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信頼される人 | 対面接客だからこそ得られる情報を組み立てて、本当に似合うファッションを提案する

 Yasunori Tokawaさん

アパレル販売スタッフ


卵の殻からランボルギーニまで、ありとあらゆるものがネットで購入できる時代となった。日本にネットショップが開設されて早30年近くが経ち、今やネットショッピングが我々の生活に定着したといえるのではないだろうか。日用品や食材が足りなくなれば、スーパーやコンビニに足を運ぶことは普通だが、すぐに必要ではないお目当ての服を買うのに、わざわざ店頭まで足を運ぶ理由はなんであろう。試着をしてから買いたい。デートや街ぶらの一環で寄る。店員のアドバイスが欲しい。実物を生で見たい。理由は人それぞれあるだろう。それを踏まえた上で、気になる理由に出合った。「洋服は彼から買いたいから」そう人を言わしめる販売員がいる。彼とは一体どんな人物なのか。

―― ファッションに出会った高校時代


出身は岩手県久慈市、実家は山を背負っている。彼が幼少の頃、祖母は畑で自分たちが食べる分の野菜や果物を育て、両親は町役場で働いていたという。週末は父親の山仕事を手伝うのが日課だった。高校卒業と共に東京に出た彼は文化服装学院の服装科に入学する。「ただただ東京に出てきたかったですね。一足先に姉が東京に出ていたことも大きかったです。高校を卒業した日に新幹線に乗り、姉が住む大塚の家でしばらく世話になりました」。そんなに東京に出たかった理由は何だったのか。「自分が興味のあるものすべてが東京にあった。でも、いちばんは父の手伝いで山仕事ばかりしていたのが嫌だったからかもしれませんね」。そう言って笑う。「高校時代は『Boon』『smart』『street Jack』『warp MAGAZINE JAPAN』『relax』などの雑誌を買って読んでいました。ただ、そこに載っているような洋服が買えるお店が地元には無く、都市部まで買いに行く術もなかった。知識だけが豊富になっていった感じです」。心の底ではSILAS&MARIAのアウターやSupremeのスタジャンが着たかった高校生の彼は、町の量販店で母親が買ってきた洋服を着ていたそうだ。やがて雑誌に掲載されている服に目星をつけては、年1ペースで自分が本当に着たい服をお小遣いで手に入れていく。 TIGRE BROCANTEのスエードのブーツ、スピンスターのMA-1、COCUEdeptraのパッチワークショーツ。きっとこれらは生涯彼の記憶に残り続けるアイテムになるのであろう。
愛読していた雑誌のなかでも特に影響を受けたのはrelaxだという。2006年に休刊となりながらも、現在もファン多きカルチャー誌だ。尖った特集も目立ったその雑誌は、東京に出てきたばかりの彼にも衝撃を与えつづけた。「ラメルジーやジェームス・ジャービスの特集なんかもかっこよかったですね。relaxのコアで異文化を掘り下げた魅せ方も好きです」。ブランドが持つストーリー、またライフスタイルにおけるファッションの在り方など学ぶべきことが多かった教科書のひとつであった。

―― 好きなことを掘り下げる


高校時代に洋服に興味を抱き、専門学校では服飾を学び、洋服が大好きでアパレルの道に進んだかと思いきや、どうやらそうではなさそうだ。「子どものころコロコロコミックやコミックボンボンを読み漁っていました。それでビックリマンをきっかけに駄玩具に夢中になりましたね。アメリカのメジャーなロックデュオであるダリル・ホール&ジョン・オーツからはじまり音楽もよく聴きました。もちろん洋服も好きでしたが、特別ではなかったんです。もともと自分の好きなもののカルチャーや背景に惹かれることが多く、それを突き詰めていく時間も好きでした」。
今のファッション業界は、10代の頃に知識として自分の中に落とし込んだ裏原カルチャーがすべてに通ずるという。彼が得意とする、膨大な情報を楽しみながら自分のものにすることが仕事に大いに役立っているのかもしれない。「お客様にはブランドが持つクリエーション、世界観を理解して欲しいという気持ちがあるので、その背景、事情を接客時に丁寧にお伝えしています。それらを知ることで洋服に対するテンション、価値観も変わってくるので」。この考え方は、彼が愛するモノに対する接し方そのものだ。「どうしてこの服はこんなに値段が高いのだろうなど、知りたい欲求が強くて、それをどんどん掘り下げていくと、技術、生地やのりなどの材料、服を作る機材、時代背景など様々なものが絡んでいます。値段が高い、価値があるものには理由があるんです」。彼の中にある分厚い服飾辞典は、テレビや雑誌、書籍、さらに展示会におけるデザイナーとの会話から編まれている(インタビュー中にもロストテクノロジーや吊り編み機の話などに発展し、その話がまた面白かった)。

―― 本当に似合う服を

彼が属するサンハウス神南店はセレクトショップである。自社ブランドであるHINOYAやBURGU SPLUSのほか、およそ10個のブランドを扱っている。セレクトするブランドの基準はどこにあるのか。「世の短いトレンドに左右されづらい、価値が常に変わらないものを選んでいます。時代を超えて愛されるもの、エイジングを楽しめるものですね」。ブランドの直営店ではなくセレクトショップで買う意味についても問うてみた。「何を買ったらいいか分からない方に、物差しをつくる提案ができます」。お店を訪れるお客様を見れば、大体どういう方か分かるそうだ。人間観察が好きで履いている靴の使用感、コーディネートの中における靴の選び方、消耗品であるTシャツや靴下は何を身に着けているのか、アウターや時計をみればその人の好み、そしておおよそのお財布事情まで想像がつくという。「ほとんどのお客さまは、その時の気分に合わせたお気に入りの服を着て来店されていると捉えています。身につけている服の情報に加え、体型や髪型、髪色などを鑑みた上で、似合いそうな洋服を提案します」。また来て欲しいから、⾧く通って欲しいから、その人が纏うもの、個性を見抜いて、より似合うもの、新しい世界を提示する。「それぞれのお客様に本当に似合うものをおすすめすることが面白いです」。彼が言う本当に似合うという言葉は深い。お客様からしてみれば、「ただ自分が見せたいだけなんですけど、お客様に似合うと思ったので」と自分のためにセレクトされた洋服を控え目に見せてくる、第一印象はちょっと変わった店員かもしれない。

(このお客様にはこんな悩みがありそうだ、だからこういう洋服を着てるのだろう、でもこの形の方が悩みも解消するし、よく似合う )。大いに思考をめぐらせた後、初めて声をかけることで、一歩先をいくコミュニケーションへと繋がっていく。初めて彼の接客を受けた方は「こんな勧められ方をしたことがない」そう言い、また会いに来るそうだ。ただ単に音楽や趣味の話をしに来る人もたくさんいるという。「話すだけでもいいと思っています。その方のタイミングで買い物をして下さるので」。話を聞いていると、単にアパレルショップの接客という枠ではなくライフスタイル自体を提案しているようにも感じる。

―― 家のような店


心に残っているお客様の話を聞いた。「4年くらい前ですかね。『Tokawaさんのお陰で自分に自信がつき結婚できました』と言ってくださった方がいました。『結婚すると洋服にお金がかけられないのでもう来られません!』そう言われたのを最後にお会いしてません。でもそれでいいんです」。 その人に似合うものが無ければ、勧めない。その服のメリットとデメリットの両方を必ず伝える。お客様に寄り添う。洋服に留まらず、お客様が欲する知識を惜しみなく提供する。このような接客はネットショップでは体感できないし、店舗に足を運んだからといって必ず受けられるものでもない。

そこには衣類と一緒に駄玩具が控え目に並び、心地よいBGMが流れていた。


【注釈】
※Boon
1986 年 12 月号が創刊号。祥伝社が発刊していたストリート・ファッション誌。2008年に休刊
※street Jack
1997 年創刊、ベストセラーズが発刊するファッション雑誌。2017 年 12 月号で休刊
※warp MAGAZINE JAPAN
トランスワールドジャパン株式会社が 1996 年 5 月にメンズファッションカルチャー誌として創刊。2018 年に休刊。現在 web にて情報発信中
※SILAS&MARIA
1998年イースト・ロンドンにてスタートしたブランド
※TIGRE BROCANTE
1998年福岡でうまれたアパレルメーカー
※スピンスター
1999 年に、『LAD MUSICIAN』などを手掛けるデザイナー黒田雄一氏がクリエイティブディレクターを務めた伊藤忠商事のブランド
※COCUE deptrai
1996 年に代官山にオープンした日本のブランド『COCUE』のメンズライン。コンセプトは、オリエンタル、エスニック、フォークロア。ブランドクローズは 2015 年
※駄玩具
駄菓子屋で売っているようなレトロでチープなおもちゃ。チープトイ。版権のないものも含まれており、現在は正規品より価値が高いとされているそう
※裏原カルチャー
1990年代に渋谷区神宮前あたりの、メインストリートから少し離れたエリアからうまれたストリートカルチャーのひとつ。現在も、裏原と呼ばれるエリアには、若者から支持されるアパレルショップが連なる。ファッションにおいては、昨今ハイブランドを含む幅広い世界的ブランドとのコラボやディレクションを行う藤原ヒロシやNIGO®が代表格とされる
※セレクトショップ
その店のコンセプトに合ったブランドを複数取り扱うアパレルショップや雑貨屋

Article in English:
Interviews with an apparel shop staff | I tell the truth because I'm serious about what I do
翻訳 橋場智子


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