初めて彼と会った時、(爽やかで優しそうな人だなぁ……)と思った。彼とは、わたしが以前勤めていた会社で出会った。彼は同じ課の2つ上の先輩だった。当時のわたしは、生活の全てが退屈で不満ばかり、人に対してとにかくツンツンイライラしていた。(ジャックナイフのような女に成り果てていた)
そんな当時のわたしと比べて、職場での彼はいつでも穏やかでのんびりとしていて、誰に話しかけられても受け答えが丁寧で、落ち着いているように見えた。内心はどうだったのか知らないが、当時はとにかくそう見えた。時々先輩たちからいじられた時に見せるはにかんだ笑顔は、なんだかとてもチャーミングだった。
職場の人々はみんなとてもとてもいい人たちだったのだけど、わたしはいつも周りの人たちから自分の言動や容姿をうっすらと品定めされているような気がしていて、つねにそわそわとした余裕のない気持ちで会社での時間を過ごしていた。今思えばそれはとても自意識過剰で窮屈な思い込みだったのだとわかるけれど、当時はそのような感覚がどうしても拭えず、うまく呼吸ができない感覚に陥ることがよくあった。
しかし、そんな中でも、彼と世間話をしている時、彼が近くの席に座っている時のミーティングや会議などでは、わたしはなぜだかとても安心したし自然に話したり笑ったりすることができたのだった。
彼のことをほとんど何も知らなかったはずなのに
それはすごく不思議な感じだった。
当時のわたしの携帯の待ち受けが黄金に光り輝く美輪明宏様であることも、わたしは占いが大好きで、運気を上げたくて髪の毛を切ったことも、仕事の合間時間に彼には笑って話すことができた。他の人たちにそんなことを話したらなんとなく引かれてしまいそうで、とても話せない。
とにかく彼はいつも優しげで、他人を意地悪な目でジャッジしないきれいな心を持っている人間に見え、彼とはこれといって深い関わりはなかったけれど、わたしは確実に彼に好感を抱いていた。わかりやすい恋心ではなかったけれど、彼がその場にいてくれるとわたしはなぜだか安心できたのだった。
会社の先輩たちと何人かで飲み会をした時には、お酒を飲んでしまって運転できないわたしを、彼はその場の流れで家まで車で送り届けてくれた。慣れない人たちとの飲み会で疲れていたわたしはその車の中でいつの間にかぐっすり眠ってしまったのだった。わたしにも多少の警戒心はあるので、普段なら まだお互いのことをよくわかっていない男の人と2人きりの車内で爆睡なんて、さすがにそんなことはしないと思うのだけど、彼といるときには不思議な安心感があったので、本当に無意識に、あっという間に入眠してしまったようだった。
会社の先輩が夜遅く、彼自身の家とは全然違う方向のわたしの家までわざわざ送迎してくれているのに後輩のわたしは助手席で爆睡しているなんて、目が覚めた時にはさすがに申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど、彼は優しく見送ってくれ、(失礼だったかもしれないが、まあ別にいいか) と思えるほどのんびりした気持ちになってしまった。
「今日飲みに行かん?」
ほんとうに突然だった。仕事に対してなんのやる気も起きなかった日、外回りをしているフリをして家でごろごろしていた時に彼から突然そんなLINEが送られてきた。当時は他にお付き合いしている人がいたので、いつものわたしならさすがに断っていただろう。
「付き合っている人がいるので、2人きりはちょっと……。でも、誘ってもらってすごく嬉しいです。こんど複数人でいきましょう!」
だいたいこんな感じの断り文句で。
だけどその日のわたしはなぜだか不思議な直感で
なんとなく、まぁ行ってみるか、と思った。
彼が予約しておいてくれたお店はワインや生ハム、ソーセージ、チーズなんかをメインに出しているお店で、店内の優しい照明や、インテリアのウッディな感じが洒落ていて、とても居心地が良かったことを覚えている。ウインナーやハムは、本格的でとても美味しかった。2人とも白ワインを飲んでいろいろなことを話した。
初めて誰かと2人で食事する時には、わたしは相手が誰であろうといつも決まって少し緊張していて、いろいろな考えを頭の中でぐるぐると巡らせながら誤解や失礼がないよう言葉を慎重に選んで会話して、少し疲れてしまうのだけれど、彼との会話ではそんなこともなく、自分の好きなことや普段考えていることについて自然な感じですらすらと話すことができたし、彼の話にもとてもリラックスして相槌を打つことができ、あっという間に時間が経ってしまった。わたしも彼も、時間を忘れて話していたような感じだった。2人きりで長い時間会話をするのはほとんど初めだったけれど、ずっと前からの友人と話す時、むしろそれ以上に素の自分で、のんびりした気持ちで楽しく過ごすことができた。彼の醸し出す純朴でゆったりとした空気感が、当時はなにかとピリピリしていたわたしとは対照的でふっと心がゆるんだ。
その夜、「この人はきっとわたしのことが好きだし、わたしも自分が思っていた以上に彼に惹かれている。わたしたちはこれからきっとどうにかなってしまうんだろうな」と直感的に思ったし、その直感はきちんと当たって、いろいろな紆余曲折はあったけれど、今ではいつもわたしの隣にいてくれる大切な恋人になった。
紆余曲折の部分に関しては、ちょっと恥ずかしくて文章にするのはまだ勇気がないけれど、結果よければ全て良しなのだ。これでいいのだ。わたしは今とても幸せで、あの日降ってきた不思議な直感にとても感謝しているし、直感に従って彼と一緒にいることを選んだ自分をしっかり褒めてあげたい。
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