【あの時の君と、同じ年齢になった】
夜、賑わう居酒屋で、僕は友人と二人で酒を飲み嗜んでいた。
「彼女なんて、もう欲しいとは思わないな」と僕は強がりな言葉を漏らした。
本当に彼女が欲しくない人、女の人に興味すら感じない人だったら。
欲しいとか、欲しくない、とかの考え自体しないと思う。
その時の僕は、はじめて出来た彼女に、最近に振られた傷心に浸っていたところで、そんな傷ついた心から目を背けるために発した言葉だ。
そんなことで目を背けられるほど、単純な心では無い。
「女を一人だけに絞るから、失った時に全部が無くなった感覚になるんだよ。」と友人に言われた。
あいにく、僕は女の人に対して抗体がない、そんな友人のように、彼女をポコポコ作れるほど、僕は器用ではなかった。
兄弟も男ばかりの家庭で、昔っから男とばかりと連んでいた僕にとって、女の人とは、ほとんど無縁の存在だったのだから。大人になっても苦手意識が抜けない。
「これからナンパでもしに行くか。」
僕はびっくりした顔で
「えっどこに?」と聞いた。
「クラブにでも行けばいいだろ。」
友人は当たり前だろ?みたいな顔で言ってくる。
クラブは苦手だ。洋楽には興味がないし。うるさい環境の中にいるだけで苦痛に感じる。
「クラブは嫌だな…」
「まぁ、言うと思った。じゃあ俺がよく行くBARで飲み直そうぜ。」
その方が断然良い。まだ飲み足りてないし、誰も居ない家に一人帰るのも寂しいさを感じる。残っていた酒をグイッと飲むと、二人 居酒屋を後にした。
「ここだ。」と言って彼は指さした。指差した先にあるBARは、割とお洒落な場所でガラス越しの向こうには、同年代くらいの男女若い人が多く賑わっていた。
「こんな場所あったんだ。」
普段、良く通る場所な筈だけど、見覚えが無くて初めて見る場所に感じた。
店に入って、中を見渡すと、ボックス席とカウンター席がある。ボックス席には他の客が居て埋まっていた。カウンター席には、少しだけ空きがあったので、詰めるようにしてカウンターの席に座る。
友「あっ!久しぶり!」
突然、友達は僕と反対側を見て、誰かに声をかけていた。友達の隣には2人組の女の人がいた。一人はギャルっぽい人で、もう一人は控えめで大人しそうな人だった。
多分友達はよく行くBARだ、って言ってたから、顔見知りの常連客なんだろう。慣れた雰囲気で話している。
ギャルっぽい子がM。
大人しそうな子はTと、言うらしい。
「こいつ最近、別れたって言っててさぁ」僕の事を言ってるんだろう。友達は、お酒も入ってるし呂律も回って無さそうだから。酔っ払いに、ツッコムのもめんどくさい。
「若いねぇ」なんて、二人に言われた。
「そんな、歳かわんねぇだろっ」と、友達が突っ込む。友達曰く、僕らより3つだけ、歳上らしい。
「そうだ、せっかくだし連絡先交換してやってくれよ!」と友達が言い出したから、2人と連絡先を交換した。
そのあとは、酔っ払っていたから、どんな話をしていたのかは覚えてはいないけど、楽しかったのは思い出せる。
帰宅した後に、Tから「また飲みに行こう!」と返事が来たが、Mからはスタンプが来た。性格が出るなぁと思った。
***
「もう来てたんだ」とTが言う。
僕はあれから頻繁にこのBARに通うようになった。あの日からTとは毎日連絡が続いていた。偶に「飲みに行こうよ」と誘われて、ここに来る。
店に入って来たTに、僕は返事をする。
Tは当たり前のように隣の席に座る。
偶に会えば、大したことのない様な話をしていた。
「明日から海外旅行に行くんだ〜」とTが言った。
「へぇ!良いじゃん。どこいくの?」
「ドイツ!」ちょっと予想外な答えが返ってきた。
ドイツの事なんて全く知らないし、どこを観光するのかを聞いたけど、初めて聞くような場所で、知らないから興味が湧いて色々聞いた。
「お土産買ってきてあげるよ!」
海外の土産って、一体何を買ってきてくれるのか気になる。
「貰ってからのお楽しみ。」とTに言われた。
その日は、明日の仕事の為に0時を回る前に帰った。
帰り道に「海外旅行楽しんで」と、Tに連絡をしておいた。
次の日の朝に目覚めると
「ありがとう!楽しんでくるね!」と返事が返ってきていた。
僕は、いつも通り仕事の支度をして出勤した。
仕事の途中、休憩の際にTからの連絡を確認したが、特に連絡は来ていなかった。
(もう飛行機にでも乗ってるのかな、羨ましいな〜)と考えていたら休憩時間は終わり、仕事に戻った。
その後も、Tからは、特になんの連絡も送られて来なかった。僕は少し、旅行に行く前にしていた、Tとのやりとりを見返したりした。
それから、3.4日過ぎた頃の夕方に「戻ってきたよ!」とTからのメッセージがあった。
そのメッセージに続いて、
「お土産渡したいから、今暇だったらうちに来てよ。」と、言われた。特に今日は用事がない「すぐ行くよ!」と連絡をした。Tから「ゆっくりでいいよ」と同時に位置情報が送られてきた。ゆっくりでいい、と言われたが僕は少し駆け足で向かった。
住宅街の中にある、何処にでもあるようなマンションの前に着いた。どうやら教えられた場所はここみたいだ。部屋番号を確認して、インターホンを押すと「上がっていいよ。」と久しぶりに聞く声が聞こえた。
僕は少し緊張感と少し早い鼓動を抑えるようにドアを開けて入る。
「おかえり。」と僕は言ったけど、
「そこは、お邪魔しますでしょ!」と笑われた。
一人暮らしをしているTの玄関は、綺麗に整理整頓されていて、ほんのりいい匂いがする。
「いつ帰ってきたの?」と僕が聞く、
「ついさっき帰ってきたよ。これ、言ってたお土産」と紙袋を渡された。
そして、
渡された僕を、Tが見て、口を開いた
「彼氏とね、旅行に行ってきたんだ」
僕は突然の事で、ビックリしてこの状況が飲み込めず、何故そんな事を僕に言ったのか。言ってどうしたかったのか。なんとか理解したのは。彼氏がいた。そもそも旅行も一人で行くんだ、とも聞いていない事だった。
「僕とここで会ってても大丈夫なの?」と疑問に思って聞いた。
「彼氏、と言うよりも私は浮気相手かな。向こうはもうすぐ結婚するらしいし、文句を言われる理由もないよ。」
この時、僕は少しイライラしていた。この苛立たしさは不倫している『彼氏』に対して。こんな話をしてきた『T』に対しても、だけど僕達はそんな関係ではないし怒れる立場でも無い。このやり場の無い苛立たしさは、さらに募る。
「君はまだ若いね。」と言われた。
3つの歳の違いで、なぜ、そんなに上から目線な言い方をされるのか。僕の人間性がまだ未熟だから。この訳のわからない状況が飲み込めてないのか。
僕はこの場から、すぐに逃げたかった
「お土産ありがとう。今日は帰るよ」
と落ち着いて言った。
「ありがと。またね。」
と去り際に、後ろから声が聞こえたが、振り返らなかった。
***
外に出れば、寒いくて白い息が出る。BARの近くを歩いていた。
あれから、もう3年も経ったし、あの時のTと同じ歳になったけど、あの時のTがどんな気持ちで僕に、そんな告白をしたのか、僕は、ただの寂しさを紛らわせる相手にされていたのか。理解はまだできていない。
あの日から、Tからの連絡も途絶えた。
ここのBARにも行かなくなった。
当時、渡された紙袋には『香水』が入っていた。
ただ、あいにく僕は香水をつける習慣のない人だ。今は部屋の片隅に置いたまま。一度だけ匂いを嗅いではみたものの、きつい匂いが鼻をついて、僕は、「好きな匂いでは無いな」と思った。