地獄旅 4-1 辰野 エナジー浮浪
それは2018年、ムイムイハウスに信楽焼のタヌキと素焼きのキツネが住み着いた当時の出来事です。
7月末、信楽に行った歳、信楽駅の売店から我が家にやってきたタヌキ。
徳利に「八」の文字が刻まれていた事から、彼の名は「狸八(まみや)」。
(機会が来たら、この地獄旅についても書くと思います)
その次の週。東京散歩中に、上野は下谷神社。
おみくじコーナーに、そのキツネはいました。
中性的な顔立ち、男の子か女の子かも分かりません。とりあえず、便宜的に彼女と呼んでおきましょうか。彼女の名前が決まらない。どうしよう。考えた結果、「名前を授かりにいけばいい」、という案を思いつきました。
この、半端に使用回数の残った金券ショップ産の青春18きっぷで。
日頃のご挨拶も兼ね、「お稲荷さんの総本山」に…
電車に乗る前に、いちおう携行食料を買っておきました。恐らく今回も終電ギリギリまで電車に乗り、都合のよさそうな街で宿を探す展開になるでしょう。電車から降りて食事を取れる時間があるか、そういう場所があるか、わかりませんから。
日本三大稲荷などと言いますが、例によって3つに微妙に収まらないというか、3つめ候補が日本中あちこちにある。そんな「日本三大あるある」はさておき、うち2つはほぼ評価の定まるところではないかと思います。
詳しいわけではないのですが、ざっくりと分けてしまえば…仏教系、荼枳尼天を仰ぐ総本山が「豊川稲荷」。そして神道系、宇迦御魂を祀る総本山が「伏見稲荷」。いずれにせよ、食の根幹…「稲」を象徴する豊穣神、そして穀物を食い荒らす鼠への対峙者、「狐」を御使いとするイメージは共通しているのではないでしょうか。犬と違い、人とともに生きる事を選ばなかった狐には、どこか神と共に暮すような神秘的なムードが漂っています。
今回は、愛知県にあります「豊川稲荷」を目指していきます。
…東海道線以外のルートで。
それでは、八王子・高尾から離陸し、大月方面を目指していきましょう。
土曜の夜、相模湖辺りから既に電車はガラガラ。この時間帯に甲府方面に用がある人は、普通はみんな特急で移動しているのでしょう。この四方津駅、(ギリギリ)都心にも電車可能という狂気のニュータウンがあることで知られています。
これは別の日に取った参考写真。駅を降りると目の前に現れるのは山頂まで無限に続くエスカレーターと斜行エレベーター。切り開かれた山頂に、「天空の城ラピュタ」にも例えられる浮世離れした街があるのです…このエスカレーターは怖い。ビッグサイトのエスカレーターより怖い。高所恐怖症なので絶対後ろを見ないように手すりにしがみついて登った記憶があります。
大月を過ぎると、まばらに乗っていた人々も次々に電車を降りてゆきます。富士急行で河口湖でも目指すのでしょうか。
こちらはこの小淵沢(こぶちさわ)行きに乗り込みます。調べた感じ、こいつに乗るとうまいこと甲府の先あたりまで抜けられる電車みたい。温泉郷の石和(いさわ)は宿が高そうだし、県庁所在地の甲府も宿が混んでいることが多いです。これは幸先いいですね。すこし主要都市を外して宿が取れれば、快適な旅になりそうです。
…いないね。だーれもいない。
クロスシートの二人がけ、気まずすぎる。ここに知らない人と座れる人、よほどのコミュニケーション強者だけでは…
暗いし、天気が悪いし、カメラの性能もあり、ひどい写真が多いです。
こんなんばっか大量に保存されてた。臨場感しかない。
甲府の先、見知らぬ世界へ…
…このあたりで、旅立ちの興奮は薄れ、状況がすこしづつ把握できてきました。ない。明かりがない。駅前にそもそも、明かりがない…
この夏は毎週のように関東を離れるような尋常ではない回数の旅を重ねていました。当時のコンセプトは、「宿はとにかく安く」。なるべく漫画喫茶のナイトパックを使い、事前に計画が立ち早めに現地入りできる時はエクスペディア経由で新しめのホステルを選択。ホテルに泊まるのは特殊な状況、くらいの考えで、宿の探し方や手段もほぼ行き当たりばったりでした。そして、東海道沿線のようなつもりで向かった内陸地。そこは、海沿いとは全くの別世界でした。
ない。宿がない。そもそもビジネスホテルが少ないのもあるのですが、夜に突然素泊まりの客が部屋を取りに来るようなことがない場所では、観光ホテルも旅館も商人宿もそもそも深夜のチェックイン業務なんてやる意味ないのでフロントが早々に店じまいしてしまうのです。まあ、家族経営規模だろうしね。
様々なことを、この旅は教えてくれました。
例えば、googleの地図アプリは近隣の全ての宿を検索結果として返すわけではなく、恐らく何らかのタイアップ関係のもとにホテルの選定がなされていること。やはりこの会社は、インフラである前の部分として、本質的には広告企業なのです。
そして、「漫画喫茶」や「インターネットカフェ」というキーワードで検索しても普通の喫茶店もざらざら検索結果に紛れ込んでしまうこと…「そもそもそんなもンねェよ!」ってエリアでは、『もしかしてこれがそうですか?』的な感じで、気を利かせて次善の候補としてそういうものをリストアップしてしまうのですね。AIに伝わってなかった、私の検索意図。
というわけで、ここは諏訪湖のほとり、岡谷駅。結局諏訪湖のあたりの中心都市がどこなのか、どこなら宿が取れるのか、どうすべきなのか。逡巡してる間にかなりヤバそうな所に来てしまいました。なんだかこの街が、最後の希望な気がしています。
様子を見に、降りてみましょうか。本日最後の乗り換えをするにしても、すこし時間があります。
…アカン。いきなり駅前、住宅街だ…
(※この記事を書くため地図を見たところ、本当は左手側に岡谷セントラルホテルっていうやつが一軒あったようです。雨も降っていたのとテンパっていたので気づかなかったみたい。)
特産品コーナーを仕事明けのぼんやりした頭で眺めます。どうする、どうする、どうする…
天気は雨。内陸地に宿の気配はなし。松本はおそらく、それなりの都市。行けば今夜の宿はどうにかなることでしょう…しかし、今回の旅の目的はあくまで愛知県を目指すこと。明日中に帰らなければならない状況で、松本まで行ってしまえば、おそらく旅の目的は変わってしまうことでしょう。ロスする時間、特急料金と宿代の予感が重くのしかかります。そもそも、このルートの選定自体に大きな問題があるんだけど。
なるべく安く、雨露をしのぎ朝を待てる場所はないものか。終点である駒ヶ根の手前、辰野駅の周辺を地図で見ていたときに気が付きました。
あっ…これは…いけるかも!?
降りるぞ!今日の最終到達地点は辰野だ!
こんな時間に山んなかでこんな電車乗るやついるわけねえ。
ガラガラだ!
半ばヤケクソになっていないといえば嘘になります。
ここが たつのの えきだぜ。
なんもねえ!まっくらだ!なんもねえ!
写真写りもかなりひどい状態だけど、被写体もとくにありません。
暗闇のなか、増水していると思しき流れだけが響いています。不気味です。そして、この時点では…傘を持っていません。
とぼとぼと車も通らない道を歩いていきます。
あったよ!コンビニ!!全身から力が抜けるような安心感。
雨の中、立ったままポストでスーパーカップを食べます。ラーメンの選択基準は、量。麺の量ではなく、スープの湯量、そこに含まれた熱の総量です。すこしでも体温を回復するために…俺達はラーメンを食べてるんじゃない、エントロピーを食べてるんだ!
…椅子もないこんな場所に、いつまでもいることはできません。
歩きましょう。疲れてきた…
水量の増えた用水路、高速道路を潜る天井の低いトンネル。頭上を通るのは高速道路、中央道です。このあたりに辰野パーキングエリアがあるのは確認済みなのですが…はたして、探しているものがあるか、どうか…
…あった!!「ぷらっとパーク」!!
NEXCO中日本のサービスエリアには相当数、「ぷらっとパーク」という名前で、一般道のドライバーも休憩施設としてSA/PAを使えるようゲートを作ってくれているのです。(施設の立地条件上、入り口はかなりわかりにくいことが多いです。注意しましょう。)この「ぷらっとパーク」、免許がなくても徒歩や自転車でSA/PAの空気感が楽しめるというすてきな使いみちがあるので、以前から存在は認識していたのでした。まあ、今回このゲートがあるかないかはバクチだったんだけど…どこに情報載ってるのかよくわからなかったんで。
チートバグで壁抜けしたような奇妙な違和感が楽しい…さて、問題はこのPA、かなり小さい施設っぽい。ゆっくり朝を待てるような場所、あるかしら?監視カメラ経由で怒られても困るし、迷惑のならない範囲で利用しましょう。
…なんだろうな、これ。プラスチックの椅子と…撤去された藤棚。屋根もなんもないに等しいな…大降りじゃないからいいとするか。こんな日ならベンチ使うやつ、他にいないだろう。暫く座っていてもばちはあたるまい。
コンビニ内には、イートインスペースもありました。当然イートインなので、食べてもいないのに長居することもできません。それに、けっこう服が濡れているため、エアコンがじわじわと体温を奪っていくのです。
パーキングエリアのいいところは、お手洗いが確実に確保できるところ。利尿作用も気にせずホットコーヒーも飲めます。野沢菜のおやきも食べちゃうぜ。
オオオッ!山梨を中心に愛されているローカルめんつゆの雄、ビミサン味の漬け卵じゃないか!!
ウメエ…ウメエ…いや…そろそろ限界だな…おなかさんガボガボになるまでお湯飲んでる。これ以上、イートインに居座ることはできないか…もはや俺は…『客』にはなれない…
9月頭に貼るカイロを買いました。ふたたび外で朝を待つための、最後の命綱として。
応援してほしいのはこっちだよ!
ちなみに上り線側にはレストランがあったっぽいんだけど、逆にコンビニ等がないために下り以上に長居できる環境ではありませんでした。まあ、多少の時間つぶしにはなったかな…
とにかく、歩きつづけましょう。始発が来たら、汽車の中で寝ればいいんです。「せっかくの旅行なのに寝てたらもったいない」と思うでしょうが、いいんです。次に乗る飯田線は、最低でも6時間は終点まで乗り続けるしかない地獄オブ地獄、最凶のローカル線なのだから…
ホタルくらいいるわな。空気は本当に清々しくて気持ちいい。
時間を持て余しているので、だいたいの方向を確認したくらいで雑に歩いています。宿で充電できなかった以上、スマホのバッテリーも無尽蔵に使うことはできません。
お、駅。
どうやら、お隣の宮木駅についてしまったようです。
この飯田線、路線バス的な位置づけもあったのでしょう。やたらめったら駅がたくさんあるのです。けっこう駅間が短い場所も多いようです。
いい駅ですね。堪能しました。辰野に戻りましょう。
雅なマンホール。だんだん空が白んできました。タイトーのSTG「ナイトストライカー」で一番好きなシーンが、エンディングと共に訪れる夜明けです。夕闇と共に始まった物語が、日が昇ると共に終わりを告げる。「夜」そのものが主役のゲームとして、このうえなく象徴的で美しい演出でした。
ウワーッハッピードリンクショップあったー!!!!見るたびテンション上がるぜハッピードリンクショップ。大好きさハッピードリンクショップ。
ちょっと安いのもうれしいんだよね。
…「意外とさっぱりしていて飲みやすいです」って、消極的すぎる売り文句だな。こんなんで、いいのかしら…
リュシオール(貴方に魂の平穏があらん事を)…辰野の町に、朝が来た。
マジでなんもねーな。
朝露の見知らぬ町は、どうしてこんなに叙情的なのでしょう。
生き延びた…
この時以来、山間部・内陸地では主要都市に宿をとって旅程の無理を減らしたり、割高でもホテルを予約したり予約サイトを活用したりといった感じで旅程そのものに余裕を見積もるようになりました。もちろん、体調を崩す心配もあるし、万一の事故が怖いということもあります。しかし、それ以上に、「静かな町で暮らす人々の平穏を脅かす存在になってはいけない」と感じたのです。夜中に突発の見知らぬ訪問者など来るはずのない、イレギュラーなど起きないはずの場所が大半なのだから。
とにかく…歩いて、体を冷やして、疲れた…体の水気をとった後、柔らかいシートにゆっくり腰掛けます。ふかふか感があり手触りが温かい椅子快適すぎて泣きそう。キモチイイ…ネスサンネスサンネスサン…沈み込んでいく…
今の俺は冬のライオン
ほんの少しだけ
眠らせて
くれ…
…カロリーメイト?なかったよ!食うタイミング!!
なんの備えにも なってなかったわね