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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その21



21.  ひとりごと



朝焼け空が好きだ。
新聞配達をしているからよく見ることができる。



でも新聞配達を始めてから好きになったのでも
よく見るようになったのでもなかった。



以前から私はよく空を見るためだけに外に出かけた。
新聞配達をする前から私は夜型だった。
一晩中起きて、外をフラフラとしていた。



やがて夜空が白むと自分の時間が終わっていくような
寂しい気持ちになった。



街に住む人々や家族達や社会がもうすぐ起きてくる。
だから今度は私が寝る番。
みんなにバレないように生きる。



そんな私の時間とみんなの時間の間の空が一瞬だけ焼けるのだ。
時には赤く、時にはオレンジに。
黒い空が蒼く薄まっていく。
深い紺色になったり
見事な紫色になったりして。



毎日微妙に違う色の朝焼けや夕焼けの空を見て
ボーッとするのが好きだ。
なんで好きかは答えられない。
分からないから。



私のどこが好きかと聞かれたことがあるが
答えられなかった。
分からなかったから。



一瞬の素敵な空を見せてくれる地球は好きだけど、
地球のことなど何も知らない。
内部の事情なら、なおさら。



いつも素敵な笑顔を見せてくれる君が好きでも、
君のことなど何も知らない。
内部の事なら、なおさらだ。



東京でも空が綺麗に見える場所がある。
配達の途中だけど、そこで自転車を止めて
立ち止まって私は朝焼けの空をしばらく眺める。



なんとも言えない時間。
自分が何者でもなくなる瞬間。
街にも誰にも名前などなくなる時間。



ただの一枚の風景。
見えているもの全てが風景であり何者でない時間。
名前があるとすれば、それは「風景」だ。
ただただパンを焼くトースターのように太陽が空を焼いてゆく。


地球のどこに居ても
焼けた空を見ることが出来る。




今、私は東京・新宿区に居る。
都会だ。
そんな都会のど真ん中で新聞配達をしている。



毎朝だ。
決まったルートだけど同じような場所のようでも
同じ場所などひとつも無かった。
色んな道を縦横無尽に自転車で走る。
色んな家がある。
色んな建物がある。



そして、
色んな匂いがする。
朝の生まれたての新鮮な空気を吸える公園や住宅街。
夜の残りの生臭い空気なら商店街や繁華街で吸える。



色んな色のポストがあり
色んな形のドアがある。


綺麗のから汚いのから
いい匂いのやつから臭いやつまで。


可愛いのやらオシャレなのやら
カタブツな真四角のやらアーミーカラーのまで色々。



そこをめがけて
私は朝夕のニュースを届ける。
新聞紙を届けるのではない。
新鮮なニュースを届けているのだ。
オマケで新聞紙が付いてくる。



商店街を通って
大きな家並みを通って
雑居ビルをおそるおそる通り抜け、
マンションのエレベーターに乗って
団地の階段を駆け上り、
文化住宅の階段で足音を消す。
病院や施設の中や交番にも配達をする。
そして途中の公衆便所で用を足す。



色んな人々の生活のシーンをくぐり抜けていく。
毎朝の2時間。
夕方も1時間ほど。



朝は人がいないからスイスイと配達ができるが
夕方は大変だ。
なんせ人が多い。
朝のようにはいかない。



信号も守らないといけないし、
人をひくわけにもいかない。
エレベーターも待たなければならない。



暗いけど人が少ない閑静な住宅街は少し静かすぎて怖い。
商店街や繁華街は夜なのに明るいけど、酔っ払いや夜働く人や
私のように命の時間を無駄遣いしている若者がたむろしている。
夜なのに明るくて賑やかだけど汚くて臭くてうっとおしい。



そんなバランスの良くとれた都会の街を
自転車で新聞配達をする毎日。
全く別の事を考えながら。
妄想が進む。



ジーパンのポケットに入れている
小さなメモ帳がすぐいっぱいになる。



よしっ!
この商店街を抜ければコンビニがある。
そこで少し休憩だ。
いつもの小休憩。
缶コーヒーを飲むのだ!
よし!もう少しだ。!



その時だった。



私の3メートル先くらいに
どさっと上から何か落ちてきた。
歩道と車道を隔ててくれている背の低い植物たちに
覆いかぶさるように。



黒い物体。ゴミ袋かな?
誰かが上からゴミを投げ捨てたのか?
ひどい奴が居るものだ。さすが都会。
上を見た。



10階建てくらいのマンションが立ち並んでいる。
マンションの窓しか見えない。



おや?
すぐ2階の窓が全開で開いている。



やばーい。もし住人と目があったら何言われるか、
わかったもんじゃない。



すぐに歩道の方に目線を戻して、私はまた黒い物体を見直した。
生垣の方を心配したその時、その黒い物体はゴミ袋ではなく、
人だということに気が付いた!



なんてことだ!
長い髪!女の人だ!
ということは?
人が上から落ちてきたということになる!
たいへんだ!

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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