どぶさん #3 味じまんの巻
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■■■前回のどぶさん■■■
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1
ここはムイムイ村近くの海水浴場、ムイが浜。
どうぶつ人間たちが波とたわむれる中、そこに一軒の海の家がありました。
屋台に輝く「YKSBオイシヨ!」「味グランプリ金賞の店」の文字。
「2、3、4…」チィー…焼きそばがフライパンの鍋肌に押し付けられ、おこげができる音がちいさく響いています。のぼる湯気、まぶしい日差し。
「ふぅ…暑い!」
汗を拭うどぶねずみの焼きそば屋さん。
そう、我らがどぶさんです。
そこに日傘を差したもう一匹のねずみ…夢の島製麺所のカヤさんがやってきました。
「えらい所でお店してますねぇ…」「カヤさん」
2
それは数日前のこと…
「どぶ!これからは海の家だ!どぶ、お前のやきそばならやれる!天下一のお前のやきそばで村おこし!ムイムイ村の未来はぁ~!!」
クマさんはお役所の観光課で働いています。熱くムイムイ村の未来を語る熱血漢なのですが…なにか急に思いつくたびにどぶさんを頼ってくる、ちょっと困ったおじさんです。
「ちょっとクマさん声大きい!ちょっと!ちょっと!?」奥さんのハツカさんが、クマさんをなんとか落ち着かせようとしていました。
ハツカさんは、夢の島製めん所の共同経営者、カヤさんの姉なのです。
「ハツカがゴメンと言うてました。あの子が謝る事でもないけどねえ…」
よく冷えた缶みかんの汁が二人の喉をうるおします。
ミカンミカンミカンミカンミカン…
「どぶさんも、アレと良うつきあいますわ」
「友達だから…」
この4匹、ずいぶん長いつきあいのようです。
なんだかんだでお酒も飲まないのに飲み会に付き合い、なんだかんだで海の家をやることになっている。どうにも、おひとよしなどぶさんです。
「どぶさんヤキソバチョーダイ!」「ア、ハイ」
「アラ、意外とお客さん居てる」
3
「新しいやきそば焼く?」
「もうできてるのちょうだい。すく食べたい」
はらぺこのどうぶつキッズ達が焼きそばのパックに群がります。
「はんぷんこ!」「はんぷんこっこ!」
びっくり犬のシバはすごい勢いで青のりをやきそばにふりかけています。
「おおおお 青のりスペシャル!!…青のりのフタが!」
ドザーッと青のりが乗ったやきそばを食べたシバの牙はすっかりみどりいろになってしまいました。
「村おこしとは言われたけど、常連しか来ない…」
「こんな場所 地元民しか知らんと思うよ」
4
「あ、そうだ おめでとうどぶさん!」
「何?」
「金賞もらったんでしょ」
『味じまん』に輝く味グランプリ金賞の文字…おや?
どぶさんの様子が、なんだかモジモジしています。
「それ…ハッタリ…観光客はそういうの気にするからってクマが…」
「ウワーッズルじゃん!」
「友達は選んだ方がええよ それじゃ私仕事に戻りますわ」
二人の率直な意見に言葉もないどぶさんでした。
「ごちそうさまでした!」
おなかが満たされたどうぶつキッズは再び海にかけていきました。
5
(ズル…)モヤモヤしたどぶさんの心の中に、天使のどぶさんと悪魔のどぶさんが現れました。
しかし、どぶさんがぼんやりしているので、悪魔も天使もおなじようにぼんやりしています。何も考えていない顔をして、みんな焼きそばを焼きはじめてしまいました。
「作り置き、全部売れちゃったし…次のお客さんの分つくっておこうか」
あれして、これして、切って炒めて、はい完成…
無心でやきそばを作っていたどぶさんは、人知れずニッコリ~しています。
6
休憩しているどぶさんのもとに、一人のお客さんがやってきました。
「あ ここかな…やきそば屋さーん あの…まだやってますか?」
どうやら、新しいお客さんがやってきたようです。
「ハイ 新しいのお作りしますか?」
「そうしてもらえると助かるなあ ぼくたちけっこう台数いるので…」
「台数?」
7
「はいはい皆さん、一列にね」
そのどうぶつ人間…黒犬神はかせが連れていたのは、老婦人らしきロボットを中心としたロボット人間の団体さん…黒犬神ひみつ研究所の面々でした。
どぶさんは一団の中に、見知った顔を見つけます。
「あ、ニセムイムイ君。お客さん、連れてきてくれたのか…」
ニセムイムイことムイボット2600は、お礼を言うどぶさんに殺人光線を浴びせていました。どうにもやんちゃなロボットです。「コロス!」
「あ、コラ!ひとに殺人光線を向けない!」
「ムイボット2600からやきそば屋さんのことは聞いていました。役場の人のチラシを見てすぐあなただと分かりましたよ。割引券じゃなくて「割増券」を配るなんて面白い、と大奥様がおっしゃりまして、皆で散歩がてら行ってみようって話になりまして」
8
「…割増券?」はかせは一体なんの話をしているのでしょうか。
「『本物の焼きそばは値引きはしないものです!そのかわり、味グランプリの金賞シェフが同じ値段で3割心をこめ料理します!』って役所の人が…なにしろ、ずいぶん自信満々だったから…」
クマさんはどぶさんのために、色々動いていてくれたのですね。もっとも、話がよけいに大きくなっているようだけれど…
「言いますね…てきとうな事を…」こないだミミズマートで半額で売ってました、と言いかけた言葉を飲み込むどぶさんです。
ロボットの中には、どうぶつ人間と同じ食べ物を食べると錆びてしまったりお腹を壊してしまうものもいます。どぶさんは確認のために聞きました。
「皆さん、どうぶつ食で大丈夫ですか?ロボットめんやお化けめんは持ってきてなくて」
「全員ダイジョブです。」「どうぶつ人間にできることはたいていできます。うちのロボは人間のような感情や生活の再現が売りでね」
(そういえば、ニセムイムイ君も凶暴性以外はムイムイ君そっくりだったな…)
9
「おばあさま、最近はずっと電源切れたままで…やきそばの先生の話を聞いて久々に起動したんです」
(やきそばの、先生…?)
「どうです?オーナー…いや、大奥様」
「おどろきましたわ、本当に3割増しで心を込めて下さったのね。やきそばとは…おいしいものですね」
(おばあさまが数年ぶりにおしゃべりしてる!)
(いやあ、びっくりするねえ)
全然驚いているように見えない様子の黒犬神はかせです。
どぶさんに、ロボットの大奥様は言いました。
「どぶさんと言ったかしら、なにか…やきそばのお礼をしなくては…」
「そんな…お題ももらってますし…」
チュー…と照れるどぶさん。みんなが勝手に大騒ぎして、大事にして、どぶさんはいつも通りやきそばを焼いているだけなのにね。
「そうおっしゃらず…そうだ!ちょっとその持ち帰りのやきそばを貸してくださる?」
「…貸す?」
10
ムイボット2600のトングに挟まれた、金属製のロボコッペが現れました。
「コッペパン…」
「正確には、それのロボットです。」
「ちょっと話がわからないです」
「大丈夫。すぐ判らせます。
即物的なところが、我々の製品の『ウリ』なので…」
そう言うとはかせは、ロボコッペパンにどぶさんの焼きそばをはさみはじめました。
なんだかまた、おかしなことになりはじめました。
11
ヴ……ン…
「『具』ヲ認識シマシタ…初期化シマス…」
ヴヴヴ…パカン…
「パーソナライズ完了…ビークルモード起動…」
ニュウウニュウ…
鋼鉄のコッペパンに、どぶさんのやきそばが命を吹き込んでいきます。
そして…
「コンにちわどぶさン!ぼくはやきそばドッグです!」
「えっ 何」
どうやらやきそばドッグはどぶさんの事が気に入ったようです。
「大切にしてあげてくださいね」
「後で製品レビューお願いしまーす」
やきそばをお腹いっぱい食べ、お礼も伝え終わったひみつ研究所の面々はさっそうと帰っていきました。
ロボットの研究をしている人たちは、さっそうとしていますね。
12
「…はい?」
嵐のようなひとときがすぎ、気がついたらどぶさんに新しい家族が増えていました。
困惑につつまれるムイが浜に、ムイボット2600が放つ殺人光線の音だけが鳴り響いています。
「ギャーッ!!」ズビム!(おわり)