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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その31


この物語はフィクションです。
如何なる人物も実存しません。


31.   初めてのハイタッチ


土曜日になった。
拡張デーである。


今年の新人のみが集まった。
みんな初めてである。


私ははっきりと言った。


「要するに新聞の勧誘に行くということですね。」


優子さんが説明してくれた。


「それは難しいから、今回は少し違うの。
みんな拡張は初めてだから、新しく新聞を取ってもらいに行くんじゃなくて、もうすでに今配達している家に行くの。」


「ほう。」


「それで、そこに行って『〇〇さんもうすぐ契約が切れるので引き続き継続お願いします!ってお願いしに行くのが今日の拡張デー。」


「なるほど。それなら簡単ですかね?」


隣に居る由紀ちゃんに聞く形で言った。


「私この前暇だったから先輩について行ったの。
ごめんね、初めてじゃなくて。」


「なに〜!経験済かいな!」


「うん。いつも集金に行ってる所だから誰が出てくるか
顔まではっきりと出てくるしさ。それで
その人に『今度の7月で新聞の契約が終わるからまた引き続き契約してください』って言うの。簡単でしょ?」



「そうですねぇ。」


優子さんの笑顔が満天だ。
「だいたいの人は1年契約してくれるからね!」



やっと優さんの出番が来た。
「10年でもいいぞ。」



それを聞いて由紀ちゃんが言った。
「私が後ろから付いていったら2年くらいになるかも。」



2年か。
その責任は取れないな。
私は2年後ここに居ないだろう自分の後に
拡張デーに参加する後輩に会釈した。


「さて、1時間だけだぞ。14時までには戻って来いよ。
夕刊だからな。」


「はーい。」


坂井と竹内は返事せずに出て行った。


「あー!ちょっと待って!
粗品のタオルと洗剤が物置にあるから
持って行って。契約もらったら1個ずつあげていいから。」


「はーい。」



我々のチームも自転車に乗った。
私の自転車のカゴにタオルと洗剤を入れた。
私の区域に行く事にした。



由紀ちゃんが後ろから付いて来てると思ったら
自転車を漕ぐ足が、ぎこちなくなる。


信号待ちで近々契約が終わる人のリストを見た。
優しそうな人ばかりではないか。
佐久間さんが載ってないのでホッとした。


一軒目に着いた。
自転車を停めて早速インターホンを押した。


出てこない。


留守のようだ。


二軒目。
ここも留守だ。


持ち時間は1時間しかない。
しかしお昼なのに、みんなどこに行ってるんだ。


三軒目。
「はーい。」
出た!いつもの女の人だ。


「あら?どうしたの?集金じゃないよね?」


「こんにちは!」
由紀ちゃんが後ろで言った。


「あら?可愛い子ね。彼女を紹介しに来たの?」


「いや、彼女とかじゃないです!」


私はまだ一言も話してない。

「妹さん?」


「兄妹でもないです。仕事の仲間です。ほらっ、真田くん?」


おしっ!出番だ!
「今日は新聞の契約がもうすぐ終わるから引き続き継続してもらえないかなーと思いまして・・・えー・・・ふたりで・・」


「あー、はいはい。もうそんな時期なのね。いいわよ!
もう1年更新でいいわよ。」


やったー!
あっさり決まった!

喜んでいる場合ではない。
カードと呼ばれる新聞契約書に印鑑を押してもらわないといけない。
名前と住所も書いてもらう必要がある。


私は集金用のカバンから、その契約カードとボールペンを
取り出そうとしていたら由紀ちゃんが言った。


「あのー、すいません。
今日はふたりで来たので二人分って事でもう1年って
契約お願い出来ませんか?」


「えーと、2年ってことね。んー。
いいわよ!いつも頑張ってるからね。あなたも新聞配達してるの?」


「はい!別の所ですけど。」


「大変ねぇ。しっかり者の彼女さんが居て良かったわね、あなた。」


私と目が合った。
彼女という事にしたら倍になるのか。しめしめ。



「彼女ではないんです。」

やはりそこは否定する由紀ちゃん。


「でもあなたあれでしょ?ブツブツ・・・」


なんか急に声が小さくなったので聞こえなくなった。
由紀ちゃんと何を話しているのか分からない。


私は粗品のタオルと洗剤を自転車に取りに行かないといけない。

「すいません。ちょっと自転車から粗品を取ってきます。」


「あー!ありがとう!助かるわ!」


由紀ちゃんは完全に女の人側に立って、
こちらを見ている。


女同士で息が合ったのだろうか。
分からない。


私は玄関のドアを開けて外に出た。
空気が美味い。
深呼吸しながら歩いて
自転車の前カゴを見た。


みんな良い人達なのに
一人になるとなぜかホッとする。
気持ち良い風に吹かれて
そんな気持ちになった。
私は急に周りの風景を見たくなった。


周りを見渡してみた。


登り坂の途中にあるこの家。
同じような家が立ち並ぶ住宅街。
同じようで違う街並み。



なぜこの人達は、
この土地に住むようになったのだろうか。
知らない。


毎日2回来る家。
また後で夕刊の配達に来る家。
そして
私も由紀ちゃんも偶然同じ年度に同じ店に来た者同士。
そんな奇跡の一つ一つが重なり合った形の新聞の契約更新。


偶然が偶然を呼んで重なってこうして今ここにいる。
タオルも洗剤もどこかで作られたものが偶然
ここに居る。
決して粗末な物ではない。


なんか神妙になる。
自転車のカゴの中のタオルを手に取った。
粗品と書いた袋の中で眠っている。
タオルも洗剤も粗末な物ではない。
奇跡たちが重なった奇跡の塊である。


そんなことを考えながら
ふぅーと深呼吸してから
タオルと洗剤を持ち直して
家のドアを開けた。


楽しそうに話をしている二人がこちらを向いた。


「ありがとう。2個もくれるの?」

「はい。2年も契約してくれたんで。」

「また契約するから、また2年したら二人でおいでね。」


素敵な笑顔で言ってくれた。


嬉しそうな由紀ちゃんが
「はい!また来ます!」と言った。


私はなぜか泣きそうな顔を見せないように
もうドアの方を向いた。


変な風に吹かれて
心がおセンチになってしまっていた。


2年か。
2年後にはもうこの街にはいないだろう私。

2年も契約した由紀ちゃんが悪いわけではない。
むしろ素晴らしい楽しさをくれた。
しっかり者だな。
いつも私はそんなしっかり者の女の子に引っ張られ
守られる弱虫。


「ありがとうございました!」

「気を付けてね!」

「はい!この人はまた後ですぐ来ますから!」


そういって由紀ちゃんは私を指差した。


「あー。夕刊ね!もうそんな時間なのね!買い物に行かなくちゃ・・・
それじゃあね!」


忙しそうな人だ。
活動的だ。快活で元気な人だ。
真っ直ぐな人。


「どうしたの?大丈夫?」


顔を隠すようにして動いている私の後ろから
由紀ちゃんが心配してくれた。


「あ、うん。なんでもな・・・いこと無い!すごいね!
本当に2年になったね契約!お見事です!」


「イエーイ!」


由紀ちゃんがそう言って右手でピースした。
たぶんピースサインだ。
2年契約できたから「2」としているわけでは
ないだろう。


私も右手を上げて手のひらを広げて
勢いよく振りかぶった。


由紀ちゃんはすぐに気が付いて
私達はハイタッチした。


パチンッと良い音がした。
初めてのハイタッチ。


「いやー、由紀ちゃん。ナイス!堂々としてましたね!」

「うん。なんか真田くんが居たら安心できるし。」

「安心?」

「うん。なんか真田くんが居たら和むというか安心というか
何だろう。癒し系?ホッとするというか。」

「そんなぁ。ただぼーっとしてるだけやで俺。」

「それがいいのかもね。そんなこと話してたんだ。さっきの人と。」

「そうかー。急に仲良く話し出したから女の人にしか分からない話でも始めたのかと思った。」

「んー、そうだね。女の人にしか分からないのかもね。」

「ん?何が?」

「いや、なんでもない!早く帰ろう!もう2時になるよ!」

「うわ、ホンマや!優が痩せてしまう!」

「ははは!痩せるんだったら遅刻しようよ!優子さん喜ぶよ!」

「いや腹空かしすぎた反動で、めっちゃ食うから
俺たちの分の飯無くなるで。急げー!」

「キャハハ!もしご飯なかったら私が作ってあげるよ。」

「いや、俺が作る。」

「え?真田くん料理できるの?」

「うん。お好み焼き屋さんでバイトしてたからお好み焼きなら作れる。色んなバリエーションのお好み焼きが作れる。多分。家で作ったことないから分からんけど。」

「へぇー。食べてみたい!どんなお好み焼きがあるの?」



坂道なので自転車を押しながら歩く私たち。
話しながらなので息が荒くなっていく。


「例えばお好み焼きとお好み焼きの間にチャーハンを挟んだ『ライスモダン焼き』とか。めずらしいやろ?」

「わー!美味しそう!そんなんあるんやね!作って作って!」

「いや、家で作ったことないねん。お店やから出来たんやわ。きっと。」

「できるっしょ。真田くんなら。」

「いや、あの大きい鉄板の上じゃないと手順がよく分からん。フライパンで出来るんかな?分量もあの専用カップがあったからちょうど良い粉と水と
のバランスが・・・」

「真田くん!青だよ青!早く渡ろうよ。」

「えっ?うん。おわっ!」


少し自転車がよろけた。
前カゴから袋に入ったタオルが地面に落ちた。
自転車のハンドルを持ったまま片手で拾った。
「粗品」と書いてある。


さっきまで悲しげだった粗品の文字が
今は楽しそうにしている。


良かったんだ、これで。
正直に2年後の事を思って泣いていたなんて
言わなくて良かった。


先を思っても仕方ない。
昔を懐かしんでも仕方ない。
今を楽しもう。


新聞は毎日配られ続けるのだ。
私は毎日生きるのだ。



〜つづく〜


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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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