連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その38
38. 24時間耐久レース5
目を開けた。
雲ひとつない青い空。
日差しが眩しい。
ここはどこだ?
そうだ。海に来ているんだった。
体をこんがり焼くつもりで横になったら
寝てしまったようだ。
寝たまま、首を上に向けてみた。
パラソルが視界に入った。
もっと上を見た。
おやっ?由紀ちゃんの白い服が見える。
私の頭のすぐ近くに由紀ちゃんが静かに座っていた。
他の子達は見えない。
「あ、真田くん起きた?」
「寝てたな俺。ごめん。」
「いいよ。運転で疲れたんだね。」
「いや、バタフライかもって、、、あれ?みんなは?」
「なんかビーチボール借りれたから、それで遊んでるー。」
「ん?どれどれ?」
私は上半身を起こした。
海が背中側になった。
私は山の方を見て、ヒリヒリする体の裏面も
焼く必要があるか、ボーッとしてる頭で考えた。
「どうしたの?大丈夫?海こっちだよ。」
「え?あ、はい。」
海の方に体の向きを変えた。
まっつんとしーちゃんと麻里ちゃんと千尋ちゃんが
四人でビーチボールでなんかしている。
楽しそうだ。
「はい、お茶」
「おー!ありがとー!」
気が利く由紀ちゃん。
枕元で静かに私のそばにいて
起きたらお茶をくれる。
まるで母親が看病してくれているかのようだ。
そんな風に私を特別扱いしてくれている感じが心地よくて
私は背中側も焼くことを決心した。
「まんべんなく焼かないとね。今度は背中側を焼くわ。」
そう言ってうつ伏せになる私。
頭は由紀ちゃんの方へ。
いつもと違っておしとやかで静かな由紀ちゃん。
ふと思った。
由紀ちゃんの膝の上に乗せたい私の頭と
私の頭を乗せてもいいよと言っているような雰囲気の
由紀ちゃんの膝の上。
つまりは太腿。
太ももの上に頭を乗せたら
どれだけ心地良いだろう。
頭がぼーっとしているついでに
乗せてしまおうか。
んーダメだ!
乗せる勇気はない!
勇気も会話もないまま
私は黙ってタオルに顔をうずめた。
背中を焼くと言う名目だけが
ふたりを近づけている。
いや、待てよ。
私が体を焼くのに由紀ちゃんが付き合う必要は
全くない。
しかも寝ている地蔵のような面白くもない男に。
私は提案した。
「由紀ちゃんもビーチボールの方に行きたいんとちがう?
行ってきたら?」
「真田くんが寝てる間に荷物がなくなったら嫌だからさ。」
そうか。
やはり居ないのと同じ男。
存在のない男。
寝てしまったら誰かがそばに近づいてきても
きっと気づかないだろう、この男には
留守番は任せられないのだな。
やはり地蔵のような男だ、私は。
すると私の髪の毛に何かが触れた気がした。
由紀ちゃんが言った。
「真田くんの髪の毛くせっ毛なんだね。いいねぇ。」
私の長年の悩みに触れた由紀ちゃんが
私の髪の毛を触っていたのだ。
「いや、良くないで。小さい頃からの悩みや。」
「えっ?そうなん?だって何もしなくてもクルってなるんだから
いいんじゃない?私なんか直毛すぎてぺったんこで嫌だもん。
パーマとかかけてクルっとしたいもん。」
「へぇ。そうなんやー。じゃあ交換してくれへん?」
「ははは!いいよ!交換しよう!」
「じゃあ・・・」
そう言って私は自分の髪の毛を一本抜こうとした。
抜くまでもなく、手で髪を掻き分けたら何本か抜けていた。
その一本を由紀ちゃんに差し出した。
「はい、これ!」
「えー、一本だけなん?そうかぁー。」
すると由紀ちゃんも髪の毛を手で梳いた。
二、三本取れたようで、その一本を私に差し出した。
「はい!大事にしてね!」
「よっしゃ、ありがとう!大事にするわな!」
そう言って私は、その由紀ちゃんの分身である髪の毛を
もらった。
どこにしまえば、なくならないか考えた。
思い付いた!
「ここだ!」
私は良い場所を思い付いたので
声が大きくなってしまった。
そして由紀ちゃんの分身を自分の
海水パンツの中に入れた。
「きゃー!どこにしまってんの!もう!
まだまだいっぱいあるから、いつでも欲しかったら言って!」
なんにでも肯定してくれる由紀ちゃんが有り難い。
私に自信を付けてくれる。
ずっとずっと一緒に居たら
いつか否定されたり喧嘩したり
お互いを罵り合ったりして
傷付け合ったりするのだろうか。
この子には、それが感じられなかった。
「あー、あかん!疲れた!俺も寝る!」
砂が体に飛んできたかと思ったら、
まっつんの大きな声が聞こえてきた。
パラソル基地に戻ってきたようだ。
私はサッと目を瞑って寝たふりをした。
「おっ、なんだ、まだ寝てんじゃん。」
今度は、しーちゃんの声がした。
どうやら二人だけ戻って来たようだ。
ポツン。
突然、私のおへそに一滴の水が滴り落ちた。
私はその冷たさに体をビクンとさせた。
「ははは!」
しーちゃんの笑う声が聞こえた。
ポツン、ポツン。
今度は2、3滴の水が
ちょうど私のおへその敏感な部分に滴り落ちて来た。
私はまだ寝てるフリをしたままで
水が落ちてくる度に全身をビクつかせた。
「はははは!おもしろーい!」
完全に遊ばれている私。
「本城、退屈でしょー。替わろうか?」
「いや、いいですよ。大丈夫です。」
由紀ちゃんが言った瞬間、私が言った。
「いや、大丈夫じゃない!」
そう言って私は腕立て伏せをするような体勢で
いきなり起き上がった。
「うわっ!真田くん起きた!」
「充電完了!由紀ちゃん!どっちが先にあの二人から
ビーチボールを奪えるか競争せえへん?」
パァーと、みるみる顔が笑顔に力強くなっていく
由紀ちゃん。
「位置について!ヨーイ・・・」
【ヨーイ】で駆け出した私。
「あー!ずるーい!待って!」
お淑やかさを捨てて無邪気な子供に戻った由紀ちゃんが
後ろから追いかけて来た。
私は本気のようなフリをして、少し手加減をしながら
麻里ちゃんと千尋ちゃんの方へと走った。
こんなモジャモジャの頭と
ガリガリの白から赤に変わった体の男が
立派に青春を謳歌していた。
オレンジ色のキャンバスで。
〜つづく〜
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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。
いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!