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コミュ力低めのすこイさんが営業マンになった理由(3・市役所編)

こんにちは。すこイさん(@stkarisn)なのだ。

営業職としてなんとか就職できたはいいものの、1ヶ月持たずに辞めてしまい無職になったところまで前回は書いたのだ。

今回は、すっかり働く自信をなくしたすこイさんが少しずつ社会人としてのあれこれを身につけ、立ち直っていく日々のことを書くのだ。

傷心の日々、そして

晴れて(?)退職したことで、アライグマなのにプーさんになったすこイさんは、傷心の日々を過ごしながらも次の仕事を探していたのだ。

でも正直言って普通の会社に入って人間関係構築して仕事できるイメージはまったくなかったのだ。

そんなときにたまたま目についたのが、市役所での臨時職員の募集。

その募集は、リーマン・ショックの影響で就職困難となった若者向けの就労支援事業だったのだ。

役所という実際の職場で働きながらビジネスマナーや基本的な仕事のやり方を身につけてもらい、企業への就職につなげてもらうという内容なのだ。

いきなり民間企業で働く自信がなく、少しずつ社会復帰したかったすこイさんのためにあるような求人だったのだ。

さっそく書類を送ったところ面接となり、その日のうちに採用。正社員ではないもののなんとか仕事にありつけたのだ。

役所なのに営業職!?

配属されたのは、心身の障害など様々な理由で就労が困難な市民の皆さんの就職を支援する部署。

就労支援されてるすこイさんが就労支援するというよくわからん構図なのだ。

その部署はハロワではないのだが、求人を取り扱う認可を厚労省から受けていて求人の紹介ができたのだ。

すこイさんのお仕事は、周辺の民間企業にアポイントを取って訪問し、求人を出してもらうようお願いする仕事。ざっくり言えば営業なのだ。

役所だし事務仕事だと思っていたから、まさかまた営業の仕事になるとは思っていなかったのだ。ちょっと戸惑ったのだ。

もちろん役所の事業なので求人を出すのは無料。企業にとっては役所という安心感もあるし、何より無料で求人が出せるわけだからアポイントを取ること自体はさほど難しくなかったのだ。

リハビリ・トレーニングにはもってこいだったのだな。

人生を変えた出会い

良い出会いもあったのだ。同じように臨時職員として働いていた女性が、もともと民間の人材派遣会社で営業として働いていた人(以下、Aさん)だったのだ。

Aさんは見た目ほっそりした方なのだが、シングルマザーで娘さんを育て上げ、酒は強く、言うべきことは言う、とってもタフネスな人なのだ。

同僚のおばちゃんにいじめられたこと、就職する自信がないこと、家庭の問題についてなど、泣き言をよく聞いてもらったのだ。実際ビービー泣いてたこともあったのだ。

すこイさんはそれまで、人に相談するということができなかったのだ。

こんなことを聞かされても迷惑なんじゃないか、大事な時間を取らせてしまって申し訳ない、そんな考えがどうしても抜けなかったのだ。

でももうにっちもさっちも行かなくなって、誰かにすがるしかなくなったのだな。

他人に悩みを聞いてもらうというのはすごいもので、たとえ解決しなくてもそれだけで心が軽くなったのだ。

就職面接会の運営という大役の中で

そんな日々を過ごしていた中で、市の若者向けの就労支援事業の一環として就職面接会が企画されたのだ。

その運営をすこイさんたち臨時職員の若者が任され、求人集めや広告会社との折衝、チラシ作りなどを一手に行うことになったのだ。

すこイさんは営業担当ということで求人集めのために色んな企業に声をかけ、Aさんにも助けてもらいながら面接会への出展と求人票出しをお願いして回ったのだ。

今思えばなかなか面白いことに携わらせてもらったと思うのだが、当時は必死過ぎて楽しむ余裕は全然なかったのだ。

なんとか出展者も集まり当日の来場者数も上々で、実際の採用に繋がったケースもあったのだ。なんとか成功させられてホッとした記憶があるのだ。

そしてなんとすこイさん自身も、そこに出展していた小さな人材派遣会社さんから営業職としてお誘いを頂いたのだ!

背中を押してくれたのは…

しかしすこイさんは迷ったのだ。

役所での日々の中で、多少働く自信はついたのだ。だけど人材派遣会社の営業といえば飛び込み・テレアポの世界なのだ。とてもすこイさんに務まるとは思えなかったのだな。

例によってAさんに相談したのだ。もともとその業界で働いていた人だったから、「すこイさんに務まると思いますのだ?」と率直に聞いてみたのだ。

そしたら、「ダメならダメでまた違うとこ行けば良いじゃない」「その時は一緒に考えよう」「すこイくんなら大丈夫」「とりあえず飛び込んでみたら」と背中を押してくれたのだ。

あのときそう言ってもらっていなかったら、今のすこイさんはなかったのだ。

今でもお付き合いがあるのだけど、すこイさんの人生の恩人の一人なのだ。感謝してもしきれないのだ。

そしてすこイさんは、民間で営業職として再チャレンジする決意を固めたのだ。

今回のまとめと次回予告

はい、今回はここまでなのだ。

前回の記事では最終的に無職まで行ったのだが、今回はちょっとずつ人生のベクトルが上向きになってきたのだ。

今回は比較的前向きだったので書いててラクだったのだ。

次回は人材派遣会社に入社したすこイさんが悪戦苦闘してた時期と、今の職場に移るところまで書けたらいいのだな。

よかったら読んでくれると嬉しいのだ。

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