太陽を迎えて
子どもはいなくても大丈夫。
でも、いつか猫を飼いたいね。
上は結婚の条件のようなものだった。
下のひとつは、はたしていつ頃から言い始めたのか。
猫か、猫ね、といつの間にか譲渡希望の保護猫をチェックするようになっていたし、保護団体のインスタをフォローしてストーリーを見るのが楽しみになっていた。
いつ、どんな、はあまりない。
ただ、「大丈夫」になったら、私たちは猫を迎えたかった。
ことが動いたのは11月だった。
フォローしていた団体のストーリーに、新たに3匹の猫を捕獲したと写真がアップされた。
もふもふ長毛の3匹の色はパッと見、黒・黒・灰色。母子で住宅街に住んでいたという。
「母猫は基本穏やかですが、捕獲当時は1.5倍ほどもあるビッグ子猫たちを庇い、懸命に威嚇していた。」
「既に2度は出産経験ありの様子。子育て上手で、今まで頑張ってきた母猫にゆっくりできる環境ができますように。」
そう締めくくられた、インスタのストーリーにしては長い文章を読み、私はグッときていた。
夫はもともと子どもを好まない。
しかし、より強いのは私の問題で、欲しいと思って得られないより欲しいと思わないための理由を山ほど考えて、
「希望しない」に心の中で丸をした経緯がある。
その本心に、2度の出産と子育てで苦労した母猫の存在が刺さった。
ブッ刺さった。
どうしよう。どうしよう。
こんな出会いあるんだろうか。
夫に話し写真を見せたところ、夫は彼女の外見に大変惹かれていた。
しばらく冷静に考えてみよう、と譲渡会に現れる日を待った。
12月。
「わ!やばい!明日来る!」
明日は遅番だからとゆったり過ごしていたある夜、彼女ら母子が譲渡会に初参加するとのストーリーが上がった。
譲渡会は11時から。駅から駅まで20分程度。
開始と同時に滑り込めば間に合う。
夫に話し、こんな機会はない、ご縁かもしれない、とふたりで行くことを決めた。
その夜、夫が団体に送ってくれたメッセージには、「是非お会いしたいです」と書かれていた。
私たちマッチングアプリで初めて会う前もそんなやりとりしたね、と笑った。
バスが遅いことにもやもやしたり、慣れない風景におどおどしながら会場へ向かった。
譲渡会は初めてだ。こんなに迎えたい猫がいるのは初めてだ。
会いたい。会いたい。
その猫はケージの中で緊張していた。
ピィと鳴いて、きょろきょろ、子どもの入ったケージに手を伸ばして、またきょろきょろ。
抱いてみますか?と言われ、そっと抱いた。
冬毛のふわふわとした身体、その内側の身体の線はとても細い、軽い、私を見上げる顔。
まんまるな怯えた目。
ああ、よく頑張っていたんだね。
ケージに戻される猫。すると、自分を抱かなかった夫に手を伸ばして、夫の服をチョイチョイと触った。
よろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします。
そんなやりとりの後、心臓をドキドキさせながら書類の記入や初日の打ち合わせを終えた。
私たちは猫を迎えた。
推定1歳半の女の子、名前は「それいゆ」とした。
彼女のふわふわとした外見と、いつも私たちの太陽だよ、という想いを込めて。
夫にはまた違う意味もあったそうだ。
同じでなくても良い。この子が私たちの幸せであることは変わらない。
万歳の姿勢で眠る彼女の幸せのために、私たちができることはなんでもしたいね、と泣きそうな声で話すこともある。
インテリアに関して潔癖だったはずの夫は、率先しておもちゃを天井からぶら下げ、
色々ルーズな私も彼女の飲み水はしょっちゅう替える。
午前4時。朝食のために私を叩き起こす。
この太陽は外よりも早く昇る。
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