オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その26
26. ロックンローラー不在の学校
学校に来た。
眠い。
朝刊を配ってからの学校は
本当に眠い。
2時から起きているのだから当然だ。
今、学校に着いたばかりで9時。
遅刻である。
遅刻であるのにも関わらず
起きてからもうすでに7時間ほど経っている。
人が一日に16時間活動するのだとしたら
私はあと9時間あることになる。
学校は今始まったばかり。
このままあと学校に5時間はいる。
残り時間あと4時間。
学校から帰ったら夕刊の配達だ。
15時にはお店に戻らないといけない。
夕刊の配達に2時間必要だ。
残り時間はあと2時間。
いける!いけるぞ!直樹!
まだ2時間もある!
夕刊後は待ちに待った晩御飯。18時頃。
食後に次の日の朝刊のチラシを整えて終わり。19時。
終わった。
2時間なんてあっという間だ。
さあ、もう寝よう。
しまった。
移動の時間が入っていなかった。
ワープするしかないだろう。
でも私はまだやり残したことがたっぷりとある。
ここは大事に確保していた睡眠時間8時間を
使うとしよう。
まずは自分の部屋に戻ってビール。
おもむろにギターを胸に抱えて
テレビを付ける。
テレビを見ながらビール。
ギターはただ抱えているだけ。
コマーシャルの間だけポロロンと音を出す。
これが唯一の練習だ。
脳内の消毒とギターの練習が終わった。
もう10時だ。風呂に行かないと。
風呂の道具と銭湯代だけを持って銭湯へ。
財布を持っていくとさらにビールを買ってしまう。
銭湯まで何分かかるかなんて計ったことないな。
5分くらいか。
銭湯で何分体を洗ってるかなんて計ったことない。
10分くらいか。
足りてるか?時間たちよ。
まだ使い果たしていないかな。
19時からはロスタイムだから
気をつけておかないと
朝刊の配達中に非常階段で寝てしまう。
銭湯から帰ってきて23時。
4時間使用した。
あと4時間!
あれれ?
2時からスタートなのだから
あと3時間しかない。
もう計算も出来ない。
フラフラだ。
しかし私は若いからなのか
ただ眠いだけで
睡眠不足ではないと思っている体と脳を
持ち合わせていた。
つまり余り睡眠時間を気にしてはいなかった。
ただ眠いだけで
体がおかしくなるような気はしなかったのだ。
しかし、みんなすごいな。
やはり平日を休みにするべきだった。
さて先生の話を全く聞かずに
そんなことを考えていた。
時間割を確認した。
1時間目 ギター
2時間目 楽典
3時間目 アンサンブル
4時間目 アンサンブル
昼食
5時間目 ドラム
第二楽器という
第二外国語みたいな感じで選んだドラムも習える。
素晴らしい。
授業は理論、理論、理論のオンパレード。
持ってきたギターは使わなかった。
アンサンブルの時間が来た。
ギターの出番だ。
各楽器のクラスの数名であらかじめ班(バンド)が出来ていて
その班で防音スタジオに入る。
ドラムス科から一名
ベーシスト科から一名
シンガーソングライター科から一名
そして私ギター科からはなぜか三名。
ギター科だけ人数が多い。
ピアニストは不在。
計5名の班でアンサンブルという授業が行われる。
先生が言った。
「各班、今度のコンテストで演奏する曲の練習をするように。」
私が学校に来ずに飲み歩いている間に
この班もコンテストで演奏する曲を練習していたようだ。
いきなり一人ギターリストが増えたことに
メンバーは敵意を抱いている感じがした。
ベーシストの男が言った。
「早く始めようぜ。」
私より年上風のギターを抱えた男がリーダーのようだ。
「そうだな。早速合わせよう。えーと、真田くんだっけ?」
「はい。」
「君、全然来ないから知らないと思うけど教えてる時間ないんだ。
これが今度のコンテストでうちが演る曲だから事務所でコピーしてきて。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
バンドスコアを受け取った。
「ギターどうやって3つもパート作るの?」
ドラムスの男がリーダーに訪ねた。
「俺がソロで、田中くんがコード弾くから、真田くんにはパワーコードでも弾いといてもらおうと思うんだけど。」
「いらなくない?」
そういった瞬間ドコドコドン!と流れるようにドラムを叩いて見せた。
「早くやろうぜ。」
歌を担当するシンガーソングライター科の男も言った。
ギターのコード弾きを担当する田中くんだけ初心者っぽく、
あとの三人はなかなかのベテランっぷりだった。
スタジオのドアを開けてから
閉めるまでの間にこれだけの性格の風を浴びた。
楽譜を持ってスタジオを出て
事務所に向かった。
どれどれ。何を演るんだ?
スコアを見た。
「星をください ザ・ブルーハーツ」
ブルーハーツは好きだけど
この曲は知らなかった。
歌詞を読んでみた。
「都会の空に星をください
願いをかける 星さえ見えず・・」
この星の所はビールに替えるべきだな。
ビールなら大抵の願いを叶えてくれる。
簡単なコード。
演奏自体は簡単だ。
なんせ魂がこもっているんだブルーハーツには。
ブルーハーツの曲はコードは簡単だけど
魂をイかれるくらい込めないと
同じような演奏にはならないだろう。
イかれたような奴は班には一人も居ない。
見れば分かる。
まだチョッパー大野の方がマシだ。
まるで学園祭だ。
知識も豊富だ。
専門用語もよく使って話をしていた。
演奏も上手い。
合わせるのも上手い。
間違いをしない人達。
魂はどこにいった?
熱い気持ちは?
この曲を作った人に気持ちは?
歌詞に込められたメッセージは?
どこにも行き場のない悔しい気持ちを
この剣に込めて切り刻みにいくんだろう?
「学校なんて、つまんない奴ばっかだろ?」
チョッパー大野の声が心でこだました。
その通りだった。
学校出身で有名になった熱いロックンローラーは
まだ居ない。
ジョンレノンはアートスクールに通っていたが
美術でだ。
私も美術の学校にすれば良かったのか?
それならばイかれて色彩が狂った
変態だらけに囲まれたのかも知れない。
楽しそうだ。
しかもそれが女の子なら最高だ。
小さくて白くて柔らかくて
良い香りがして・・・
そしてイかれていて変態。
部屋中を絵の具で塗りたくろう。
白黒コピーを取り終えて
スタジオに戻った。
あれ?演奏してなかった。
スコアをリーダーに返した。
「ありがとうございました。」
「うん。じゃあ始めようか。」
なんで始めてなかったのか。
この間に何を話し合っていたのか。
「真田くんはそのアンプを使って。」
「はい。」
急いでギターをひっぱり出してアンプに繋げた。
「ラ」の音が欲しい。
田中くんに言った。
「ごめん。ラの音くれへん?」
「ラ?」
「ラ!チューニングしたいから5弦を弾いて・・」
私は待ってられなくなって田中くんのギターの5弦を勝手に弾いた。
「ビーン!」
チューニングを急いだ。
田中くん以外のメンバーは私が何をしているか
わかっているようで軽く音を出してはいるが
控えめである。
1弦を弾いているくらいでリーダーが言った。
「いけた?じゃあいこうか。原田くん!カウントしてくれる?」
「はいよ!ワン!ツー!カンカンカンカン!」
ドラムの原田くんがワンツースリーフォーは口に出さずに
ドラムのスティックをカンカンと叩いて、それにした。
始まった。
ベース音とドラムの音がやたらとデカくて
ギターの音が聞こえない。
さらに歌が始まった。
なのにベースとドラムの音にかき消されて
全然声が聞こえない。
でも、すごい顔をして歌っている。
でもみんなその事に気づいてないのか
これで良しとしている。
私は聞いた事がない曲だったので
適当にバンドスコアを見ながらコードを
ジャーン!と弾いていた。
同じコードを田中くんも真剣に弾いていた。
リーダーが何をやっているのか気になったので
ふと見てみた。
リーダーはスコアを見ながらギターを弾いている。
こちらを見ていない。
全体を見渡してなどいなかった。
んー。なんなんだろうか。この感じは。
早く終わらないかなと時計を見ながら
しているバイトみたいだ。
私はこれを学ぶために学校に来たのだな。
きっとそうに違いない。
やっと学校の役目が分かった。
大収穫である。
【ロックンローラーは学校には居ない】
これだ!
演奏が終わってリーダーが私に言った。
「真田くんはパワーコードって分かる?」
「はい。」
「ベースとかぶせるようにパワーコードで弾いてて欲しいんだ。
でないと、田中くんとかぶるからさ。」
「あ、すいません。この曲聞いた事なかったもんで。」
「えっ?ブルーハーツ知らないの?」
知らないわけないだろう。
腹が立ってきた。
ここは一発、変態になろう。
「はい。知らないです。」
「ええっ!!マジ!そんなギターリスト聞いた事ねえよ!
もしかしてクラシック出身?」
「はい。母親は僕をピアニストにしたかったらしいんですけど、犬が苦手だったもんで。」
「犬?!!」
「はい。ピアノの先生の家に大きな犬が居て、それがもう
怖くて怖くて、ピアノ辞めたんです。」
完璧だ。
こいつにはもう話しかけない方がいいぞって
感じにみんながなっている。
とんだ厄介者が入り込んだと全員が思っている空気が
充満したスタジオで田中くんが初めて話してくれた。
「でも、雰囲気出てたよ。」
「あ、ありがとう・・」
いいヤツじゃないか!
爽やかだ。
一番人気が出そうな気がする。
そしてコンテスト当日。
机と椅子が綺麗になくなっている広い教室に
特設ステージが出来ていた。
そのステージの向かいには審査員席も用意されている。
先生たちが座っていた。
「はい、次はE班。準備して下さい。」
ここから先は
真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。
いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!