定義が変わる瞬間 時はゆがむ
自然科学において定義が変更されることは度々ある。例えば1メートルの定義は1秒の299,792,458分の1の時間に光が真空中を伝わる距離であるが、かつてはメートル原器なるものが存在した。このような定義の変更は単なる正確性の向上、以上のパラダイムシフトだ。今日は1秒の定義を例に定義が変わる瞬間について考えてみる。
これが現在の1秒の定義である。たしか10^‐16オーダーの正確性を持った定義である。逆に言えば、10^-16より小さなオーダーの時間は事実上意味を持たない。定義されていないからだ。
しかし、世の中には10^-18オーダーまで時間を測定できる時計が存在する。光格子時計だ。近い将来、光格子時計が1秒の定義となるだろう。この定義の変化は単なる正確性の向上にとどまらない。自然科学における定義は全ての理論に先立って設定されるものであり、定義が変化すれば、あらゆる理論に再考の余地が生じるように思う。
例えば、光格子時計が1秒の定義を担うようになった世界、そこでは時計は単なる時間をはかる道具ではいられない。地表付近で1m時計を持ち上げたとしよう。これにより1m分だけ重力ポテンシャルの大きくなった時計の示す時間は相対論効果により歪む(時計が早く進む)。この歪みは10^-18オーダーであれば十分に観測可能である。時を刻む時計が重力ポテンシャル計になるのだ。(現在の1秒の定義では、宇宙規模でないと相対論効果は観測できない。ここでのポイントは相対論効果が私たちの生活に関与するレベルにまで落ちてきたということである。)
現在使われている様々な定義は変化を繰り返し今の形になっている。そして変化のたびにパラダイムシフトを起こしているのだろう。そんな風に考えると教科書を眺めているだけでは退屈な定義も楽しく見えてくるのではないだろうか。