の父も割と頻繁に様子を見に帰っていたようでした。私も子供の頃に一度だけ連れて行ってもらいました。12歳の頃だと記憶しています。今から丁度40年前の夏の事です。夏休みを利用して、随分時間をかけて行きました。お盆にあわせていったので、村の中心にある寺で盆踊り大会が開かれると聞きました。ことに、八年ごとに巡ってくる大祭の年だというので大いに賑わっていたことを思い出します。後で聞いた話ですが、「耶麻田」という地名から、「邪馬台国はここにあった」と祖父の祖父が言っていた、との事です。歴史は古い村の様ではありましたが、流石に父は信じていなかったように思います。
その耶麻田村から父宛に便りが届きました。大祭を執り行うので是非ご参列賜りたい、と。非常に驚きました。あんな所で何をするのかと。平成の大合併で地図から名前が消えた村。父が他界し、もう十数年が過ぎました。あの村の関係者で、父の死を知らない者はいないはず。そう不思議に思い、懐かしさもあって、記憶を頼りに耶麻田村へと向かいました。
思いの外、道は整備されていましたが、車で二時間近く山道を進みます。
人家はまばらにありましたが、遠目にも廃屋であると知れました。その人家もだんだん減っていきました。ただ、途中村へと向かい歩いている人はチラホラ見かけます。夕方の五時を過ぎた頃、村の中心と思しき寺院へとたどり着きました。境内もまた整備されており、雑草もない状態で、祭りのための提灯も十重二十重に飾られておりました。祭りの準備をしてる人だけでも70~80人いるでしょうか。
早速、父へ手紙を出した時岡(ときおか)という人物を探しました。当然、その場にいる人達は知らない顔ばかりでしたが、袈裟をまとった人物がいたので声をかけてみました。このお寺の住職だという、私と同年代に見える男は比良坂(ひらさか)と名乗りました。比良坂によると、時岡なる人物は父の友人だと言います。
「あんたのおとっつぁんがくるたんびに、おおはいごん(大騒ぎ)してのぅ」
比良坂が懐かしそうに話します。どうも、この比良坂の父親である、先代の住職も、父と懇意にしていたとの事でした。そういえば、と私もふと、子供の頃に耶麻田村へ来た時、先代の住職からお茶を貰った記憶が蘇りました。そう思って見ると、どことなく比良坂の顔にも見覚えがある様な気がしました。
「ひょっとして、子供の頃に……」
「おお、わしらが盆踊り、教えてやっちゃったがの」
思いだしました。初めての盆踊り。ご先祖さんの霊をお迎えし、心を慰め、そして送り還すための。太鼓の音と共に、不思議な抑揚のある歌声。確か「口説き(くどき)」といったか。痛飲した父も大きな声で歌い、踊っていた。
「いんまあに時岡のおっつぁんも来らいけん、まぁそこに、ねまっちょうない(座ってなさい)」
比良坂に勧められ、本堂の縁側に腰を下ろしました。気が付けば酒が運ばれ、勧められるままに盃を空にしました。境内の中心にやぐらが組まれ、その上に太鼓が運ばれていきます。浴衣を着た男たちが四人、やぐらへ上がるとまずは酒を呑み干しました。おもむろに太鼓が鳴りだします。
ドン ドッド ドン ドッド ドン ドッド ドン
ゆったりとしたリズムが繰り返されます。すると次第に人々が集まってきて、やぐらを中心に輪を描いていきます。
ざっ、ざっ、と足で太鼓のリズムをなぞり時計回りに回り始めました。
♪ハァ~そろぉたそろぉたよぉなぁ おーどりこぉが そぉろぉた アコラセェ~ ハァ~稲の出ぇ穂ぉよぉりぃ ノーサ なぁおぉそぉろぉたぁ~  サノヨーイ ヨォイ ヨイヤァーナ
透き通るような伸びやかな声で口説きが始まりました。見事な歌声で、確かに子供の頃に聞いた記憶の中の歌声に重なります。
♪ハァ~おまぁえぇ つぅらぁにぃよぉ ぼぉたぁもぉちぃ顔で アコラセェ~ ハァ~きなぁこぉ つぅけぇてぇはぁ ノーサ なぁおぉよぉかぁろ~  サノヨーイ ヨォイ ヨイヤァーナ
♪ハァ~おまぁえぇ ひゃぁくまでぇよぉ わしゃくぅじゅうぅくぅまぁで アコラセェ~ ハァ~ともぉにぃ しらぁがぁのぉ ノーサ はぁゆぅるぅまぁで~  サノヨーイ ヨォイ ヨイヤァーナ
独特な言い回しなので子供の頃には良くわからなかった口説き文句も、大人になったためか、自然と聞き取れました。牧歌的で健康長寿を祈る歌。中には色恋を歌ったものもありました。酒の失敗談や、偉ぶった人間が蜂に刺される歌。誰もが笑顔で踊り続けます。やがて太鼓のリズムはそのままに、口説きの節回しが変わりました。
♪ヤレェコラァナァー ヤレェコレェー ちょいと山崩しぃ アァコラコラセー 山をぉなぁくぅずぅしぃてぇ 寺ぁぁたぁてぇえる サーノヤン ハートナーイ ヤン ハートナイ
そういえばこのお寺は山を削って建てられた――そんな父の言葉を思い出します。
♪音頭ぉぉなぁえー とるぅこぉが 橋ぃかぁらぁおちぃいて アァコラコラセー 橋のをぉナァしぃたぁかぁら 音頭ぉとぉるぅ サーノヤン ハートナーイ ヤン ハートナイ
丈夫な子供がいたもんだ――そう思いながら、そういえば近くの橋から飛び降りる根性試しをやった事を思い出しました。わずか五日ばかりの滞在だったにもかかわらず、今になって当時の情景が次々と頭の中を巡ります。あの時の父は、いつになく笑顔で。
魚を釣った事。
カブトムシを捕まえた事。
父が死んだと聞かされた時には思いだすこともなかったあれやこれが、心に浮かんでは消え、酒の影響もあってか胸が詰まるようでした。
「おう、時岡のおっつぁんじゃ」
比良坂の声に現実に引き戻され、顔をあげると、一人の男性がこちらへと歩いて来るところでした。その顔は確かに見覚えがあります。父と一緒に朝まで呑み明かしていた男性。「よぉ来てごしなったわ」
時岡が私に笑いかけます。少し寂しそうな、申し訳なさそうな目で。その目は、以前と全く変わっていません。40年前の、ほぼそのままの姿で。
「今年は大祭でなぁ。こればっかりは」
急に、酔いが回ってくるのを感じました。
「どげしても、舞ってもらわんとのう」
気が付けば、盆踊りの輪の中に入って、私も踊り始めていました。
周りの人々は、軽やかに踊り続けています。
やがて一人、また一人と、その身が宙に舞っていきます。
それはそれは美しい光景でした。夜空に提灯が浮き上がり、チロチロと炎の揺らめきを大地に落とします。
16年前。
父が命を落としたこの場所で。
私も天に上る様な心地でした。

「……8月15日未明、8人の男女が心肺停止の状態で発見されました。このダム湖は今から10年程前、旧耶麻田村を廃村にして完成し、8年前にも
地元で寺院住職をしていた比良坂暁秀(ぎょうしゅう)氏を含む8名の命が奪われる事故が起きており、警察は事件、事故両面から関連を調べ……」


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