とある谷戸の異界の話 Unpacking Within #0-1
はじめに
人生には、荷物整理がつきものだ。
人生は旅に例えられる。仕事をし、本を読み、人に出会い、話を聞き、新しいことを知る。大事にしたいことが増える。
バックパックに背負うものがどんどんと膨れ上がる。
そのうちにそのバックパックの重さに窮して、開けることすら躊躇われるときがくる。
けれど、勇気をもってバックパックを開けるとこからしか物事は動かない。
中身を取り出して、畳みなおす。小さくする。
要らないものがあったら捨てる。そうしているうちに、運が良くもっと便利なもの、小さなものに交換できる。
そうしたら、またゆとりができる。そこにはまた新しいワクワクするものを詰められる。
Unpacking Within.
これは他でもない、僕が荷物を少し手放したお話。
まずは僕とhatisAOの縁の話をしよう。どうもやすきさんの話と食い違っているのだけど。どれだけ我々が雰囲気とバイブスで生きているかわかってもらえたらいいかな。
縁
縁が繋がらないと入れない店、というのがある。
一見さんお断りの店。
あるコミュニティに所属してないと情報が回ってこない店。
そして、土地・風情の関係で目立たない店。
引っ越して間もない土曜日。ただ住宅街の中の駅から、谷に沿って細い道を歩いていくと、その店はあった。hatisAOだ。いや、厳密には最初10分ぐらいさまよった。
行動力の怪物、エデン横浜の通称『伝説』こと高橋さんから、年明け早々から何度も行くように勧められた店だった。
「スミーさん。あれだ、hatis行きました?」
「まだ行けてないですね~」
「ぜひ行った方がいい。スパイスカレーうまいから。あと店主中山さんって言うんだけど、こういっちゃあれだがイカれてるんだ。本当に面白い。あと行動力がすごい。この前庭の草を片付けた方がいいって言ったら、次行ったときちゃーんと草むしりしてるんだ。普通お客さんに言われたからってそんなすぐやらないでしょう?すごいよ。ちゃんとしてる。」
「時間作っていきたいですねー、まずは引っ越しかな」
「そうだね。あと横須賀行くなら一緒にNo.13も行った方がいい、野口さんは本当にすごい。努力の天才。あの立地であれだけ頑張れてるのはすごいよ。店やる人ならあのカウンターは見学した方がいいね。」
記憶にある限り、こんなくだりを5回ぐらいはしている。小田原から、エデン横浜に来て、2回に1回は高橋さんに遭遇して、5回だ。他にも話題あるのに。しかも毎回熱量込めて紹介するもんだから覚えてしまった。
あんまり高橋さんの入れ込み方について話をすると脱線してしまうのだけど。まあそこまで言うんなら、八景まで引っ越したし、横須賀も近いんだからと、早いうちに顔を出したのだ。
青い門。控えめな「Open」の掲示。それがなければ店だとは気づかなかっただろう。まあそもそも古民家であるから。玄関も田舎の玄関で、入ってすぐ縁側が広がっていた。いい風が入り、日差しも心地いい場所だったので、そこにした。
カレーは売り切れていた。ベトナムのハチス茶だけいただく。いくつかのグループと、常連の映像作家さんが来ていたのを覚えている。
やすきさんは当時の僕のことを「ガラスのように張り詰めていた」というが、顔見知りが一人もいない店で「張り詰めない」なんて出来るのだろうか。
けれど、なんとなくのんびりと時間が経っている様が良く、確かにリラックスしてたはずだ。
なんとなく、仕事のことを忘れて過ごせていた。
谷戸の少し高い所で、谷の下を見下ろすように過ごす。家々はよほど頑張らないと目に入らない。
それが、なんとなく箱根の温泉の構造に近しかったのだ。湯に入った時の、「こちら側からだけ見えており、向こうからは見えない」構造。それがこの店にもあった。急な階段のせいもあって、なんとなく現世と地続きであるように感じられない。
いい店だと思った。少なくとも構造は。カレーのリベンジを誓い、その日は店を後にした。
サグラダファミリアと足し算の美学
二週間ほどしてから、2回目の訪問。この時初めてカレーが食べられた。複雑な味わいのするカレーと、安心感のあるバターチキンカレーのあいがけだった。
楽しい一皿だった。付け合わせの野菜の味わいや食感と、カレーのスパイスの掛け合わせが楽しい。足し算の美学が良く表れているのがうれしかった。僕はカレーを食っているのではなく、多分一皿を仕上げるに行き当たった思想を食っているのだろう。
ただ、なんとなくもったいない気がした。カレー単独で食べたとき美味しかった、複雑な味わいのカレーが、付け合わせをつけた瞬間喧嘩し始める。バターチキンは付け合わせと一緒に食べておいしい。そういう代物だった。
カレーの味わいが、あまりにも単独で完成されつくしていたのだと思う。奇跡的なバランスで成立しているサグラダファミリアのようだと思った。
食べた後、やすきさんと話をした。足し算の美学で構築されているという話をしたのだが、イマイチピンと来てなかったらしい。
足し算の美学というのは、hatisAOに来た時に気づいた言葉で、造語なのかもしれない。
今までの経験を重ね合わせて、自分にしか出せない奇跡的なバランスでものを創ることを「足し算の美学」と呼んでいる。
逆に「引き算の美学」もあると思っている。これは、手順を洗練させ、計測可能にし、再現性を高めたものだ。
彼の足し算の美学は、<<収集心>><<着想>><<活発性>>が無意識に発揮されていたのだろう。
全部拾って集めて、とりあえず組み合わせてみる。それを繰り返してきたから、重ね合わせの先に洗練が訪れる。
眼科にある、たくさんレンズつけられるガチャガチャしたメガネを思い浮かべてほしい。レンズを何枚も組み合わせて、完璧にピントがあうレンズの組み合わせが創られた状態。そんなカレーだった。
だからこそ、もう一枚レンズが足されるだけで味は事故る。奇跡のバランスだ。多分バンドがライブを開いているようなものだ。
普通の店ではそれを『奇跡』のままにしてはいけないから、引き算というか、科学的測定や科学的手法という発想が出てくるのだろうな。
そういうバランスがあるよね、普通のカレーだと「普通においしいね、ここじゃなくてもいいね」と思われそうだね、という話をしたら、「バターチキン出し始めてからお客さんの定着が悪い」という話が出てきた。ビンゴだった。
経営的には手数が減らなくて大変だが、バンドがライブを設計してるんだから、まあ、しょうがない。サブスクと同じでどうするんだ。
そんなわけで、やすきさんはいつも変わったカレーを出すようになった。あいがけで3度おいしくしたり、そもそも片方カレーじゃなかったり。具材も三浦半島で採れたものをふんだんに使うようになった。味付けに出汁も使うらしい。
そしてまた「サグラダファミリアがでかくなってるなあ」と思いながら頂いている、というわけだ。
……この後、この店から始まるご縁の話をしないといけないのだけど、めちゃくちゃ長くなるので一旦この辺で。